ご縁があって、日本の巡礼団にミラノで合流させていただいた。
カトリックの広島教区で宣教されていらっしゃる若手の大西神父様の巡礼団であった。お名前だけはよく耳にする司祭で、比較的お若い巡礼団であった。
この夏何回かお会いしたドウモのモンシニョーレと呼ばれる、司教には選ばれていないが、高位職司祭であるモンシニョーレ・ロッカ様のお計らいにより、ごミサをたてていただけることになり、正面入り口からではなく、聖堂の右奥にある出口より特別に入れていただくことになった。警備スタッフ達が小声で「ロッカのグループだ」とささやいているのが聞こえた。
ドウモの外部も内部もあちこち修復中であり、地下を通って、主祭壇の裏にある小神殿のような「聖体用祭壇」でミサにあずかることになった。
そのお御堂の後ろの方に不思議なゴンドラのような物を発見!
実は、ドウモには、イエス・キリストが磔刑にされた際に使用されたとされる「聖なる釘」である聖遺物が、聖堂の奥の最も高い場所に保管されている。
その「聖なる釘」が毎年9月14日の「十字架称賛の祝日」またはその1週間前の土曜日に「ニヴォラの儀式」と呼ばれる儀式によって大司教によって下され、3日間だけ一般公開されるのだ。
ミサ聖祭での大西神父様によるお説教はシンプルながら心に響くものであった。
常に自分に関わる誰かを通して神の働きがある。恵みは自分が神に「愛されている」と言う証拠。その恵みを独り占めしないように。沢山頂いたら、尚更多くの人へ、とりわけ必要としている方々に分け合うこと。そして人に「寄り添う」大切さを問われた。
ご自身のブログや記事などで、お若い頃の悩みや苦労を語られていたが、それを糧に、人に優しく、求められればどこへでも飛んでいく。誰かのために...その使命感は、ソフトでありながら、神様と繋がっている強さを、神父様の巡礼団といえども巡礼団との距離間やご自身が発する空気の中からも不思議に感じた。
神の愛とご計画は偉大!
中央のステンドグラスの上の方にある赤い点灯しているところに、普段は「聖なる釘」が保管されている。
余談だが、「聖なる釘」は、キリストの磔刑に使用されたとされる貴重な聖遺物で、もともとはミラノドウモの前身である「サンタ・テクラ聖堂」に保管されていた。この聖遺物は、ローマ皇帝テオドシウス1世がミラノの大司教「サンタンブロージョ」に寄進したものと伝えられている。
ちなみに聖書では、キリストが磔刑に処せられた十字架と釘は、コンスタンティヌス帝の母である「聖ヘレナ」がエルサレムからローマ帝国に持ち帰ったとされている。
その後、地下聖堂へ。
現在、ドウモには22人の司祭が在籍しているが、毎日2回、その司祭たちはこちらでミサと祈りを捧げられると言う。前回7月に訪問した時は、別のモンシニョーレが説明され、それをイタリア人ガイドが日本語に訳していたが、今回は、モンシニョーレ・ロッカの説明をイタリアのガイドの国家試験を通過された日本人ガイドの方が的確に説明して下さったので、非常にわかりやすかった。
こちらは、一般公開はされていないので、私たちが入ると、外から鍵が閉められドッキリ!

中央には天然のクリスタルと銀で製作された聖カルロの棺が置かれており、一部透けた部分からサン・カルロの遺骸を見る事ができる。なんとここには600キロの銀(銀メッキではなく!)が施されていると言う。
その後は、地下の洗礼堂へ。こちらはサンタゴスティーノがサンタンブロージョから洗礼を受けたと言う洗礼堂。
ここまで全て無料で見せていただいただけでもすごいことだが、(もちろん献金はしました!)ドウモの聖職者と、ミラノ教区で叙階する司祭しか通れないという秘密の通路を見せて頂いた。
右側はドウモ。左側は司祭間でこの地下に通路があるのだ。
思ったよりは、綺麗になっていた。以前、別の修道院の地下通路を通して頂いた事があるが、そこは2-3分ほどの距離があり、どこかに人が隠れていないか?キョロキョロしてしまったくらいであった。苦笑
こちらが司祭館の1階の廊下。
ちなみに前教皇であった教皇フランシスコは2017年にミラノを司牧訪問しているが、その日は日帰りでローマにもどられた。2012年の前々教皇であったベネディクト16世は、当時のスコラ大司教の招待により、こちらの司教館へお泊りになられたのだそうだ。そのスコラ大司教様も現在はスイスで療養中とのこと。モンシニョーレに、いつ教皇レオーネ14世はミラノに来られるのでしょう?とお聞きすると、既に招待済みであるとのこと…。その時は、ぜひともボランティアとして受け入れ側に参加したいと思う。
ミラノに長年住んでいても、見られない風景を沢山拝ませていただいた。
続く…
今日の一句
喜び歌え! 希望の光 神の恵み












