一時帰国していた次男が、2週間強の滞在を経て帰宅した。あっという間だった。先週長男も帰国していたので、1週間近く一緒にあちこち出かけたようだ。
とはいえ、毎日、母か長男か次男にこちらのお昼時、つまり日本の夜7時前後に電話をすると、今ご飯中、とか今食べ終わったところ、と言った感じで、ちゃんと夕飯時には帰宅しており、3人でご飯を食べていたようであった。
孫だけ帰国させ、自分は帰国しないのは、親不孝か?とも感じたが、思った以上に彼らは家にいて、おばあちゃんと買い物に行ったり、一緒の時を過ごしていたようで、それはそれでばあちゃん孝行が出来たのかな?とも感じている。
次男は、小1の頃、一度だけ実家近く、私の母校である小学校へ体験入学したが、一度きりで終わり、友達も知り合いもいない。自分であちこちフラフラするタイプでもないので、家でゲームばかりしていないかつまらない滞在になっていないか?とも気にかけていたが、意外に都内よりも地元を散策し、また毎日ジョギングをしていたようだった。(しかも、家に居ると部屋にこもって携帯ばかりみているか、DJに熱中しているか、または外出で、ほとんど話さないのだが、実家では結構母と話していたというから驚いた。)
「暑いからやめなさいよ」と言っても、決めた事は。絶対やり切る子なんだねー。面白いねー。」と母が言っていた。数年一緒の暮らしていた長男とは正反対の性格だ。
「お金の使い方もきっちりしてるね〜。無駄遣いしないところはM(長女)にそっくりだね〜。」と言っていた。そうなのだ。長男だけが湯水のようにお金を使い、後先考えず洋服や好きなものを増やしているのだ。
行きは、隠し撮りしてくれる友人が羽田に着くまで随時、連絡をくれていたが、日本についてしまえば、日本語がわからないわけではないが人に聞くのが苦手のようで、携帯でチェックしながら過ごしていたようだ。苦笑
考えてみれば、5年前父が亡くなってから初めての帰国で もともと家や実家に仏壇などなく、また母も敢えて進めなかったようでどうしていいかわからなかったようだが、長男が到着してから、仏壇にお線香をあげ、おじいちゃんに挨拶しなきゃだめだ、と注意され、それからは毎朝、そして夜にお線香をあげていたようだ。また、父のお墓参りにも二人で行ってきたと言う。考えてもいなかっただけ、嬉しかったし、長男はしっかりしてきたなあと思った。
思い返してみれば、このブログを書き始め間もなくの頃(2006年8月)母がミラノにやって来て、プラハへ連れて行ったんだわ。あれが母にとって最後のイタリア旅行だったのかもしれない。帰国した際も、成田まで送ってもらい、祖母との別れ際、次男が号泣することが何度もあった。その度に私も涙したものであった。
そんな思いが交差し、次男の出発が近づいてくると、私の方が、次男が母としっかり思い出作りをしてほしいと強く思った。
出発時は、「今から空港に向かいます。」「これから搭乗します。」「ウイーンに着きました。」などとこまめに連絡をくれた。
普段だと、どこに出かけているのか?何時に帰宅するのか?ごはんはいるのか?いらないのか?最低限は連絡してよね!といっているくらいなのだが、まずは連絡するのは、家族であり、人の誕生日も全く気付いていないのか?無関心なのか?と思っていたが、今回は「おめでとう」とメッセージが入っていた。変るものだね。
大学最終学年が9月の半ばからスタートする。あっという間の二十歳。成長したものだなあ…。
今日の一句
一人旅 新たな価値観 自己成長
