「答え」を出すことより大切なこと 〜 その2 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

最近よく考える事...物事「答え」と言うものがない方が多いのではないか?と。
 
日本とイタリアでは勉強法が違う。イタリアの子供たちは、割に暗記と応用で、自分の言葉で答えを出させるが、それでも与えられたものは考えても、疑問を持つことは別。
 
何事にも疑問に思うか?何が「疑問」かそれさえもわからないことも多い世の中。
 
私は本を読む時、疑問を持ちながら読むことが多い。だから答えが書いてあれば「なるほどね」と思うし、「そう言う考えもあるか」と見方を改める。
 
しかし、そのせいで?か「疑問を持つ」癖が抜けず、話し合いなどで、色々な仮定など疑問視発言してしまい、決して人を否定しているつもりはないが、そう言う風に取られる可能性もあるか?面倒くさい人?と思われてるかも?と思う。苦笑
 
しかし、その仮定がそうなる傾向も多い。だから物事は色々な角度から見たり、柔軟性も必要だと思うのだ。
 
ただ、すぐに「結果」や「答え」が出ないこともある。そもそも「答え」なんてあるのか?と言うこともある。
 
特に子育て...。
 
自分の子育て、手探りできたけれど、その過程を見守るのは親や周りの大人の責任。
 
毎日シッター先で、そして道場で子供を見つつ、疑問ばかりだが(決して全てが否定的ではない)、大切なのは「心」の成長。あとは最低限、挨拶がちゃんとできていればいいのではないかとさえ思う。(あまりにも挨拶ができない子供や大人が多い!)
 
今日の一句
答えより 問う時こそが 大事かな