Congressino 2024 - Pime Day 2024 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 

日本では『ミラノ会』として知られている「ミラノ外国宣教会」(正式名称は「PIME」“Pontificio Istituto Missioni Estere”の略)のコングレッシーノに出かけてきた。今回で93回目。

 

宣教へ出る宣教者に大きな十字架を授ける儀式でもある。

 

去年のコングレッシーノでは、その前日、PIMEの東京管区長であったアンドレア・レンボ神父が東京大司教区の司教補佐に任命され、会場が喜びに溢れたが、今回アンドレア司教が帰国され、PIMEとしては初めての司教ミサとなった。

 

とは言え、本来ミサでは、アンドレア司教による説教が行われると誰もが思っていたが、現在暴動が多発し、経済状況が不安定で、早婚や児童労働、家庭内暴力などが問題になっているバングラデッシュへ宣教に行かれておられる司祭の説教となった。個人的には10数年前、日本宣教60周年のミサの際、お世話になったジャンパオロ神父のお話しだったので嬉しい限り。トレードマークの顎髭もすっかり白くなられていた。

 

中島みゆきの「糸」歌詞ではないが、『「聖霊」であるデザイナーによって、「希望」と言う名の糸を我々は経、緯とで織りだしていく。デザイナーの意思に委ねて織り成すわざは私たちの人生そのもの。』素晴らしいお説教であった。

 

その後11名の宣教に出る司祭、シスター、一般信者へ宣教のしるしとして十字架が贈られた。
 
18年前、同じコングレッシーノで日本に派遣された司教が、今や、十字架を掛ける側にいらっしゃるとは感動そのもの。夜に司教のお姉さまにその事を伝えると、何度もGrazie, grazie, grazie... マンマもグラッツィエと言っているわ!と温かいメッセージを頂いた。
 

 

余談だが、アンドレア司教より十字架を授与されているのは、これから日本へ宣教に出られるインド人・Joseph Kiran Polisetty 神父。既に在ミラノ10年。コロナ前に叙階されているが、PIMEでの若者の指導をされていたと言う。確かに何度かPIMEでのごミサでお会いしていたことを思い出した。まずは日本語習得から始まるが、ヨセフ神父様に神様の豊かな恵みがあります様に。

 

ミサの終わりに初めて、アンドレア司教様は私的な事を話されたが、まず「東京大司教区の若者が、PIME Giovani(PIMEで活動する若者)に宜しくと言ってました!」とエールを送った。

 

そして、「頭のズケットと呼ばれる帽子は、軽く見えるが、東京大司教区の責任ががずっしりと重くのしかかっている」と仰った。若い頃は、PIMEでの活動もしていたので、若者を見ると我が家に戻ってきた気がする。どうか自分のために祈ってください。このズケットが少しでも軽くなり様に、と仰った。

 

 

ミサ後は昼食タイムとなった。われわれ在ミラノカトリック日本人会は毎年スタンドを頂き、折り紙教室とミニバザーを行って来ているが、いきなり子供達がやってきて「何時から?」と言うので「まずはご飯食べてきてから来てね〜!」と言ったが、我々も腹ごしらえが必要だ。

 

ミラノに戻り、時間もなく移動中に折り紙を折続け、前夜も木枠の写真立てに千代紙を貼りデコパージュ。朝からお弁当作りと大忙し。

 

司教様の元に挨拶に行かなくては...と思っていたが、いきなり子供達が来てしまいてんてこ舞い。そこへ「こんにちは〜」と直々に司教様より御挨拶。わーっ!思わず拍手。

 

 

予定では15時にローマへ移動と聞いていたが、16時15分に中央駅出発。金曜日にパパ様との謁見も控えておられると言う。

 

そして出発前に座談会。

 

 

日本といえば、憧れる若者も多いが、福音宣教では、日本では殉教さえないものの、引きこもりや孤立、特に社会から引き離された若者にいかに寄り添うか?訴えられた。
 
また、司教は、昨年帰天された東京大司教区の故森司教様の言葉「"Dio e’ L’onsen del mio cuore” 〜 神は私の心の温泉です」と紹介された。 苦労しながら耐え忍ぶ人々は、日本人なら理解できるだろうが、お風呂に入り、温かい温泉に入るならほっとして喜びに満たされるであろう。
 
日本では宗教と言えば、一歩引かれるが、心が乾き、何かを求めている人は確かに多いと思う。その何かとは何か?それは時代によって変わるものではなく、普遍的なものでなくてはならない。
 
温泉に浸かって癒される。宗教と言う枠を超え、心身共に癒される社会が築かれなくてはならない。
 
慌ただしかったが、笑いあり、喜びに溢れた1日であった。
 
今日の一句
分かち合い 「希望」の糸で 布を織る