雨の聖母降誕祭 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日は「聖母降誕祭」。20年以上通っているマリアバンビーナ修道院でのミサに与って来た。

 

それにしても朝から大雨。雨の聖母降誕祭は珍しい。

 

ところで、降誕祭のミサは朝から7回行われるが、普段は平日あれば、お昼前、仕事を始めてからは1番最後のミサに与っていたが、今回は与りたい司式司祭を選んで17時からのミサを選んだ。ミラノ大司教区のモンシニョールと呼ばれる高位聖職者による司式。

 

そのモンシニョールとは、過去にもサンタンブロージョやこのマリアバンビーナでのごミサでお会いしているが、非常にお説教がわかりやすく、お優しい方。今やベルガモの養老院へ入られてしまった、私の代母であるシスターは50年ほど前に日本宣教から戻られずっとこのマリアバンビーナの本部で奉仕されて来られたが、モンシニョールの事は、とりわけ尊敬しておられるようであった。

 

 

いつ来ても美しいお御堂。サント(「聖なるかな」)を歌うたび、お御堂に天使が舞っているような気さえしてしまう。
 
 

バンビーノ・ジェズー・幼児イエスではなく、赤ちゃんの聖母マリア。聖母マリアは生まれた時から聖なる方であった。

 

以前も書いたが、この御像は、約280年ほど前にフランシスコ会のシスターによって作られたそうだが、当時イタリアはナポレオンの圧政等でそのご像がいろいろな人の手に渡り、1842年に修道会の総長のもとに送られてきたという。

 

それ以来、毎年9月8日に御像を聖堂に安置してお祈りを捧げていたそうだが、1884年9月8日のお祝いが終わった後、病気のシスターが病室に御像を移して欲しいと願いだした。翌日の9日、総長が御像を抱いて、病気で寝ているシスターたちの元を訪れると、手足の麻痺と激しい痛みのために身動きができないほど苦しんでいた一人の志願者のところに来た時、その志願者の硬直していた腕が自然に動いて、マリアバンビーナの御像に触れていたという。やがて、彼女は全快。数ヶ月後には、もう一人のシスターの病気も完治し、この奇跡は人々に知れ渡り、マリアバンビーナを信心する人が増えたそうだ。

 

その100年後の1984年に当時の教皇(現在は聖人)ヨハネ•パウロ2世がミラノの本部の御御堂をご訪問され、「小さなものになりなさい。幼き聖マリアのように謙遜にものになりなさい。」と仰られたという。

 

ちなみにヴァチカンでのパパ様のお世話をされているのは、マリアバンビーナのシスターたちだが、1981年5月13日、ヴァチカンのサン・ピエトロ広場で、オープンカーに乗って信者の前をパレード中のヨハネ・パウロ2世を拳銃で銃撃する暗殺未遂事件を起きた。血まみれになったパパ様の衣服からその血液が抽出され、なんとこのお御堂に祀られているのだ。

 

お説教の中でモンシニョールは言った。祈りの言葉よりもご自身が初めて覚えた言葉は “La Madonna e’ bella”. 「聖母は美しい。」けれど「美しい」ではなく、最上級の”Bellissima”であると。

 

聖母マリアは「神の母」であると同時に「教会の母」でもある。 それは私たちカトリック信者が、聖母マリアを通してイエスを賛美するように招かれているからだ。 すべてのマリア信心は、この神の子イエスを賛美し、天の御父に感謝するという、二つの目的のためにあるという。それは、 決してマリア自身を崇拝するためのものではない。

 

閉祭の歌のフレーズには♬santa bambina prega per me 聖なる女児よ、私のために祈って下さい、とあった。

 

 

マリアバンビーナは不妊や婦人科の病気などでマリア様にお祈りをする人が多く、それが回復した人々が感謝の印としてハートの形のオブジェをお礼に奉納しており、所狭しと壁じゅうに飾られており圧倒されてしまう。

 

 

普段はお御堂の外まで長椅子が並べられるが、雨のため、比較的参列者は少なかったのか全員お御堂に入れた。

 

 

以前は毎月こちらの別の聖堂で、在ミラノカトリック日本人会の日本語ミサに与っていたが、代母の隠居?のため、司式をしてくださっているミラノ外国宣教会本部へ移動した。

 

あれから2年、知り合いのシスターたちも皆高齢化。養老院へ移ってしまった方々がほとんど。長女が中学生の時に、マリアバンビーナが経営する学校でイタリア語を教えていたシスターにラテン語を習っていたが、まだ健在なのだろうか…。

 

比較的若い(40代くらいだろうか?)ミャンマー人のシスターに「久しぶり!」と声をかけられた。「バンビーニたちは元気?」と言って背が小さいジェスチャーをされた。いつも子供達を連れてミサに出かけていたのは既に遠い昔。「もうバンビーニじゃないわ。」と背が高いジェスチャーをして笑った。

 

時代は変わる。しかし、信仰は変わらない。

 

帰りは、一緒に出掛けた友人とアペ。ミラノに戻って6日。既に3回もアペに出かけている!笑

 

 

今日の一句

神の母 小さなマリア prega per me!