今日9月8日は、聖母マリアが生まれた日。
長男が幼稚園に入り始めてから、マリアバンビーナの聖書研究のクラスに通い始め早14年。日本では「幼き聖マリア修道会」と呼ばれ、愛知県瀬戸市に修道会創始者、聖バルトロメオ•カピタニオの名前をとって、「聖カピタニオ女子高等学校」があるが、イタリアでは「マリアバンビーナ」で通っている。そう、あのイエスの母、聖母マリアご自身が赤ちゃんとして祀られている。そしてミラノのドウモも幼きマリアに捧げられている。
先日、聖マザーテレサの列聖式にあずかり、偶然にもマリアバンビーナの宿泊所に泊まったのだが、マリアバンビーナの御像がちょっと地味目で驚いた。
この御像は、約270年ほど前にフランシスコ会のシスターによって作られたそうだが、当時イタリアはナポレオンの圧政等でそのご像がいろいろな人の手に渡り、1842年に修道会の総長のもとに送られてきたという。
それ以来、毎年9月8日に御像を聖堂に安置してお祈りを捧げていたそうだが、1884年9月8日のお祝いが終わった後、病気のシスターが病室に御像を移して欲しいと願いだした。翌日の9日、総長が御像を抱いて、病気で寝ているシスターたちの元を訪れると、手足の麻痺と激しい痛みのために身動きができないほど苦しんでいた一人の志願者のところに来た時、その志願者の硬直していた腕が自然に動いて、マリアバンビーナの御像に触れていたという。やがて、彼女は全快。数ヶ月後には、もう一人のシスターの病気も完治し、この奇跡は人々に知れ渡り、マリアバンビーナを信心する人が増えたそうだ。
その100年後の1984年に当時の教皇(現在は聖人)ヨハネ•パウロ2世がミラノの本部の御御堂をご訪問され、「小さなものになりなさい。幼き聖マリアのように謙遜にものになりなさい。」と仰られたという。
ところで、マリアバンビーナのミラノの本部ではこの日ミサが7回行われる。毎年ごミサにあずかるが、どの時間帯もいっぱいで、御御堂の外まで人が溢れている。ミサ後には、祭壇後ろにあるマリアバンビーナをガラス越しではあるが、近くで見ることができる。
また、マリアバンビーナは不妊や婦人科の病気などでマリア様にお祈りをする人が多く、それが回復した人々が感謝の印としてハートの形のオブジェをお礼に奉納しており、所狭しと壁じゅうに飾られており圧倒されてしまう。
天主の御母にして我らの愛する御母と なり給うを定められし、
祝せられたる 幼子マリア、
憐れみ深く我らの願いを 聴き容れ給え。
↑左側のSr.アントネッラは長女が中学生の頃のラテン語の家庭教師。
追記
今朝、マリアバンビーナにてミサにあずかり、最近友人のお子さんが2ヶ月も早く生まれてきてしまったので、彼の健康をお祈りください、とお願いするとお守りをくださった。小さな包みは、マリアバンビーナの御像を拭いたコットンだそう。





