今日の恵み、今日のご縁 〜 その3 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日初めて府中教会にお邪魔してきた。
 
と言うのも、帰国する度にアンドレア司教様に、(司祭時代)連絡をくれない、と言われていた。お忙しいのはあちら。爆 帰国直後いつ、どこへお伺いすれば良いか?と連絡をするとしばらく返事がなく、タイへ訪問されておられたとのこと。18日に府中教会でミサを挙げられるというので、出かけてきた。
 

 

 

 

府中教会は1978年7月16日にミラノ外国宣教会(以下PIME・ピメ)の本部付属の聖堂として献堂され、1990年にピメが東京教区から委託を受け小教区となった。 今やピメの日本管区の本部は多摩市の山中にあるが、大きな建物には今や二人の司祭しか住んでいない。
 
今やアンドレア司教様は、東京大司教区の司教であるが、ピメご出身であり、府中教会は故郷であると常に仰っている。
 
ミサは府中教会の主任司祭と現在日本語を勉強中のインド人の司祭、そして前日来日されたナポリ教区の若い3名の司祭による計6名による共同司式であった。
 
ミサの始めに「ただいまー」とご挨拶。心が和んだ。
 
お説教では、この春行われたアドリミナ訪問秘話、特にパパ様とのやりとりを、そして祈りのメッセージを話された。
 
司教の赤い帽子は軽く見えるけれど、頭に東京大司教区が重くのしかかっていると仰っていた。皆さんの祈りで、少しでも軽くなりますように、とお願いされた。また、ご自分で"baby bishop"と仰っていたけれど、きっとこのまま大司教、枢機卿まで上り詰められるお人柄ではないだろうか。
 
ミサ後、直接ご挨拶。近々再び東京でもミラノでもお会いできそうなので、嬉しい限り。
 
帰りがけ府中駅まで歩いて駅構内に入ると、なんと人身事故で電車は止まっていた。
 
さあどうするか?JR府中本町から帰ろうと思ったが、何せ超方向音痴な私。グーグルマップを見つつも反対方向を歩いていた。(?!) 12時前で既にこれ以上地上を歩いていたら健康的に危険!と感じ結局駅ビルに入り、涼んでから適当に食事をとった。
 
しばらく時間も経ったし、復旧しているかと思い駅に戻ると復旧したと言うので、結局すぐに来た電車で調布に向かった。が、案の定、トンネル内で止まってしまった。運良く座れたが、蒸し暑さと怠さでウトウト。小さな子供が「お腹が空いた」と言って泣き出した。近くにいるようだが、姿が見えず。飴でもあげようか?と思ったら電車が動き出した。
 
しかし、調布の駅は人でいっぱい。乗り換えで上の階に行かなくてはならなかったが、長い階段に滅入った。ホームの端まで歩いてエスカレーターで移動。ちなみに調布には元ミラノの友人がおり、帰国の度にお邪魔する割に、毎回迷う。ホームで迷っていたら、見覚えのある方が・・・。
 
ダメ元でお声をかけたら、やはり知り合いの方だった。直接お会いしたのは4年前の夏の一度切り。とはいえ、その後オンラインの某講座でご一緒しているが、リアル感はあるようなないような・・・。週明けにグループでお会いする予定はあったが、まさかのフライング再会!笑
 
その後ホームで少し立ち話をしたが、その方の乗る電車の出発アナウンスが入り、別れた。
 
改札まで上がってしまったが、さて私はどのホームだっけ?駅員さんに、永山方面はどのホームですか?と確認。調布から橋本方面、八王子方面を毎回間違えてしまう。と言うか位置関係が全く把握出来ず。ひとりぶつぶつ、何台も回送電車を見送り、急行も快速急行も全て各駅になっていたが、次の約束がなくて良かった。
 
府中教会に出かけることが決まり、府中在住の知人の方にコンタクトを取ったが、都合が合わずお会いできなかったが、それはそれで電話で色々話す機会が持てた。
 
それにしても、帰国中の移動の度に、人身事故に出遭う。なんとも言えない居た堪れない気持ちになる。
 
とは言え私は毎日出会う人、毎日起きる出来事が自分にとってどういう意味があるのかよく考える。
 
偶然のように起きる出来事も、常に点と点が結ばれている。人生って不思議。だから面白いのかもしれない。
 
 
今日の一句
有難い 繋がる恵み 点と点