師範がやって来た 〜 No Karate No Life その6 稽古は強かれ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 
 
4人、バレーボールをしている人の画像のようです

 

空手漬け、怒涛の1週間だった。
アレルギーで咳が出ると止まらず、声もガラガラ。当日全く声が出なくなったらどうしようと思っていたほどだ。
 
毎晩帰宅が遅く家事も十分に出来ず、家族に助けてもらった。日中洗濯だけは出来るが、夜にアイロンがけが山。少なくとも道着だけは最優先。笑
 
最終日は、『伝統空手・古武道』のオープン大会が行われ、他流3派も参加。非常に有意義であり、期待しつつも、朝からいきなり緊張しはじめ、朝食もほとんど食べられず。
 
どこの道場も基本的に礼儀正しかったが、伝統空手とはいえ、身体操作、特に体幹、腰や指先、呼吸に至るまで異なっており、審判をするには非常に難しいものがあった。
 
とはいえ、始めに教士の話の中で、勝ち負けではなく、いかに自分との闘い、つまり普段の稽古の中で培ってきたものを出せるか、満足いったものを出せるか?そういったものが大事だということを日本の市民マラソンを例に話された。
 
以前、道場のテーマに『結果自然成』と言う言葉があった。
 
「結果というものは自然に出てくるものであって、人間の作為や思惑、計らいを離れている」という意味ではあるが、努力が必ずしも結果につながるとは限らない。緊張しすぎて、頭が真っ白になり、型間違いをした人も何人かいた。けれど、それは一時的ものであり、やはり結果にこだわらず、努力は続けることに意味がある。
 
つまり、結果は必ず何らかの努力の先に出てくるものなのだ。
 
結局、型も棒術も入賞は出来なかったが、努力と労苦を共にしてきている、日本人女性との戦いに終わった。私の中では彼女たちと当たることが出来ただけでも大きな一歩。型も負けてしまったけれど、同点になれただけでも大きなモチベーションとなった。
 
この夏は彼女たちと共に、日本の全国大会に臨むことになる。時に体力、精神力と折れそうになるが、彼女たちが頑張っているからこそ、自分も頑張れる。その心に秘めた思いをぶつけたい。笑
 
さあ、また「アタックナンバーワン」のテーマソングが脳裏に響いてきたぞ~っ!
 
苦しくったって~、悲しくたって~、道場の中では平気なの❤。
 
いくつになっても青春ど真ん中!爆

 

ところで、世阿弥の風姿花伝には、「稽古は強かれ、常識はなかれ」という言葉がある。


稽古には徹底して強くあるべきで、慢心のための強情・頑固があってはならない。

また同花伝書の第一章を、『年来稽古条々』と言うが、この本来の趣旨は、年齢に応じた稽古の仕方を示すものであるという。人生を7つの段階にわけ、年代ごとにどう対応していったら良いのかという観点や、年齢を経ていくことにも言及しているのだが、世阿弥曰く50歳以上は『老年期』だ。苦笑

 

そして、段位が上になればなるほど、型や技のうまさもさることながら、風格、人格も求められる。

 

さあ、明日からリセットし、日々精進。

 

初心忘れるべからず。

 

今日の一句
黙々と 稽古と鍛錬 空手道