
日本司教団のアド・リミナ訪問の際中であるが、13日に終了と共に、昨年東京大司教区の司教補佐でおられるアンドレア・レンボ司教補佐さまがご出身地であるベルガモ郊外のトレヴィーリオに司教就任後初のお国入りされ、感謝のミサを捧げられる。
4月13日(土)17時半 ~ Chiesa di San Pietro Apostolo
4月14日(日)11時 ~ Basilica di San Martino e Santa Maria Assunta
4月14日(日)11時 ~ Basilica di San Martino e Santa Maria Assunta
町はどれほどまでに湧き上がることだろう? 2006年現司教さまがミラノ外国宣教会のコングレッシーノで日本宣教が発表された際は、会場が割れんばかりの拍手と歓声に覆われたのがつい最近のように思われる。
ところで、リタイアし、老後や介護のためにシスターたちが入られるベルガモの施設で暮らす代母のシスターを訪問する際、うかつにもトレヴィーリオ乗り換えの電車を選んでしまい、しかも一緒に行った友人と駅のホームで話し込んでしまい、ホームを間違えたことさえ気づかず、見知らぬ人に、「どこにいくんだ~?」「ベルガモに行くならそこじゃね~ぞ~!」と声をかけられ、うわ~っと慌てたことがある。
次の電車まで1時間。トレーヴィリオの町を散策しつつ、そこがアンドレア司教さまの出身地であったということに気づき、待ちゆく人に「日本で司教になられた方をご存じですか?その出身教会をさがしています。」などと大胆極まる?突拍子もないことを聴きまわった。爆
数人に声をかけ一人だけ「知ってるよ。レンボだろ?」と言われる方に出会った。「郊外だから車だと10分くらい。送って行ってあげたいけれど、母を家に送って行かないといけないから。」車椅子のお母様を連れておられた。いやいや、とんでもない。電車の時間もあるし、すぐに駅に戻らなくてはならなかったが、「またトレヴィーリオに来ることがあれば連絡してよ!」といって電話番号を頂いた。
彼に会うことも、今後あるだろうか…と思っていたが、14日にアンドレア司教さまのごミサに伺うことにしたので、上記Mさんに電話をかけてみた。
「2月にトレヴィーリオの町でお会いしたことがある日本人二人組のものですが、覚えていらっしゃいますか?」と…。その日は不在ということで、直接お会いできないと判明。まっいっか。一応連絡したし…と思っていたら、彼からメッセージを頂いた。
『14日は所属している某運動の黙想会があり、トレヴィーリオを離れてしまうのですが、その運動では、日本の永井博士と奥様の緑夫人の列福を求める運動を促進しています。トレヴィリオーゼが日本で司教になったとはどんなに大きな喜びだかわかりますか?2月にあなた方日本人を手助けできたことは私の誇りです。永井博士の恵みと私が出会った日本のカトリック信者の方々との結びつきに感謝します!』
非常に嬉しいメッセージであった。
ミラノから本の数人であるが、日本人がごミサに参列させていただくが、喜びにあふれた一日になることは間違いないだろう。
今日の一句
大きくなーれ! 人とのつながり 主の恵み
4月10日 アド・リミナ訪問 ダイジェスト


