今朝ほど地元の教会の四旬節の行事で司教区の博物館へ出かけてきた。カテキズモの親子を含めて70人のグループであった。
始めにこの企画を聞いた時は、あー、土曜日の午前中は空手の日だわ...とがっくりしたが、なぜかこの日は稽古が休みだと知った時の喜びは、何ものにも代え難いものであった。笑 (ついてる私!)
幼子イエスを訪問したと言われる三賢士の遺骨があるミラノの聖エウストルジオ教会脇にある司教区博物館で行われているベッリーニの特別展示会だ。
ベッリーニは、イタリアルネサンス期の画家であり、画家一族で知られるベッリーニ家の中で最も重要な画家であると言われている。その彼の作品のひとつで、ヴァティカン絵画館にある「十字架降下」がミラノの博物館に期間限定で貸し出されているのであった。(2024年5月11日まで)
ところで、この博物館がある、聖エウストルジオ教会脇には2つ回廊があるのだが、もともとはドミニコ修道会のものであったという。そこが博物館になったのだが、前ミラノ大司教であったスコラ大司教が、ミラノを代表するカルロ・マリア・マルティー二大司教(1980-2004年)の意志を継ぎ、そして彼を称え、85歳で帰天されたが、90歳の誕生日(2017年2月15日)に記念として『司教区博物館カルロ・マリア・マルティーニ』と命名された。
↑こちらが本来の形
またこちらは会場でCGと額縁を模したものを3枚遠近法で設置したもの。↓
話は戻るが、 「十字架降下」とはゴルゴダの丘で十字架に貼り付けられ、息を引き取ったイエスの遺体を降ろす場面である。イエスを取り巻いているのは、イエスの手を握るマッダレーナ(マグダラのマリア)。時計回りにニコデモ、そしてアリマタヤのヨセフ。
....ユダヤ人をはばかって、ひそかにイエスの弟子となったアリマタヤのヨセフという人が、イエスの死体を取りおろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトはそれを許したので、彼はイエスの死体を取りおろしに行った。(ヨハネ19:38)
ヨセフはパリサイ人でユダヤ人議会議員であったが、正しい人であった。ヨセフがキリストを十字架から下ろすと、ベッリーニの絵画にはいないが、聖母マリアは我が子を抱く。遺体には没薬と香料が塗られ、布に包まれて埋葬される。その3日後に、キリストは復活を果たすのだった。
絵画の登場人物は皆、目を半分閉じ、地上の死を希望の道として受け入れなければならないと認識し、キリストの体を立体的に見る光によって、更に神の無償の愛による犠牲と神秘に圧倒されてしまう。
特別会場には現代アートにおける4名のアーチストによる「十字架降下」にインスピレーションを受け、苦しみを表現する作品が展示されていた。(一つは手に問題のある子供の指の動きの映像。1時間半にわたり同じ動きが収められていると聞きショックを受けた。)
後に現地解散となったが、私は再び展示会場に戻り、誰もいない「十字架降下」の前に佇み、他の会場も回ったが気づくと入場してから2時間半もいた。苦笑
マルティーニ大司教
聖アンブロジウス
十字架を礼拝しているサン・カルロ。
名画からインスピレーションを受けた障害者をモデルにした写実絵画展も併設されていた。
私たちは、弱さ故に時に主を裏切り悲しませてしまう事があるだろう。ユダを思う度、私たちキリスト者は主のみ前に立ち、主のみ心にかなった生活をしているのか?と問い、そうでなければ悔い改め、祈り、主の赦しを求める生活をしなければならないと反省させられる。



















