エピファニア 〜 星に導かれて | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

(ダ・ヴィンチによる『東方三博士の礼拝』。彼の初期の未完成作品だと言う。)

 

今日1月6日はカトリック行事の中でも大切な『御公現』または『エピファニア』と呼ばれる祝日に当たる。幼子イエスへの東方の三賢士の訪問と礼拝を記念する。
 
エピファニア(Epifania)という言葉はRivelazione (真実が明かされる)、Manifestazione(現れ)という意味のギリシャ語(Epifaneia)に由来するそうだ。人としてこの世に現れたイエス・キリストが神性を人々の前で表した。

 

 
 
こちらは、我がパロッキアでの今朝のミサで、待者たちが三賢士の衣装をまとった。ちなみに彼らは、イタリア人とペルー人、スリランカ人の中学生たちである。
 
そして午後から、幼子イエスを訪問したと言われる三賢士の遺骨がある聖エウストルジオ教会へ友人と出かけてきた。本来は11時にドウモからサンエウストルジオまで行列が行われたようだが、気づいたのが遅かった!
 

 

 

その三賢士は、青年のメルキオールは黄金を、壮年の姿のバルタザールは乳香を、そして老人の姿のカスパールは没薬を、それぞれ贈り物として幼児イエスにささげたと言われている。

 

ところで、サンエウストルジオは344年頃にエウストルジオ司教によって建てられ、その名が取られた。司教の意志は、彼の死後、賢士達の遺体の近くに埋葬されることだったのだと言う。そのため、コンスタンティノープル皇帝の承認を得て、当時埋葬されていた賢士らの遺骨をサンタソフィアの大聖堂からコンスタンティノープルに運んだのだそうだ。 

 

その後、1164年にフレデリック・バルバロッサによって盗まれた遺体はケルン大聖堂に保管されているが、1904年フェラーリ枢機卿によって遺物の一部が返還され、3人の脛骨、腓骨、椎骨が保存されていると言う。

 

 
ところで教会前に来て初めて、そうだ、私ここに来たことあるわ!といきなり思い出した。4年3ヶ月前、現在ミラノの大司教であるデルピー二大司教の着座の際、この教会で派遣の儀式が執り行われ、それからドウモへ移動し、着座の儀式が行われたのだが、追っかけのように、ついて行ったのだ!爆 

 

 

鐘楼には十字架ではなく星が...。これは星に導かれてイエスに会う三賢士を意味しているのだと言う。

 

 
ここにも星が...

 

 

 
祭壇には、イエスの受難をしるす彫刻が施されている。

 

 
こちらに聖遺物である遺骨が展示されている。

 

 
かなり太くて長い骨であった。

 

三賢士の墓。実際は空であるが屋根の部分にも星が...

 

 

こちらは香部屋とも呼ばれる聖具室。司祭のアルバやカズラなどの祭服やその他の教会の備品、聖餐用の道具や教区の記録などを保管する部屋なのだが、お御堂脇、側廊の彫刻や絵画と並んでおり、どう言う事?係員らしき人が入って来られたので「ここはサグレスティアですか?」と聞くと、「そうですが、何か御用ですか?」と聞かれいえいえ...と言ったが、次から次へと人が入ってきて、彫刻や絵を見て回っており、非常に違和感を感じた。

 

後からわかったが、私が事務員だと思い声をかけた方はサンエウストルジオの司祭のようだった。しばらくして、パイプオルガンが演奏され始め、ミサの開始が近いことを知らせていた?!

 

珍しい十字架像

 

もしや賢士の上着???笑

 

星に導かれて賢士達はイエスに会いに行った。

 

そういえば、私は小学校低学年の頃、クラスメイトに誘われプロテスタントではあったが、クリスマス会に行った事がある。そこで何をしたのか覚えていないのだが、ただ壁の絵の「星」と「ベツレヘム」という言葉だけ脳裏に焼き付いていた。その30年数年後に受洗。長い道のりであったが星に導かれていたのだなあと思う。

 

こちらは今朝のミサのお説教の中で司祭が紹介した詩。素敵だったので、司式司祭に頼み、その詩を転送してもらった。

 

La stella non si è ingannata,
quando ha chiamato chi era più lontano,
perché s’incamminasse verso il Dio a lui vicino.

La stella non si è ingannata,
indicando la via del deserto,
la più umile, la più dura.

La stella non si è ingannata,
fermandosi sopra la casa
di gente umile:
è nato là il grande futuro.

Il tuo cuore non si è ingannato,
mettendosi in cammino
in cerca dell’ignoto.

Il tuo cuore non si è ingannato,
non cedendo
alla vana impazienza.

Il tuo cuore non si è ingannato,
inginocchiandosi
dinanzi al Bambino.

(K.Hemmerle)

 

最も遠くにいる者に呼びかける時、近くにいる神に向かい歩めるように星は偽らなかった。

砂漠の道を指差しながら、より謙虚に、より強く、星は偽らなかった。

そこに素晴らしい未来が生まれた謙虚な人々の家の上に止まる時、星は偽らなかった。

未知なるものを求めて歩むのに、あなたの心は偽らなかった。

諦めない焦りを無駄にせず、あなたの心は偽らなかった。

幼な子の前に膝間づきながら、あなたの心は偽らなかった。

(クラウス・ヘマール司教)

 

 

Messa dell'Epifania con Corteo dei MagiPresiede Card. Coccopalmerioリンクm.youtube.com