「生きてゆく」ということ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

先日の暴風雨でバルコニーの植木がとんでもないことになっているが、それでも新たな芽に希望と喜びをもらう。

 

 
暴風雨の前日開花したミニバラは、見事に首チョンパ。
葉も随分と痛み、折れたものもあったが、敢えて切り落としたら新芽が出てきた!

 

 
また熟しすぎて爆発したミニトマトの種を乾かして土に放っておいたら、10芽ほど出てきたトマト。4芽が生き残った。その内一目は葉が一枚しか残っておらず。

 

 

レモンの芽は何事もなかったように育っている。

 

そして、無残にもつぼみの段階でちぎれていた(模様)朝顔が開花。

 

 
 
「生きている」と「生きてい(ゆ)く」とは一文字違いだけれど、意味は全く違う。自然界の場合は「生き抜く」ということか?
 
人間の場合、一人の人間が「生きていく」ということは、その人の生命力を必要とし、他人からの「愛」や「信頼」が活力になる。
 
今徐々に、生きる力が弱ってきている友人がいる。今日は、彼に活力を与えに出かけてこよう。