言葉は分身 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

いくつかのグループに所属しており、やりとりはSNSが多い。
 
けれど、文章というのは、何かと勘違いをおこしやすい。特にSNSだと即答するものあり、仕事中やら外出中であれば返事も遅くなるものもある。
 
せっかちすぎて、言葉がでてしまったことで、取り返しがつかなくなる経験をしてしまうことも少なくないことだろう。
 
書くは話すに優らず 話すは思うに優らず
 
以前ある司祭のメッセージにあった言葉だ。しかし、書くことも、話すことも、言葉はその人の本質が出る。人の口は、心から溢れ出ることを語る。
 

きっと多くの人は悪気は無かったり、単に口癖になってしまっているのかもしれないが、その人の本質が出て、初めて相手とのコミュニケーションを築くもの。発した言葉は相手だけでなく自分の耳にも聞かせている(はず)。

 

言葉の選択の使い方ひとつ人との関係が変わってしまうこともあるだろう。ましてや、毎回言っていることが違うとなると信用を無くしてしまう。

 

人それぞれ考えは異なるが、相手の意見を聞く心の大きさは重要。人の意見、気持ちをきくのは、老若男女かかわりなく、その人の持つ徳にかかわってくることだろう。
 
人の意見を聞いて、すぐに反論、批判せず、意図を確かめ、相手が傷付かないように、言葉を一度頭に浮かべゆっくり話す。(時に、ストレートに話さないと伝わらわない人もいるから、そういう時に、言葉選びが難しいのだが)
 
人の会話を聞いて、良い言葉、悪い言葉を学ぶことも大切だ。
 
言葉というものは、自分自身そのものだと思う今日この頃。