Corpus Domini 〜 その2 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

6月16日木曜日、カトリック教会の典礼暦は、"Corpus Domini" (キリストの聖体)の大祝日を記念した。


"Corpus Domini"の日の伝統行事として、ミサと聖体行列、聖体降福式がとり行われた。
 
ミサは夜8時からであったが、聖歌隊の練習が7時からあり、帰宅して軽く食事をし着替える都合もあったので30分仕事を早退した。
 
ところで私は、大司教もいらっしゃるが小教区の行事かと思っていたらミラノ教区の行事がなぜか我がパロッキア(小教区教会で)で行われ、それはそれは地域全体警察による警備態勢でただ事ではない雰囲気であった。しかも近所の友人も住んでいる大きな敷地のアパートの柵には赤いリボンが施され、だれかお誕生日会でも行われているのかな?と思ったくらいだった。
 
ミラノの夜は今現在9時過ぎでもまだまだ明るい。7時に着くと、既に関係者でいっぱいでミラノ大司教に必ず付いて動いている黒服の方や見覚えのある教会系の雑誌のジャーナリストたちもちらほらいた。
 
聖歌隊は祭壇脇に30名前後席が作られていたが、やたら椅子が多い。びっくりしてみていると、日中お御堂の準備をしたと言う人が、司祭だけで62席準備したと言っていた。そのうち4名が司教であった。(私は手前に見える司祭の真後ろにいた)
 
 
"12 Kyrie" (ドーディチ・キリエ)(ギリシャ語による「キリエ・エレイソン」(主よ、憐れみ給え、という意味))はアンブロジアーノ典礼独特のもの。

 

 

 

お御堂にはマルタ騎士団(右の方の黒い司祭服)の姿を見かけた。現在では世界120カ国で国際慈善団体として活動しているそうだ。マザーテレサの宣教会の方達もかなりこられていた。まだまだ知らない修道会、宣教会もたくさんある!

 

ミラノ教区としては3年ぶりの行事であったという聖体行列。地域に住む、教会には通っていない友人たちがFBで「今晩サンシーロで何のイベントがあるの?」とつぶやいている人が多いくらいだった。イタリア人でもカトリックを嫌う人は多いから下手に言えないが、コメントすると「知ってたら行きたかった」という人もいたし、教会離れが甚だしい昨今、それでも行列中の聖歌やテゼを歌っている人も多く、何か一体感を感じるものがあった。

 

 


聖体行列には、その意志を継ぐべく聖体への敬意とその秘跡にこめられた人類への神の愛のすばらしさを行列という形で表明している。聖体は人生に意味を与え、人間の欲望と苦しみを歓迎するイエスの過越の秘儀があることを認識し、まず聖体を携えて街のを歩くのだ。

 

 

 

 

 

 

前半のミサでは、お説教は行われずに、聖体行列後、横着した教会の正面で行われた。

歩く、歩くことを味わう。

街に住む 街を味わう

働く 働くことを味わい、人に会うことを味わう

考える 考えることを味わう

読む 読んで考えることを味わう

若いこと 若さを味わう

大人であること 責任を味わう

親であること 将来、人生を与えることを味わう

年寄であること 祖父であることを味わう

人間であること、男性であること、女性であること  人間であること、家族を味わう。

友人 友情を味わい、必要としている人を助け味わう

喜び、分かち合う ルールを守り、分かち合うことを味わう。調和のとれた人生。人に寄り添うことを味わう。

パンを食べる。 パンを味わう…

 

具体的な味を思い出すために絶食すると敢えてその味がよく感じられる、という。人生においても同じことが言えることだろう、という。

 

聖体行列も終わればすでに空は暗くなっており、聖体の崇拝、伝統的であるハイドンの"Tantum ergo"、そして"Salve Regina
"をもって厳粛な祝福が終了した。

 

非常に貴重な時に参列でき、大きなお恵みを頂いた。