老若男女、国籍、宗教すべて関係なく、皆平等なのは、時間。1日24時間。
時間を上手くやりくりできず、毎日を回していくだけで精一杯。あの時間をああすれば良かった、こうすれば良かった、と思いつつ、それがなかなかできない。
ところで、ギリシャ神話にある「時」にまつわる2つの神を思い出した。連続した時を表す神「クロノス」と一瞬を表す神「カイロス」である。
つまり、「クロノス」は人間が作った時間であり、「カイロス」は神が備え給う時間だという。私たちに与えられた時間、人生は無限ではない。だから、大切にしなければならないし、生きること自体大事にしないと、生きることを無駄にする事になってしまう。
けれど、ただ単に時間に追われ生きること、ひたすら予定をこなす事は、ある意味、ベルトコンベアーに流されることと同じことであり、大切なのは、時間管理だけにこだわるのではなく、いつ訪れるかわからない時を待つこと、見極めること、それが「カイロス」という時間を生きること、だと思う。
人にはそれぞれ時がある。生まれる時、死ぬ時、泣く時、笑う時...それは時計で計るような「クロノス」ではなく、人生にいろいろな意味を与える「カイロス」である。神との出会いは、恵の時。そして救いの時。
いつも思うが、時間の使い方は命の使い方。人生という時間を大切にするためには、「クロノス」ではなく、神の時。「カイロス」を大切にして生きなければならない。
余談だが、ラテン語で「時」はテンプ”TEMPUS”。その「時」を司るのが神殿”Tempio"テンプル。興味深い。
「時は金なり」というが、時間の浪費家になっていないか、見直す事が大切だ。

