未曾有のパンデミックに襲われ早1年。
昨年こんな表がネットで拡散されていた。元々英語だったものを誰かが日本語訳にしたものだった。宗教めいていて気持ちが悪いと言っている声も聞いたが、じゃあ1年後、各々をはじめ世の中はどう変わったのだろうか?
私はまさか、日本に10ヶ月も滞在し、またミラノに戻ってから、仕事をするとは思ってもいなかった。いや、仕事は常にしたいとは思っていたけれど、アルバイトならともかく、ベビーシッターという仕事につくとは想像もしていなかった。
契約をする時、カテゴリーには”Badante” と書かれていた。通常イタリア語で「バダンテ」と言うと、お年寄りのお世話をする人をいうが、介助という意味では、ベビーシッターも同様だろう。
それでも、「バダンテか...」と思ってしまった。イタリアでバダンテやベビーシッター、お手伝いさんというとどの国籍の人、配達ならこの国籍...というようなクラス分けのようなものがある。それは祖国でどんなに高学歴で立派な職業の経験者であっても、イタリアでその資格がなければ、悲しいかな、通用しないことも多い。たぶん、そういう見方で私も人を見ていたのだろう。
しかし、ある方に、ベビーシッティング、子育ては仕事ではなく愛情分配。三つ子の魂百までですよ、と言われ、生活のため、とはいえ気持ちが変わった。
ある意味、職種によってクラス分けがあるのは、多かれ少なかれどの世界でもあることなのだろう。
友人の中でも、やはり本業の自営業がこのコロナで大打撃を受けてしまい、スーパーで働くようになった方がおられる。彼女とて、一生のうちにスーパーで働く、そんな機会がやってくるとは思いもよらなかったという。
ところが、働いてみると、どの仕事もとても厳しく、一緒に働いてみて、皆きちんとしており、驚いたという。職種によって人の価値を決めつけるような考えはあってはならないと自ら考えを戒め、さらに自分はこの業界では全くの初心であることを胸に刻み、どなたにでも低姿勢で、教えていただくという謙虚さを忘れず、一生懸命働くことを心がけている、という。
目から鱗だった。
神様は、このコロナを通じて、私たちに沢山の大切なことを教えてくださっている。
我が家も夫の仕事が大打撃を受けているが、少なくとも子供達はこの1年でかなり精神的に成長した。それはそれで、人生において重要な時期だったのかもしれない。
私は、神様に双子ちゃんとそのご家族のもとに派遣していただいた。彼らが良き生涯を送れるように、この時期を大切に共に過ごしたいと思う。まさに、「置かれた場所で咲きなさい」だな。
神に感謝。

