空手の茶•黒帯指導者養成塾で、先週私が出題したテーマ「公園あそび」について、皆がどう考えるか、意見を出してもらった。
順番を守らない「ジャイアン」。そして、逆らうのが怖くてついつい順番を譲ってしまう「ゆずちゃん」。そういうのは許さん!正義派の「まもるくん」。当初あなたは誰ですか?と聞こうとしたが、今日集まったのは、大人も含め20人前後。7,8人の小中学生は公園で遊ぶ時間もないようだ。
とはいえ、さすがに、茶、黒帯門下生の中にジャイアンはいないだろうし、ゆずちゃんとも言いづらい。やはり、公園だけではなく、学校や会社、日常生活を含めあらゆる場面で起こり得る、いわゆる「パワーバランス」なのだが、悲しいかな、社会はエデンの園ではないわけで、「パワーバランス」によって成り立っているといっても過言ではない。
「何か意見を考えてきてくれた人?」と聞くと、さっと小学生の手が挙がった。小4のYちゃんは「ジャイアン、歌が上手いねえといってゴマをすりながら、仲良くなって一緒に歌を歌います。なぜなら歌を歌うことで皆が気持ちよくなり、仲良くなれるからです。」というようなことを答えてくれた。へ〜。ジャイアンの歌は漫画の中では、人を苦しめる酷い歌、と設定されているが、歌うことで仲間意識とハーモニーが生まれるのか...!!
では、他の意見がある人?と聞くと、今度は少6のK君の意見。やはりジャイアンを諭して、うまくいくよう努力する、というのだ。ほ〜。皆立派だなあ。
他にも大人の門下生に聞いてみたが、やはりジャイアンに注意はするものの、優しく諭すというのだ。さすがだなあ...私も「ちょっと待ったあ‼︎」型で横暴な態度をする人は見ていられず、飛び出ていくが、感情的になりやすい方だと思う。
イタリア人の門下生にも意見を聞いてみたが、そこでは文化の違いなるものにも気づかされた。日本では必ずしも、事なかれ主義とは言わないが、問題が起きる前に、ルールを守ろう!など道徳問題を幼児の頃から(某出版から出ている幼児用ビデオでは2歳児向けに公園ルールを教えていたからびっくり!)叩き込んでいる。確かにそれも大切だが、現場の中から良い事、悪い事というのを見て感じて覚えていくことも大切ではないか?という意見だった。うーん。
やはり、日本国内にいる以上に、海外にいると、しかも人種のるつぼであればあるほど、異なる文化、人種、宗教、性別の人たちが集まる中で、自分の意見が必ずしも正しいわけではなく、見方も様々であることを知る。つまり多様性だ。
そのあと、師範からの見解があった。今後リーダーとして育っていく皆に対し、とにかく上記ゆずちゃんのように見てみないふり(そうでなくても、何も言わない。言えない)の人間にはなってほしくない。「正義」の心をもってジャイアンに立ち向かうことは必要だが、そこには、いろいろな知識とコミュニーション力が必要になるという。(正義感はあっても感情的にはなってはいけない!ということだ)そして今の時代、価値観も多様化されてきており、必ずしも自分の意見が正しいとは限らない。今後はコミュニケーション力を育てていこう、ということで終わった。
師範は「ダイバーシティ」という言葉も使われていたが、一定のいい(?)大学を出て、いいところに就職をする人が、日本をリードしていくのだろうか?同じような環境で育ち、価値観の似た者同士だけが理解しあって、物事を決断していけばいのだろうか?そういう社会に疑問を持つ。
なぜならば常にそこには、多様性と言いつつ、常に「分かり合える」前提がありその同じ世界でしか決断していないからだ。逆に、バックグラウンドが全く違う人たちと一緒になった際、しかもわかりあうのが非常に困難だという状況の中で、どう分かり合えるようになるための努力をするか?寄り添うことの大切さ。寄り添う勇気を考えてしまう。つまり「統合」インテグレーションだ。
多様なバックグラウンドからなる意見を引き出し、生かすこと。言語はもちろん、人の心をつかむことも必要だ。また、日本の場合、根底にあるのは「個」を殺して対立を避けるという日本の文化があるが、逆に海外では、「個」を出す。
経験は大切。いろいろな異文化体験をし、良くも悪くも見て、聞いて、感じ、考えることが今後の人生の糧になると思う。とはいえ、グローバルな環境は場所を問わず作り得られるもの。結局はその人の意識次第なのかな...
答えを出すより大切なこと
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