日本に貧困は・・・ある!
現在、非正規雇用者は全労働者の3割以上もいて、4割に迫ろうとしている。
更に正社員でも中小企業に勤めている者の割合は7割にものぼる。
てことは、大企業に勤めてて、収入が安定してる人は全労働者の2割にも満たない。
また母子家庭の就労率が最も高い国はどこか?
日本です。
日本のシングルマザーは世界一しんどい思いをしてる。
一応、参考までに世代別で一番貧困率が高いのは誰でしょう?
高齢のシングル女性、つまり「独身のばあさん」だ。理由は圧倒的低年金で。
学校を出て就職すれば終身雇用が安泰だった。
しかし企業の競争力をつけさせるため労働市場を流動化させ、市場に任せることを選んだ。
構造改革路線というものです。
それでもなかなかうまくやってきた。
派遣社員も期間工も景気が潤っている内はよかった。
景気が後退して、企業が苦しくなった今、コストを下げようと真っ先に人件費が対象になる。
正社員をクビにすると法律に引っかかるが、派遣社員は違う。
切りやすい制度として予め準備されていたと非難を受けてもいたしかたない。
日本の人件費は高い。だから海外に工場を作って現地の安い労働者を雇う。
そして企業は現地で税金を払う。すると日本の法人税が減る。
歳入が減ると、福祉や介護に金がまわらない。公共事業も控える。
では節約だとばかりに事業仕分けをやっても、すずめの涙ほどしか捻出できない。
これは困った、と
かくして時間だけが過ぎ、苦しい中小企業や低賃金労働者、失業者、低年金の老人で貧困層ができあがったわけだ。
企業にとって、もうけを出しこの先も社員に給料を払って行かねばならないのはいわば宿命のようなものだから、雇用の調節をするなとか、内部留保(企業の蓄え)を切り崩して雇用を守れと言っても難しい。
内部留保が少なくなれば「この会社いざというとき大丈夫?」と株主が去り、株価も下がってしまいかねない。
そこで政府の社会福祉の出番だと。
福祉に金を使えと。
労働問題や貧困問題を「貧困がかわいそう」論から話を始めるとこじれる。
「かわいそうな者に金持ちは恵め!」
「いや、そうなったのは自己責任だ!」
この問答を繰り返し続けるだけ。
労働市場の変遷を見ると、政府は余計な規制しないで緩和しなさい、企業の利益は国の利益になるのだから政府は邪魔をしないで最小単位でいい、
つまり「小さな政府」がいいと経済人の声を元に進めてきた結果、貧困層を生んだ。
でも経営者なんて、ど根性の塊だったり、たたき上げの人だったり、福祉やセーフティネットなどなくても出世して生き延びれる器の人たちなんです。
そんな人らに福祉を考えろといっても実感がわかないのは無理もない。
そんな経営者から見るとセーフティネットは余計な経費としか見えないのです。
失業保険で遊んで暮らしてるとか、生活保護でパチンコしてるとか、確かにいるだろうが、ごく少数派の輩を挙げて、
セーフティネットを受けるもの悪者論とするのは、この見方なのです。
対して、企業にしても金持ちにしても、労働者や貧乏人がいなければ成り立たない人気商売なんだから、死んでもらっては困るし、やはりいてもらわなければならない。
あの仁徳天皇だって「民のかまどから立つ煙」といって、民衆が今日もちゃんと飯を食ってるか気にしてたし、江戸時代だって農民は生かさず殺さずといって、最低限気には掛けてたものなのに、「ホームレスは自己責任」と飢えようが、泥棒を働こうが、飯は与えん!では社会が成り立たないのさ。
セーフティネットは必要経費であると見方を変えてもらうところまで来ている。
これから日本はヨーロッパ型の福祉国家を目指そうとしている。
高福祉、高負担です。消費税も上がりますでしょう。
そしてヨーロッパは非正規雇用者は多いが、セーフティネットは大変充実している。
非正規は不安定だから、再就職までの支援は必要という考え方です。
ある意味当たり前ですが。
めちゃくちゃだったんですよ、日本人は。
更に正社員でも中小企業に勤めている者の割合は7割にものぼる。
てことは、大企業に勤めてて、収入が安定してる人は全労働者の2割にも満たない。
また母子家庭の就労率が最も高い国はどこか?
日本です。
日本のシングルマザーは世界一しんどい思いをしてる。
一応、参考までに世代別で一番貧困率が高いのは誰でしょう?
高齢のシングル女性、つまり「独身のばあさん」だ。理由は圧倒的低年金で。
学校を出て就職すれば終身雇用が安泰だった。
しかし企業の競争力をつけさせるため労働市場を流動化させ、市場に任せることを選んだ。
構造改革路線というものです。
それでもなかなかうまくやってきた。
派遣社員も期間工も景気が潤っている内はよかった。
景気が後退して、企業が苦しくなった今、コストを下げようと真っ先に人件費が対象になる。
正社員をクビにすると法律に引っかかるが、派遣社員は違う。
切りやすい制度として予め準備されていたと非難を受けてもいたしかたない。
日本の人件費は高い。だから海外に工場を作って現地の安い労働者を雇う。
そして企業は現地で税金を払う。すると日本の法人税が減る。
歳入が減ると、福祉や介護に金がまわらない。公共事業も控える。
では節約だとばかりに事業仕分けをやっても、すずめの涙ほどしか捻出できない。
これは困った、と
かくして時間だけが過ぎ、苦しい中小企業や低賃金労働者、失業者、低年金の老人で貧困層ができあがったわけだ。
企業にとって、もうけを出しこの先も社員に給料を払って行かねばならないのはいわば宿命のようなものだから、雇用の調節をするなとか、内部留保(企業の蓄え)を切り崩して雇用を守れと言っても難しい。
内部留保が少なくなれば「この会社いざというとき大丈夫?」と株主が去り、株価も下がってしまいかねない。
そこで政府の社会福祉の出番だと。
福祉に金を使えと。
労働問題や貧困問題を「貧困がかわいそう」論から話を始めるとこじれる。
「かわいそうな者に金持ちは恵め!」
「いや、そうなったのは自己責任だ!」
この問答を繰り返し続けるだけ。
労働市場の変遷を見ると、政府は余計な規制しないで緩和しなさい、企業の利益は国の利益になるのだから政府は邪魔をしないで最小単位でいい、
つまり「小さな政府」がいいと経済人の声を元に進めてきた結果、貧困層を生んだ。
でも経営者なんて、ど根性の塊だったり、たたき上げの人だったり、福祉やセーフティネットなどなくても出世して生き延びれる器の人たちなんです。
そんな人らに福祉を考えろといっても実感がわかないのは無理もない。
そんな経営者から見るとセーフティネットは余計な経費としか見えないのです。
失業保険で遊んで暮らしてるとか、生活保護でパチンコしてるとか、確かにいるだろうが、ごく少数派の輩を挙げて、
セーフティネットを受けるもの悪者論とするのは、この見方なのです。
対して、企業にしても金持ちにしても、労働者や貧乏人がいなければ成り立たない人気商売なんだから、死んでもらっては困るし、やはりいてもらわなければならない。
あの仁徳天皇だって「民のかまどから立つ煙」といって、民衆が今日もちゃんと飯を食ってるか気にしてたし、江戸時代だって農民は生かさず殺さずといって、最低限気には掛けてたものなのに、「ホームレスは自己責任」と飢えようが、泥棒を働こうが、飯は与えん!では社会が成り立たないのさ。
セーフティネットは必要経費であると見方を変えてもらうところまで来ている。
これから日本はヨーロッパ型の福祉国家を目指そうとしている。
高福祉、高負担です。消費税も上がりますでしょう。
そしてヨーロッパは非正規雇用者は多いが、セーフティネットは大変充実している。
非正規は不安定だから、再就職までの支援は必要という考え方です。
ある意味当たり前ですが。
めちゃくちゃだったんですよ、日本人は。
安全と水はタダ
「日本の安全と水はタダ」という本が昔、出版されたそうだが、これにはアラブのどこかの国では、普通の家族は安全を確保するのに一流のホテルで寝泊りするとある。自宅など危ないのというほど治安が悪いと。
ヨーロッパでも小学校低学年くらいの子供は親が必ず送り迎えをする。日本のように子供が一人で家に帰ってこられるのはある種、奇跡だとある。
しかし日本でもここ数年、残忍で冷酷な事件が起こっている。
つい先日、死刑が求刑された秋葉原の事件をはじめ、昨年起きた取手駅のバス殺人、数年前の大阪此花区パチンコ店で営業時間中に起きた放火殺人、それから大阪で起きた2幼児遺棄致死事件などなど。
特に秋葉原の事件は「史上まれに見る凶悪犯罪」として、日本の治安は大丈夫か?治安が悪化してるのではないかと表現されてる。
だが、これらの事件報道や社会に与えたインパクトの評価に対して、法社会学者の河合幹雄氏はかなりバイアスのかかった報道と指摘する。
日本の犯罪は減ってるし、他の先進国と比べても圧倒的に犯罪件数は少ない、と。
実際に殺人の死亡者は年々下がってて、ここ40年で半分になってる。確実に治安は良くなってるのだ。
アメリカ、ヨーロッパに比べても殺人事件の数は日本は最も少ない。金目当ての強盗やレイプ犯罪などはアメリカは日本の50~100倍も発生してる。
しかも昔は統計に隠れた殺人が多数あって、実際はもっと多かったから大幅に減ってることになる。
大阪で起きた2幼児遺棄致死事件をはじめ、子供の虐待死が最近頻繁に報道されるが、子供殺しも実は昔に比べると減っている。
昔は子供がたくさん生まれ、経済的に育てられない理由で赤ん坊殺しは報道に乗らない部分でかなりの数があったらしい。
大阪の事件が凶悪と評価する一方で、昭和20年代には赤ん坊100人以上を放置や栄養失調で殺した信じられない事件もあった。しかも東京のど真ん中、新宿区で。
更に河合氏は秋葉原の殺人事件について「誰でもよかった」という原因不可解な動機は現代特有ではないと言う。
昔から殺人の動機は「誰でもよかった」が通説なのだと。
なぜなら、昔は人間関係が濃かったので、身内殺が特に多かった。例えば、大人になってもロクに働かないダメ息子を見かねた親がとうとう殺してしまう。あるいは逆に親にうるさく言われた子供が思い余って親を殺す。
しかし、地域や家族といった単位のコミュニティが崩壊したここ最近は、独居、一人暮らしで近くに身内はいない。身内に憎しみを持っていても、すぐには殺せない。そしてたまった怒りの矛先が、見知らぬ他人や自分(自殺)へと向かうだけで、つまり「誰でもよかった」と動機が不可解になったのではなく、近くいるもの、直接かかわるものなら誰でもよかったと、現代の社会状況が変わっただけだと。
もしテレビが「史上まれに見る凶悪犯罪」と視聴率を稼ぐためだけにオーバーな表現をしてるのなら、被害者に同情する感情も、一匹のバカが暴走しただけとする解釈も、全く架空の犯罪小説を読んだ感想と変わらなくなる。
大きな犯罪事件の場合、例えば犯罪心理学者は、犯人の行動分析や心理を研究するアプローチの仕方で「なぜこんな事件を起こしたのか」と原因に迫る。
法社会学者は違う。
統計とその統計の裏づけが正確かどうかや、犯罪が起こる社会状況、時代背景などからアプローチするので、個別の犯人分析よりも事件を正確に見る場合において偏りにくいのかもしれない。
現に「史上まれに見る凶悪犯罪」として、その報道をそのまま受けて「死に値する」と簡単に裁判官のように判決を下してしまうが、被害者の悲しみを分かってるようで分かってない場合が、しばしばあるように思う。
なぜなら、いくら事件の被害者に同情を抱いても、我々は今日も何事もなく飯を食って眠れるが、事件の当事者は飯ものどを通らず、夜も眠れないかもしれないからです。
被害者の悲しさや苦しさをわかることが本当は出来ないのかもしれないから、せめて事件を正確に見ることが、唯一できるだろうと思うのです。
ヨーロッパでも小学校低学年くらいの子供は親が必ず送り迎えをする。日本のように子供が一人で家に帰ってこられるのはある種、奇跡だとある。
しかし日本でもここ数年、残忍で冷酷な事件が起こっている。
つい先日、死刑が求刑された秋葉原の事件をはじめ、昨年起きた取手駅のバス殺人、数年前の大阪此花区パチンコ店で営業時間中に起きた放火殺人、それから大阪で起きた2幼児遺棄致死事件などなど。
特に秋葉原の事件は「史上まれに見る凶悪犯罪」として、日本の治安は大丈夫か?治安が悪化してるのではないかと表現されてる。
だが、これらの事件報道や社会に与えたインパクトの評価に対して、法社会学者の河合幹雄氏はかなりバイアスのかかった報道と指摘する。
日本の犯罪は減ってるし、他の先進国と比べても圧倒的に犯罪件数は少ない、と。
実際に殺人の死亡者は年々下がってて、ここ40年で半分になってる。確実に治安は良くなってるのだ。
アメリカ、ヨーロッパに比べても殺人事件の数は日本は最も少ない。金目当ての強盗やレイプ犯罪などはアメリカは日本の50~100倍も発生してる。
しかも昔は統計に隠れた殺人が多数あって、実際はもっと多かったから大幅に減ってることになる。
大阪で起きた2幼児遺棄致死事件をはじめ、子供の虐待死が最近頻繁に報道されるが、子供殺しも実は昔に比べると減っている。
昔は子供がたくさん生まれ、経済的に育てられない理由で赤ん坊殺しは報道に乗らない部分でかなりの数があったらしい。
大阪の事件が凶悪と評価する一方で、昭和20年代には赤ん坊100人以上を放置や栄養失調で殺した信じられない事件もあった。しかも東京のど真ん中、新宿区で。
更に河合氏は秋葉原の殺人事件について「誰でもよかった」という原因不可解な動機は現代特有ではないと言う。
昔から殺人の動機は「誰でもよかった」が通説なのだと。
なぜなら、昔は人間関係が濃かったので、身内殺が特に多かった。例えば、大人になってもロクに働かないダメ息子を見かねた親がとうとう殺してしまう。あるいは逆に親にうるさく言われた子供が思い余って親を殺す。
しかし、地域や家族といった単位のコミュニティが崩壊したここ最近は、独居、一人暮らしで近くに身内はいない。身内に憎しみを持っていても、すぐには殺せない。そしてたまった怒りの矛先が、見知らぬ他人や自分(自殺)へと向かうだけで、つまり「誰でもよかった」と動機が不可解になったのではなく、近くいるもの、直接かかわるものなら誰でもよかったと、現代の社会状況が変わっただけだと。
もしテレビが「史上まれに見る凶悪犯罪」と視聴率を稼ぐためだけにオーバーな表現をしてるのなら、被害者に同情する感情も、一匹のバカが暴走しただけとする解釈も、全く架空の犯罪小説を読んだ感想と変わらなくなる。
大きな犯罪事件の場合、例えば犯罪心理学者は、犯人の行動分析や心理を研究するアプローチの仕方で「なぜこんな事件を起こしたのか」と原因に迫る。
法社会学者は違う。
統計とその統計の裏づけが正確かどうかや、犯罪が起こる社会状況、時代背景などからアプローチするので、個別の犯人分析よりも事件を正確に見る場合において偏りにくいのかもしれない。
現に「史上まれに見る凶悪犯罪」として、その報道をそのまま受けて「死に値する」と簡単に裁判官のように判決を下してしまうが、被害者の悲しみを分かってるようで分かってない場合が、しばしばあるように思う。
なぜなら、いくら事件の被害者に同情を抱いても、我々は今日も何事もなく飯を食って眠れるが、事件の当事者は飯ものどを通らず、夜も眠れないかもしれないからです。
被害者の悲しさや苦しさをわかることが本当は出来ないのかもしれないから、せめて事件を正確に見ることが、唯一できるだろうと思うのです。
佑ちゃんという商品
「佑ちゃん~こっち向いてぇ」
佑ちゃんフィーバー!
北海道日本ハムにドラフト1位で入団した斎藤佑樹投手に、この人野球知ってんの?というおばさんまでもが群がってる。
シーズン前の練習でこんなフィーバーぶりだと、公式戦が始まったらえらいことになるんじゃない。
テレビカメラやらに寮のベランダから撮影されたりして、人気のプロスポーツ選手は数億円の年俸をもらっても犠牲にするものは大きいだろうとつくづく思う。
佑ちゃんの北海道にもたらす経済効果の試算は50億円だとか。
手数料ビジネスと置き換えたとして10パーセントの5億円を年俸以外にもらってもいいくらいだろう。
近年、プロ野球球団の本拠地が政令指定都市にまんべんなく散っている。
89年にソフトバンク(旧ダイエー)が福岡に、92年ロッテが千葉に、2004年日ハムが札幌に、2005年には楽天が新球団として仙台に。
横浜ベイスターズが北陸唯一の政令指定都市、新潟へ移転する話もある。
社団法人のプロ野球は単なるスポーツエンターテイメントとしてだけでなく、地域の振興や人口流出を止める施策に一役かってる。
少子化やらでこれから毎年100万人の人口が減ってゆくらしいが、例えば和歌山県(人口100万人)みたいな地方が毎年過疎化で消えてゆくことになる。
自分なんか将来は人より年金も期待できない身分ゆえ、田舎で農業を営みうまいもんを食べながらぽっくり逝くことも考えてるわけで、地方が崩壊してもらっては困る。
それは冗談として、北海道は食べ物がうまい・・らしい。出身者や行ったことがある人は皆口を揃えてそういう。
穀物、魚介類など本州へ空輸されたものより、現地の鮮度よい状態で食べるとそりゃうまいだろう。
ところが今、北海道は失業率が非常に高く、ややもすれば崩壊の危機に直面してるらしい。
北海道の孝行息子として佑ちゃんにかかる期待は大きい。
日本は世界一、食が安全とされていて、中国人の富裕層などは極端な話、中国のものは食べないと。冷凍餃子に殺虫剤が入ってた事件とか、あんなものじゃないらしい。
彼らは日本の食品が欲しい、が、国内で手に入れられる量に限りがある。つまり中国市場にまだまだ日本の食品が出回ってない。
よく日本のヨドバシカメラとかで中国人観光客が両手いっぱいに家電をぶら下げてる光景を見かけるが、あれもアジアの消費者は日本製品の品質が一番いいとわかってて調達してるわけ。製品としての価値はメイドインジャパンは潜在的にいまだ首位にある。
日本は何も工業製品だけでものづくりの国というわけでなくて、食品でも十分勝負できる。
ところが日本の農業って政治的しがらみが強くやっかいな分野で、転職先としてはまだまだ敷居が高く、IT産業のように急成長が難しい。
北海道なんて農業でこれから伸びしろのある格好の場所なんだから、食糧生産の最前線基地になって欲しいもんだ。
一等米なんか最近、北海道からしか出てないんだし。
移住しやすいように新幹線も通して、道路も作って、そしたら北海道の雇用も臨時に生まれるかもしれない。
佑ちゃんで熱くなってるおばさんたち、甲子園決勝で戦った仙台楽天のマーくんも忘れちゃいけないよ。
マーくんは女子アナにだまされず、里田まいちゃんとつきあってるなんてセンスがいいじゃない。
今年は北日本が熱くなりそうでんなぁ。
佑ちゃんフィーバー!
北海道日本ハムにドラフト1位で入団した斎藤佑樹投手に、この人野球知ってんの?というおばさんまでもが群がってる。
シーズン前の練習でこんなフィーバーぶりだと、公式戦が始まったらえらいことになるんじゃない。
テレビカメラやらに寮のベランダから撮影されたりして、人気のプロスポーツ選手は数億円の年俸をもらっても犠牲にするものは大きいだろうとつくづく思う。
佑ちゃんの北海道にもたらす経済効果の試算は50億円だとか。
手数料ビジネスと置き換えたとして10パーセントの5億円を年俸以外にもらってもいいくらいだろう。
近年、プロ野球球団の本拠地が政令指定都市にまんべんなく散っている。
89年にソフトバンク(旧ダイエー)が福岡に、92年ロッテが千葉に、2004年日ハムが札幌に、2005年には楽天が新球団として仙台に。
横浜ベイスターズが北陸唯一の政令指定都市、新潟へ移転する話もある。
社団法人のプロ野球は単なるスポーツエンターテイメントとしてだけでなく、地域の振興や人口流出を止める施策に一役かってる。
少子化やらでこれから毎年100万人の人口が減ってゆくらしいが、例えば和歌山県(人口100万人)みたいな地方が毎年過疎化で消えてゆくことになる。
自分なんか将来は人より年金も期待できない身分ゆえ、田舎で農業を営みうまいもんを食べながらぽっくり逝くことも考えてるわけで、地方が崩壊してもらっては困る。
それは冗談として、北海道は食べ物がうまい・・らしい。出身者や行ったことがある人は皆口を揃えてそういう。
穀物、魚介類など本州へ空輸されたものより、現地の鮮度よい状態で食べるとそりゃうまいだろう。
ところが今、北海道は失業率が非常に高く、ややもすれば崩壊の危機に直面してるらしい。
北海道の孝行息子として佑ちゃんにかかる期待は大きい。
日本は世界一、食が安全とされていて、中国人の富裕層などは極端な話、中国のものは食べないと。冷凍餃子に殺虫剤が入ってた事件とか、あんなものじゃないらしい。
彼らは日本の食品が欲しい、が、国内で手に入れられる量に限りがある。つまり中国市場にまだまだ日本の食品が出回ってない。
よく日本のヨドバシカメラとかで中国人観光客が両手いっぱいに家電をぶら下げてる光景を見かけるが、あれもアジアの消費者は日本製品の品質が一番いいとわかってて調達してるわけ。製品としての価値はメイドインジャパンは潜在的にいまだ首位にある。
日本は何も工業製品だけでものづくりの国というわけでなくて、食品でも十分勝負できる。
ところが日本の農業って政治的しがらみが強くやっかいな分野で、転職先としてはまだまだ敷居が高く、IT産業のように急成長が難しい。
北海道なんて農業でこれから伸びしろのある格好の場所なんだから、食糧生産の最前線基地になって欲しいもんだ。
一等米なんか最近、北海道からしか出てないんだし。
移住しやすいように新幹線も通して、道路も作って、そしたら北海道の雇用も臨時に生まれるかもしれない。
佑ちゃんで熱くなってるおばさんたち、甲子園決勝で戦った仙台楽天のマーくんも忘れちゃいけないよ。
マーくんは女子アナにだまされず、里田まいちゃんとつきあってるなんてセンスがいいじゃない。
今年は北日本が熱くなりそうでんなぁ。
タイガーマスクさん、ありがとう!
伊達直人が日本中のちびっこハウスにランドセルを寄付してるらしいですね。
タイガーマスクといえば、敵のレスラーでミスターノーって怪人?がいて、今考えたら卑猥ないでたちだったなーと。
それはともかく、世の中心優しい人もいるもんで、捨てたもんじゃないですね。
孤児院の子供らもさぞかし喜んでることでしょう。
が、欲を言えば本当のお父さんお母さんからランドセルをもらいたかったに違いない。
その子らは親と不慮の事故で生き別れたのかも知れない。あるいは虐待で引き離されたか、親子ともども食べてゆけないくらいの状況で捨てられたか。
女子アナたちがテレビでタイガーマスク運動の輪が広がるよう一時的に報道するだけでなく、継続して伝えてゆきたいと言ってて、ある意味そうだが、ある意味事の本質に全く触れられてない。
悪気はないのだろうが、こういう人たちの頭の中は、子供らにランドセルをあげれば事はまるく収まると考えるのだろう。
そもそもこれ、悲しいニュースなのに、ひとつの感動ストーリーで締めくくられてる。
そしてこれは現在のセーフティネットの概念と酷似している。
派遣切りにあった人々に生活保護を受けてもらおう、これがセーフティーネットだ、と。
生活保護を与えてあげれば命は落とさずに済むだろう。これには派遣村村長だった湯浅誠さんも応急処置として必要と主張し全く賛成する。
だが生活保護を受けるにしても普通の人なら精神的に苦痛はあるだろうし、本当は賃金をもらって働く方がはるかに文化的に生活をおくれるもののはずなのに、失業者がこぼれ落ちて生まれた“格差”はいったいどこからもたらされたのかの議論が政権与党(民主党っていったっけ?)は一切触れてない。
寄付というのも、格差があるから一方から一方へ恵むという原理でなりたつものだが、この“格差”が果たして公正な競争の結果か、無秩序な競争によってもたらされたものか、ここが一番肝心なのだ。
日本の国際競争力は中国に抜かれ、韓国に抜かれ、その次?
いやいや新興国に抜かれ、東南アジア諸国に追い込みをかけられ、その下にまで落ちた。27位だと。
何位から?
TOPクラスの座から。
つ・ま・り、日本の企業はめっぽう儲からなくなったのです。
企業が儲からないとどうなる?
労働者を雇えない、あるいは辞めてもらうしかない。
もうじき来るしかないでしょう、世間で言う“勝ち組”“負け組”がなくなる日が。
企業から放り出されたら、あんた負け組、おいら勝ち組ってのは、いつまでも続けてられない。
だって企業がボロボロになって、今やつぶれかねないんだから。そしたら正社員と非正規雇用の給与格差も埋めてゆかねばならないでしょう。
要するに日本経済全体が今、収縮してるの。
だから企業の業績が上がってもらわないと、労働者はいつまでたっても雇ってももらえないわけ。
セーフティネットの議論だけでなく、同時に企業が儲かる政策を必要としてるんですよ、僕たち労働者は。
今後おそらく儲からない会社はつぶれてくれと言わんばかりに淘汰が進むでしょう。
そしたら益々失業者も出る。
そこで失業保険や生活保護があればOKでは済まない。無秩序な競争の結果でしかないから。
失業者にむけて、次の再就職できる雇用機会も整備されなければならないということです。それが公正な競争に参加するインフラ作りということでしょう。
再チャレンジできる社会です。
そうなれば、親が子供を捨てなくてもがんばれるというものです。
タイガーマスクといえば、敵のレスラーでミスターノーって怪人?がいて、今考えたら卑猥ないでたちだったなーと。
それはともかく、世の中心優しい人もいるもんで、捨てたもんじゃないですね。
孤児院の子供らもさぞかし喜んでることでしょう。
が、欲を言えば本当のお父さんお母さんからランドセルをもらいたかったに違いない。
その子らは親と不慮の事故で生き別れたのかも知れない。あるいは虐待で引き離されたか、親子ともども食べてゆけないくらいの状況で捨てられたか。
女子アナたちがテレビでタイガーマスク運動の輪が広がるよう一時的に報道するだけでなく、継続して伝えてゆきたいと言ってて、ある意味そうだが、ある意味事の本質に全く触れられてない。
悪気はないのだろうが、こういう人たちの頭の中は、子供らにランドセルをあげれば事はまるく収まると考えるのだろう。
そもそもこれ、悲しいニュースなのに、ひとつの感動ストーリーで締めくくられてる。
そしてこれは現在のセーフティネットの概念と酷似している。
派遣切りにあった人々に生活保護を受けてもらおう、これがセーフティーネットだ、と。
生活保護を与えてあげれば命は落とさずに済むだろう。これには派遣村村長だった湯浅誠さんも応急処置として必要と主張し全く賛成する。
だが生活保護を受けるにしても普通の人なら精神的に苦痛はあるだろうし、本当は賃金をもらって働く方がはるかに文化的に生活をおくれるもののはずなのに、失業者がこぼれ落ちて生まれた“格差”はいったいどこからもたらされたのかの議論が政権与党(民主党っていったっけ?)は一切触れてない。
寄付というのも、格差があるから一方から一方へ恵むという原理でなりたつものだが、この“格差”が果たして公正な競争の結果か、無秩序な競争によってもたらされたものか、ここが一番肝心なのだ。
日本の国際競争力は中国に抜かれ、韓国に抜かれ、その次?
いやいや新興国に抜かれ、東南アジア諸国に追い込みをかけられ、その下にまで落ちた。27位だと。
何位から?
TOPクラスの座から。
つ・ま・り、日本の企業はめっぽう儲からなくなったのです。
企業が儲からないとどうなる?
労働者を雇えない、あるいは辞めてもらうしかない。
もうじき来るしかないでしょう、世間で言う“勝ち組”“負け組”がなくなる日が。
企業から放り出されたら、あんた負け組、おいら勝ち組ってのは、いつまでも続けてられない。
だって企業がボロボロになって、今やつぶれかねないんだから。そしたら正社員と非正規雇用の給与格差も埋めてゆかねばならないでしょう。
要するに日本経済全体が今、収縮してるの。
だから企業の業績が上がってもらわないと、労働者はいつまでたっても雇ってももらえないわけ。
セーフティネットの議論だけでなく、同時に企業が儲かる政策を必要としてるんですよ、僕たち労働者は。
今後おそらく儲からない会社はつぶれてくれと言わんばかりに淘汰が進むでしょう。
そしたら益々失業者も出る。
そこで失業保険や生活保護があればOKでは済まない。無秩序な競争の結果でしかないから。
失業者にむけて、次の再就職できる雇用機会も整備されなければならないということです。それが公正な競争に参加するインフラ作りということでしょう。
再チャレンジできる社会です。
そうなれば、親が子供を捨てなくてもがんばれるというものです。
「トイレの神様」にみる金と幸せ
あけましておめでとうございます。
さっそく、2011年の金運は・・・?
金運とは具体的に何ものなんでしょうか。
宝くじに当たることか、預金通帳の額が増えることか、あるいは現ナマ紙幣の束が目の前に置かれることか。
いずれにせよ金は使われて初めて価値がうまれるものだが、漠然とたくさんの金があることで運勢が決まると思うのは、この先の生活に困らないための金、あわよくば楽して暮らせたらという淡い期待を「金運」とよぶのか。
日本人は金を貯めるのは上手だが、使うのがヘタとよく言われますよね。
貯めるのが上手というが、貯めるには働かねばならない訳で、言い換えればよく働くと言うことなのでしょう。
あるいは陰謀論的に言えば、貯蓄はいいことと戦後の占領軍に擦り込まれたためとでもいいましょうか・・・。
一方、使うのがヘタというのは、貯めた金を何に使うのか特に決まっておらず、金を何の価値に代えたらいいか分からことなのでしょうか。
昨年末のレコード大賞や紅白歌合戦に出場した植村花菜さんの「トイレの神様」という歌が注目を集めてます。
トイレをキレイにしておくと美人に、関西の方言で「べっぴんさん」になるという「おばあちゃんの知恵袋」を歌ったものだが、おばあちゃんと孫娘とのふれあいをノスタルジックなエピソードに織りまがら、なにわ節的に歌い上げてる。
歌を聴きながら、今は亡き祖母を思い出しちょっぴり目を潤ませもしたが、神も仏もないご時世で、とうとうトイレにまで神様を探しに行くはめになるとは世相を反映した歌なのかもしれない。
たしか、成功哲学や金運を上げるひとつの手法として、便所をそうじすることを掲げてる自己啓発がいくつかある。
数年前に流行したガネーシャの「夢をかなえるゾウ」、パナソニック電工・松下幸之助の教えなどにも出てくる。
科学的検証に耐えうるものかどうかは置いておいて、一番汚いところをケアする心持ちが大事と解釈すれば、そりゃそうだね、と。
ところが、ジェームスアレン「原因と結果の法則」、ザ・シークレット「引き寄せの法則」に代表される最近流行の成功哲学を、「Aをしたら、Bになる」という法則にあてはめて解釈するような誤読してるケースも多いように思う。
「トイレを掃除したら、金持ちになる」
「良い行いをしたら、幸せになれる」
「人のために尽くせば、自分に返ってくる」
こんな調子で成功法則としてまかり通ってる。
だが、金持ちになる、幸せになれる、自分への見返りを求めるあまり、本来何をするか自分で考えることが停止してしまって、言われるまま、トイレ掃除を、良い行いを、人助けを、つまりAをすれば自動的にBになるんだと、半ば都市伝説かオカルトとして受け入れてしまってる。
恐ろしいのは、目的のためなら手段を選ばない思想を含んでる点である。
極端なことをいうと、例えばオウム真理教のポアの思想のように、人々や世の中のためにポアは良いこととするような悪用されかねない思想も含んでることは忘れてはならないだろう。
これも無理はない。幸せの定義などそう簡単に悟れるものでないだろうし、インターネット(IT:インフォメーションテクノロジー)やFXなどの金融投資(FT:ファイナンシャルテクノロジー)などのテクノロジーで個人が一瞬にして巨額の金を得ることが現実に起こる世の中で、成功哲学なら儲かりますよと、ちらつかされれば誰だって「もう少し詳しく聞かせてくれないか」となる。
未来など本当は未知の領域で、もしかしたらがんばっても不幸に人生を終わるかもしれない。
それを想像してしまうのは非常に恐ろしいことで、幸せに人生を終えたいがため、うかつに成功哲学に飛びついてしまうのは弱い立場であればあるほど顕著になるのだろう。
出来れば幸も不幸も想像しないで知らぬ間に人生が終わってる方が幸せなのかもしれない。
幸せになろうとするが、何が幸せか言い表せない。そして幸せや成功のシンボルとして「金」になってくる。
もしかしたら、金を使うのがヘタというのは、言い換えれば幸せが何かを感じ取るのがヘタということか。
金を使うのがヘタに似た意味で「安物買いの銭失い」ということわざがある。
安易に安い物をチョイスしてしまうのは、良い物を見分ける力、とりわけ物事を判断する力が人生で身に付いてないからでしょう。
そして良い物を見分けるのにも、個人の力だけではだいたい判断を誤るわけで、これも言い換えれば人間関係が壊れてるがゆえの現象といえるでしょう。
ところで“お金”=マネー“money”の語源はモネータ(Moneta)という夫婦に忠告をする女神の名前だそうで、おそらく察するに夫婦生活をきちんとやれよ、そのために節約もしろよ、夫婦仲を壊す無茶な暴走はするなよ、という意味を含んでると想像できる。
本来は、貨幣としての単なる交換手段の意味だけではないのだろう。
それが今や「金」は暴走する手段となってる。けしからんあり様ですな。
さっそく、2011年の金運は・・・?
金運とは具体的に何ものなんでしょうか。
宝くじに当たることか、預金通帳の額が増えることか、あるいは現ナマ紙幣の束が目の前に置かれることか。
いずれにせよ金は使われて初めて価値がうまれるものだが、漠然とたくさんの金があることで運勢が決まると思うのは、この先の生活に困らないための金、あわよくば楽して暮らせたらという淡い期待を「金運」とよぶのか。
日本人は金を貯めるのは上手だが、使うのがヘタとよく言われますよね。
貯めるのが上手というが、貯めるには働かねばならない訳で、言い換えればよく働くと言うことなのでしょう。
あるいは陰謀論的に言えば、貯蓄はいいことと戦後の占領軍に擦り込まれたためとでもいいましょうか・・・。
一方、使うのがヘタというのは、貯めた金を何に使うのか特に決まっておらず、金を何の価値に代えたらいいか分からことなのでしょうか。
昨年末のレコード大賞や紅白歌合戦に出場した植村花菜さんの「トイレの神様」という歌が注目を集めてます。
トイレをキレイにしておくと美人に、関西の方言で「べっぴんさん」になるという「おばあちゃんの知恵袋」を歌ったものだが、おばあちゃんと孫娘とのふれあいをノスタルジックなエピソードに織りまがら、なにわ節的に歌い上げてる。
歌を聴きながら、今は亡き祖母を思い出しちょっぴり目を潤ませもしたが、神も仏もないご時世で、とうとうトイレにまで神様を探しに行くはめになるとは世相を反映した歌なのかもしれない。
たしか、成功哲学や金運を上げるひとつの手法として、便所をそうじすることを掲げてる自己啓発がいくつかある。
数年前に流行したガネーシャの「夢をかなえるゾウ」、パナソニック電工・松下幸之助の教えなどにも出てくる。
科学的検証に耐えうるものかどうかは置いておいて、一番汚いところをケアする心持ちが大事と解釈すれば、そりゃそうだね、と。
ところが、ジェームスアレン「原因と結果の法則」、ザ・シークレット「引き寄せの法則」に代表される最近流行の成功哲学を、「Aをしたら、Bになる」という法則にあてはめて解釈するような誤読してるケースも多いように思う。
「トイレを掃除したら、金持ちになる」
「良い行いをしたら、幸せになれる」
「人のために尽くせば、自分に返ってくる」
こんな調子で成功法則としてまかり通ってる。
だが、金持ちになる、幸せになれる、自分への見返りを求めるあまり、本来何をするか自分で考えることが停止してしまって、言われるまま、トイレ掃除を、良い行いを、人助けを、つまりAをすれば自動的にBになるんだと、半ば都市伝説かオカルトとして受け入れてしまってる。
恐ろしいのは、目的のためなら手段を選ばない思想を含んでる点である。
極端なことをいうと、例えばオウム真理教のポアの思想のように、人々や世の中のためにポアは良いこととするような悪用されかねない思想も含んでることは忘れてはならないだろう。
これも無理はない。幸せの定義などそう簡単に悟れるものでないだろうし、インターネット(IT:インフォメーションテクノロジー)やFXなどの金融投資(FT:ファイナンシャルテクノロジー)などのテクノロジーで個人が一瞬にして巨額の金を得ることが現実に起こる世の中で、成功哲学なら儲かりますよと、ちらつかされれば誰だって「もう少し詳しく聞かせてくれないか」となる。
未来など本当は未知の領域で、もしかしたらがんばっても不幸に人生を終わるかもしれない。
それを想像してしまうのは非常に恐ろしいことで、幸せに人生を終えたいがため、うかつに成功哲学に飛びついてしまうのは弱い立場であればあるほど顕著になるのだろう。
出来れば幸も不幸も想像しないで知らぬ間に人生が終わってる方が幸せなのかもしれない。
幸せになろうとするが、何が幸せか言い表せない。そして幸せや成功のシンボルとして「金」になってくる。
もしかしたら、金を使うのがヘタというのは、言い換えれば幸せが何かを感じ取るのがヘタということか。
金を使うのがヘタに似た意味で「安物買いの銭失い」ということわざがある。
安易に安い物をチョイスしてしまうのは、良い物を見分ける力、とりわけ物事を判断する力が人生で身に付いてないからでしょう。
そして良い物を見分けるのにも、個人の力だけではだいたい判断を誤るわけで、これも言い換えれば人間関係が壊れてるがゆえの現象といえるでしょう。
ところで“お金”=マネー“money”の語源はモネータ(Moneta)という夫婦に忠告をする女神の名前だそうで、おそらく察するに夫婦生活をきちんとやれよ、そのために節約もしろよ、夫婦仲を壊す無茶な暴走はするなよ、という意味を含んでると想像できる。
本来は、貨幣としての単なる交換手段の意味だけではないのだろう。
それが今や「金」は暴走する手段となってる。けしからんあり様ですな。