久しぶりのブログです。
今日は仕事をしながら、なんとなく「たけしのTVタックル」をつけていたのですが
まあ、なんともくだらない時代劇に原口議員が意気揚々とご出演されているではないですか
彼は、私とほとんど同世代ですし、以前から「朝まで生テレビ」などの発言で
期待をしていたのですが、実に残念です。
こんなことで人気取りをすることが、票につながると考えているのでしょうか
そんなことだから比例復活しか出来ないのです。
最近の民主党は自民党のスキャンダルや失策が起こっても、まったく支持率が上がっていません。
昔の社会党や社民党みたいに「なんでも反対」党に成り下がっていると見られているからです。
ただ見られているだけでなく、本当にそうなっていますね。
原口議員にしても、最近の言動は口を尖らせて与党の批判ばかりです。
相手を攻撃するには、それなりの根拠としっかりした思想が必要です。
以前から自民党と変わりないと言われてジレンマに陥ったのか、最近は根本的に
間違った意見が多くなってしまっています。
「イラ菅」の薫陶でも受けたのかな。
大事なことは、敵を攻撃するのにくだらないスキャンダルや、細かな違いではなく
少しでも良い政策を打ち出すことです。
ワイドショーにネタを提供することで、支持率が上がると思ったら大間違いです。
「ソーリソーリ」といって、ワイドショーに取り上げられているような、くだらない議員に
成り下がって欲しくないですね。
福岡の中2自殺、北海道の小学生自殺のニュースが、連日報道されている中、子供たちの自殺が相次いでいます。
本当に痛ましいことです。
いじめによる自殺には、さまざまな問題が含まれていますし、実際に子供がおかれていた状態も、なかなか真実は見えてこないものです。
そんな中で、誰かを悪者に仕立てて、一斉攻撃を加えることで視聴率を稼ぐ、愚劣なマスコミには心底怒りを感じます。
まだ、実態が明らかになっていない時点で、教師や学校、政府を批判して鼻高々なマスコミです。
しかし、今回の自殺の連鎖は間違いなくマスコミの影響だと思います。
それに関しては、どのマスコミも取り上げません。まったくの他人事です。
自殺する子供たちの精神的な弱さ、おかれている環境、教師や親の対応はもちろん深刻です。
そんな中で、ちょっと背中を押しただけで、すぐに倒れそうな子供たちの背中を押しているのはマスコミでしょう。
自殺をすれば、マスコミが騒いでくれる。それによって、自分をいじめた生徒、助けてくれなかった学校や教師に仕返しが出来るのです。普通に考えれば、そんなちっぽけな事で、命を捨てるのかと思うかもしれませんが、その判断が出来なくなっているから、自殺に至るのです。
このような自殺事件は、発生直後から生徒の身辺をハイエナのようにかぎまわり、何か面白い話題はないかと待ち構えているのです。
そして、日々センセーショナルに面白おかしく報道するのが、マスコミです。
ある程度事件が落ち着き、内容が明らかになった時点で全体的なまとめとして報道するのなら分かるのですが、それでは視聴率競争に負けてしまうのでしょう。
こういう、ワイドショーなどの報道を楽しみに見ている国民にも責任はあるのでしょうが、こういうマスコミの姿勢により、いろいろな人たちが被害にあっていることを多くの人ら知ってもらいたいですね。
「報道の自由」、「知る権利」の前に、誰もがひれ伏さなければならないという考えは、「国民主権」と相容れないものではないでしょうか。
本当に痛ましいことです。
いじめによる自殺には、さまざまな問題が含まれていますし、実際に子供がおかれていた状態も、なかなか真実は見えてこないものです。
そんな中で、誰かを悪者に仕立てて、一斉攻撃を加えることで視聴率を稼ぐ、愚劣なマスコミには心底怒りを感じます。
まだ、実態が明らかになっていない時点で、教師や学校、政府を批判して鼻高々なマスコミです。
しかし、今回の自殺の連鎖は間違いなくマスコミの影響だと思います。
それに関しては、どのマスコミも取り上げません。まったくの他人事です。
自殺する子供たちの精神的な弱さ、おかれている環境、教師や親の対応はもちろん深刻です。
そんな中で、ちょっと背中を押しただけで、すぐに倒れそうな子供たちの背中を押しているのはマスコミでしょう。
自殺をすれば、マスコミが騒いでくれる。それによって、自分をいじめた生徒、助けてくれなかった学校や教師に仕返しが出来るのです。普通に考えれば、そんなちっぽけな事で、命を捨てるのかと思うかもしれませんが、その判断が出来なくなっているから、自殺に至るのです。
このような自殺事件は、発生直後から生徒の身辺をハイエナのようにかぎまわり、何か面白い話題はないかと待ち構えているのです。
そして、日々センセーショナルに面白おかしく報道するのが、マスコミです。
ある程度事件が落ち着き、内容が明らかになった時点で全体的なまとめとして報道するのなら分かるのですが、それでは視聴率競争に負けてしまうのでしょう。
こういう、ワイドショーなどの報道を楽しみに見ている国民にも責任はあるのでしょうが、こういうマスコミの姿勢により、いろいろな人たちが被害にあっていることを多くの人ら知ってもらいたいですね。
「報道の自由」、「知る権利」の前に、誰もがひれ伏さなければならないという考えは、「国民主権」と相容れないものではないでしょうか。
ニュースで、気管切開の女児が保育園に通えるように訴訟を起こしていた事件に対して、判決が下ったとの報道がありました。
朝のニュースでも「みのもんた」が、彼一流のお涙頂戴で話していました。この件に関しては以前にもブログで取り上げていたのですが、きっとこのニュースを見られて「感動」された方が書き込みをされていたので、もう一度考えてみることにします。
まずは、痰の吸入にたいする危険性ですが、これに関してはあまり詳しくないので、どれだけの危険性があるかは判断しかねます。
私が一番気になっていたことは、今回の訴訟で年端も行かない子供を原告代表にして、マスコミにさらしたことです。自分たちの主張を、情緒的にアピールして目的を達成しようとする手段として、子供を使ったことです。
一人の親として、このように子供を道具に使った行為に非常に嫌悪感を感じています。
もちろん、すずかちゃんには、何の罪をありません。悪いのは親と、周りではやし立てて良いことをしていると勘違いしている連中です。
訴訟自体は、そんなことをしなくても出来たはずです。情緒に訴え、マスコミを利用して裁判官の判断に影響を与えようとしたことが見えすぎて不快です。
マスコミは、日本人の情緒に訴えてさまざまなプロパガンダを流します。
どうしても、それによって判断が狂わされてしまいがちです。
今回のケースでは、子供が普通の保育園に行きたいと言った。そのことを強調して、望みをかなえることだけが正義のように語られています。子供が望めば何でも言うことを聞くことが正しいのでしょうか?
冷静に、客観的に考えて最善の道を行くようにしてあげることが、本当の愛情でしょう。
時には、冷酷なまでに厳しくすることも大事です。
保育園側や行政が恐れたことは、きっと事故のことを考えてのことでしょう。近年は、子供の事故に関して訴訟沙汰になることが多く、その際の対応に苦慮している背景があります。まずは、この部分を解決することが一番の問題です。受け入れないことが、絶対に悪くて非人道的だと短絡的に考えるのはいかがなものでしょう。
そのような配慮から、今回受け入れに際して、看護職員を1人専属でつけたようですね。たかが800万円などと発言していましたが、保育園にとっては大きな負担でしょう。たった1人のためですからね。
そのお金を使えば、待機児童を何人か入園させることが出来たかもしれません。その辺のバランス感覚も持って欲しいものです。
本当に、親として普通の保育園に行かせたいのなら、そして問題なくすごせる自身があるのならば看護職員の増員をしないように申し入れ、また事故が起こった際の責任もきちんと自分で取ると宣言して行かせるべきだと思います。
情緒に訴え、差別だと叫べば無理が通ってしまう世の中が恐ろしいですね。一方では行政の非効率を糾弾しながら、こういうことには、応援のエールを送るのではダブルスタンダードです。
朝のニュースでも「みのもんた」が、彼一流のお涙頂戴で話していました。この件に関しては以前にもブログで取り上げていたのですが、きっとこのニュースを見られて「感動」された方が書き込みをされていたので、もう一度考えてみることにします。
まずは、痰の吸入にたいする危険性ですが、これに関してはあまり詳しくないので、どれだけの危険性があるかは判断しかねます。
私が一番気になっていたことは、今回の訴訟で年端も行かない子供を原告代表にして、マスコミにさらしたことです。自分たちの主張を、情緒的にアピールして目的を達成しようとする手段として、子供を使ったことです。
一人の親として、このように子供を道具に使った行為に非常に嫌悪感を感じています。
もちろん、すずかちゃんには、何の罪をありません。悪いのは親と、周りではやし立てて良いことをしていると勘違いしている連中です。
訴訟自体は、そんなことをしなくても出来たはずです。情緒に訴え、マスコミを利用して裁判官の判断に影響を与えようとしたことが見えすぎて不快です。
マスコミは、日本人の情緒に訴えてさまざまなプロパガンダを流します。
どうしても、それによって判断が狂わされてしまいがちです。
今回のケースでは、子供が普通の保育園に行きたいと言った。そのことを強調して、望みをかなえることだけが正義のように語られています。子供が望めば何でも言うことを聞くことが正しいのでしょうか?
冷静に、客観的に考えて最善の道を行くようにしてあげることが、本当の愛情でしょう。
時には、冷酷なまでに厳しくすることも大事です。
保育園側や行政が恐れたことは、きっと事故のことを考えてのことでしょう。近年は、子供の事故に関して訴訟沙汰になることが多く、その際の対応に苦慮している背景があります。まずは、この部分を解決することが一番の問題です。受け入れないことが、絶対に悪くて非人道的だと短絡的に考えるのはいかがなものでしょう。
そのような配慮から、今回受け入れに際して、看護職員を1人専属でつけたようですね。たかが800万円などと発言していましたが、保育園にとっては大きな負担でしょう。たった1人のためですからね。
そのお金を使えば、待機児童を何人か入園させることが出来たかもしれません。その辺のバランス感覚も持って欲しいものです。
本当に、親として普通の保育園に行かせたいのなら、そして問題なくすごせる自身があるのならば看護職員の増員をしないように申し入れ、また事故が起こった際の責任もきちんと自分で取ると宣言して行かせるべきだと思います。
情緒に訴え、差別だと叫べば無理が通ってしまう世の中が恐ろしいですね。一方では行政の非効率を糾弾しながら、こういうことには、応援のエールを送るのではダブルスタンダードです。
マスコミの暴走振りに、ちょっとキレていますが、その中でもすこしづつ正論も出てきているようです。
しかし、相変わらずの悪者探し、そして自殺した生徒の父親の暴走。
それを煽るマスコミと、やはり悲惨な状況には変わりありません。
ここで敢えて、この生徒の父親に対しても批判したいと思います。
いつの間にか、マスコミに乗せられて正義の味方のように学校や教育委員会を糾弾しているようですが、「ちょっと待ってください。」と言いたい。
自分の息子が、誰かの手にかかって物理的に殺されたのなら分かりますが、今回の事件は「自殺」です。
冷酷なように思われるかもしれませんが「自殺」は、本人の意思で行われたものです。
やはり本人にも大いに責任があります。
そして、そのような精神構造に弱点を持った子供に育てた責任は親にもあるのではないでしょうか?
いじめ問題は学校だけでは、どうしようもありません。家庭教育が大きなウエイトを占めると思います。
まずは、「いじめ」というものが、どう言う行為をさすのか、ある程度のガイドラインが必要だと思います。
私の考えでは、今回の「からかい」「無視」「仲間はずれ」程度はその範疇に入らないと思います。
ある程度以上の「暴行」を伴うものは、きちんと対処して即刻やめさせなければいけません。
これは、悪ふざけの認識であっても、重大な結果を引き起こすことがあります。
また、このような行為は外見で判断できますので、ちょっと注意していればすぐに発見でき対処できます。
では、言葉や精神的なプレッシャーによるものにはどう対処すればよいでしょうか?
こういうものに対して、今までは「人の気持ちを理解する。」「優しい心と生命の大切さを教える。」などと
実に的外れな対処をしてきたのではないでしょうか?
自分が思春期のころのことを思い出してみてください。こんな美辞麗句を並べ立てられて、本当に従うでしょうか?小学生から中学生にかけての思春期は反抗期でもあります。大人のこんな言葉には影で舌を出すだけで本当に理解できるとは到底思えません。
まずは、いじめた方をきちんと叱責することが大事です。理屈など並べても、屁理屈をこねて聞く耳など持ちません。教師も親も、こういう事案を耳にしたら毅然とした態度で本気でしかることです。
子供は上辺だけで言っている理屈よりも、本気で怒っていることのほうが聞く耳を持ちます。
さて、いじめられた方には、まずこういういじめは必ず存在するものだと理解させます。決して特別なことではなくて日常良くあることだということを言い聞かせます。
自分が特別で自分だけいじめられていると思えば、どんどん悪い方向に行ってしまいます。
次に、どうやってこの心の痛みを解消するか考えさせましょう。
こんなときに、また綺麗事を並べて仲良くしろとか、相手を思いやれなんていってはいけません。
そんな余裕なんかあるはずないのですから。
やられたら、やり返すでも良いでしょう。闘争心をかきたてるのもいいと思います。
自分の仲間を増やして、相手が攻撃できなくなるようにするのも良いでしょう。
自分の長所を磨いて、周りにアピールし自分の地位をあげて見下すのも良いでしょう。
これは、一種の模擬戦闘です。自分が悪いとか、弱いとか考え始めたらいじめはなくなりません。
どんな手を使ってでも、この状態から抜け出してやるんだというしたたかさを教えましょう。
それでもだめなら、相手に擦り寄ることも、取り入ることもいいでしょう。
なんでも可能性は排除せず、生き抜く強さを与えてやることが大事です。
こういうことは、なるべく小さいころから自然に身につけさせたほうが良いのですが、最近は本音と建前をきちんと使い分けられない大人が多くなり、かっこいいことばかりで子供を教育するので、本当にか弱い子供が多くなっています。
自分の手で自分の命の火を消してしまうことに比べれば大したことではありません。
子供にきちんと生き抜く強さを与えることが、本当の親の愛情ではないでしょうか。
しかし、相変わらずの悪者探し、そして自殺した生徒の父親の暴走。
それを煽るマスコミと、やはり悲惨な状況には変わりありません。
ここで敢えて、この生徒の父親に対しても批判したいと思います。
いつの間にか、マスコミに乗せられて正義の味方のように学校や教育委員会を糾弾しているようですが、「ちょっと待ってください。」と言いたい。
自分の息子が、誰かの手にかかって物理的に殺されたのなら分かりますが、今回の事件は「自殺」です。
冷酷なように思われるかもしれませんが「自殺」は、本人の意思で行われたものです。
やはり本人にも大いに責任があります。
そして、そのような精神構造に弱点を持った子供に育てた責任は親にもあるのではないでしょうか?
いじめ問題は学校だけでは、どうしようもありません。家庭教育が大きなウエイトを占めると思います。
まずは、「いじめ」というものが、どう言う行為をさすのか、ある程度のガイドラインが必要だと思います。
私の考えでは、今回の「からかい」「無視」「仲間はずれ」程度はその範疇に入らないと思います。
ある程度以上の「暴行」を伴うものは、きちんと対処して即刻やめさせなければいけません。
これは、悪ふざけの認識であっても、重大な結果を引き起こすことがあります。
また、このような行為は外見で判断できますので、ちょっと注意していればすぐに発見でき対処できます。
では、言葉や精神的なプレッシャーによるものにはどう対処すればよいでしょうか?
こういうものに対して、今までは「人の気持ちを理解する。」「優しい心と生命の大切さを教える。」などと
実に的外れな対処をしてきたのではないでしょうか?
自分が思春期のころのことを思い出してみてください。こんな美辞麗句を並べ立てられて、本当に従うでしょうか?小学生から中学生にかけての思春期は反抗期でもあります。大人のこんな言葉には影で舌を出すだけで本当に理解できるとは到底思えません。
まずは、いじめた方をきちんと叱責することが大事です。理屈など並べても、屁理屈をこねて聞く耳など持ちません。教師も親も、こういう事案を耳にしたら毅然とした態度で本気でしかることです。
子供は上辺だけで言っている理屈よりも、本気で怒っていることのほうが聞く耳を持ちます。
さて、いじめられた方には、まずこういういじめは必ず存在するものだと理解させます。決して特別なことではなくて日常良くあることだということを言い聞かせます。
自分が特別で自分だけいじめられていると思えば、どんどん悪い方向に行ってしまいます。
次に、どうやってこの心の痛みを解消するか考えさせましょう。
こんなときに、また綺麗事を並べて仲良くしろとか、相手を思いやれなんていってはいけません。
そんな余裕なんかあるはずないのですから。
やられたら、やり返すでも良いでしょう。闘争心をかきたてるのもいいと思います。
自分の仲間を増やして、相手が攻撃できなくなるようにするのも良いでしょう。
自分の長所を磨いて、周りにアピールし自分の地位をあげて見下すのも良いでしょう。
これは、一種の模擬戦闘です。自分が悪いとか、弱いとか考え始めたらいじめはなくなりません。
どんな手を使ってでも、この状態から抜け出してやるんだというしたたかさを教えましょう。
それでもだめなら、相手に擦り寄ることも、取り入ることもいいでしょう。
なんでも可能性は排除せず、生き抜く強さを与えてやることが大事です。
こういうことは、なるべく小さいころから自然に身につけさせたほうが良いのですが、最近は本音と建前をきちんと使い分けられない大人が多くなり、かっこいいことばかりで子供を教育するので、本当にか弱い子供が多くなっています。
自分の手で自分の命の火を消してしまうことに比べれば大したことではありません。
子供にきちんと生き抜く強さを与えることが、本当の親の愛情ではないでしょうか。
昨日も書いた福岡の「いじめ自殺事件」ですが、テレビのワイドショーなどがこれでもかと、繰り返し教師や校長を非難し続けています。
そんな風潮に乗せられないで、少しは冷静に考えて見ましょう。
確かに現在の教育現場には多くの問題があります。教師の質の低下もありますし、校長や教育委員会の事なかれ主義、隠蔽体質にはあきれることも多いのが現実です。
では、こういう現状に対して、マスコミや世論が個人攻撃をすることが現状の問題の解決になるのでしょうか?
私も3人の子持ちですから、自殺した生徒の親の気持ちもわかります。あのように声を荒げて非難する気持ちの無理からぬものと考えます。
しかし、その場面を何度もテレビで放送し、視聴者の感情に訴えて教師たちを吊るし上げることが問題の解決につながるのでしょうか?はなはだ疑問です。
この教師や校長、教育委員会の委員などが処分されて、それで事が終わるのでしょうか?
このままでは、担任教師や校長など矢面に立たされた人たちが、自殺など最悪のケースにいたることも危惧されます。マスコミにあおられて、無責任に非難の声を上げている人たちはそういう結果を望んでいるのでしょうか?
考えてみてください。担任教師も校長も特別な人間ではありません。もし自分がそのような立場に立たされたらどうでしょうか?
このように、直接事件に関係した教師や校長だけを吊るし上げる、西部劇の隣地のようなことを繰り返していては事態は悪くなる一方です。この報道を見ている全国の校長は戦々恐々に違いありません。
これは、隠蔽体質と事なかれ主義を助長するでしょうし、現場で子供たちに指導をすることを難しくします。
自殺の原因は、心の問題ですから直接的に何が原因になったかということは非常に判定が難しいものです。
他の人ならばなんでもないことが、当人にとってはひどく傷つくことだったと言う意見を聞きます。
では、どの人に、何を言ったらひどく傷つくのか、簡単にわかることでしょうか?
注意深く観察したらわかるのでしょうか?
とても難しいことだと思います。まして現場の教師は児童心理学のエキスパートではありません。
このように、自殺という結果に対してあまりにも重い責任を追及されてしまうと教師という職業が
とても恐ろしいものになってしまいます。
そういう方向に進むことが、本当に子供たちや教師にとってよいことなのか?
大いに疑問に感じるところです。
そんな風潮に乗せられないで、少しは冷静に考えて見ましょう。
確かに現在の教育現場には多くの問題があります。教師の質の低下もありますし、校長や教育委員会の事なかれ主義、隠蔽体質にはあきれることも多いのが現実です。
では、こういう現状に対して、マスコミや世論が個人攻撃をすることが現状の問題の解決になるのでしょうか?
私も3人の子持ちですから、自殺した生徒の親の気持ちもわかります。あのように声を荒げて非難する気持ちの無理からぬものと考えます。
しかし、その場面を何度もテレビで放送し、視聴者の感情に訴えて教師たちを吊るし上げることが問題の解決につながるのでしょうか?はなはだ疑問です。
この教師や校長、教育委員会の委員などが処分されて、それで事が終わるのでしょうか?
このままでは、担任教師や校長など矢面に立たされた人たちが、自殺など最悪のケースにいたることも危惧されます。マスコミにあおられて、無責任に非難の声を上げている人たちはそういう結果を望んでいるのでしょうか?
考えてみてください。担任教師も校長も特別な人間ではありません。もし自分がそのような立場に立たされたらどうでしょうか?
このように、直接事件に関係した教師や校長だけを吊るし上げる、西部劇の隣地のようなことを繰り返していては事態は悪くなる一方です。この報道を見ている全国の校長は戦々恐々に違いありません。
これは、隠蔽体質と事なかれ主義を助長するでしょうし、現場で子供たちに指導をすることを難しくします。
自殺の原因は、心の問題ですから直接的に何が原因になったかということは非常に判定が難しいものです。
他の人ならばなんでもないことが、当人にとってはひどく傷つくことだったと言う意見を聞きます。
では、どの人に、何を言ったらひどく傷つくのか、簡単にわかることでしょうか?
注意深く観察したらわかるのでしょうか?
とても難しいことだと思います。まして現場の教師は児童心理学のエキスパートではありません。
このように、自殺という結果に対してあまりにも重い責任を追及されてしまうと教師という職業が
とても恐ろしいものになってしまいます。
そういう方向に進むことが、本当に子供たちや教師にとってよいことなのか?
大いに疑問に感じるところです。