認知症に対する姿勢②
第1話のつづきです。
第2話 「その人自身」から出発しよう
グループホームを開設する前に全国のグループホームを見学に行きましたが、運営のうまくいく場所とそうでない場所があるように見えました。うまくいかなかった場所は、結局いままでの延長線上、つまり発想の原点が「認知症の人は何も分からないから介護をしてあげよう」という考え方の上にあることでした。私たちが決めたのは、認知症のことはいったん頭から外して、その人自身から出発しようということです。
認知症の人も私たちも、生きていく上で同じ権利を持っている。例えば私は1日に2回、お風呂に入りたい人、そして毎日ビールを飲みたい人。
認知症の人にも、行きたい所に行く自由、食べたい時に食べたい物を食べる自由、会いたい人に会える自由が当然ある。それが、認知症だという理由だけで特別扱いされ、周りからその自由を奪われてしまっている。だから、自分で考えて自分で選択し、生きていけるようになっていただこう。いや、もともとそうだったのだから、それを復権していこうという発想でした。
私たちのホームの運営方針は、都内で先進的なグループホームを実践されていた和田行男氏から聞いたり教わったりしたことが原点になっています。特に「入居者8人が全員違うものが食べたいと言えば、8種類の食事を作る」「冷蔵庫の中はいつも空っぽで、その都度入居者自らが買い物に行く」といった食事についての考え方には、目からウロコが落ちる思いでした。
また同様に「玄関に施錠しないこと」にこだわりました。周囲からは「交通事故に遭ったらどうする」「行方不明になったら誰が責任を取る」といった心配の声が絶えませんでしたが、散歩や買い物に行きたいという本人の意思を尊重するため、昼間は玄関を開放することにしました。夜間は防犯上やむを得ないとしても、建物に構造上の工夫を凝らしたり、職員の配慮の仕方を検討するなどして、入居者が自由に出入りできる環境を保障できるように努めたのです。
2001年5月、墨田区吾妻橋のグループホーム「福さん家」で9人の女性たちとの共同生活が始まりました。そこで感じたのは、彼女たちは一見おかしな行動をとるように見えても、24時間を通してみると、それは断片的にしかすぎないということです。
そこで最も大切なことは、私たち職員がどのようにサポートしていくかということでした。
87歳のある女性の方が入居してきて、2週間が過ぎた頃です。異様な臭いがして2階へ駆けつけると、その方の部屋が、そこらじゅう便だらけになっているのです。畳の上に脱ぎ捨てられた便まみれのパンツ、タンスやカーテン、押入れの中にまで便がべったりとつき、ひどい悪臭を放っていました。「弄便」といわれる認知症の周辺症状です。本人といえば、両手についた自分の便をどうしていいか分からず、申し訳なさそうな表情を浮かべながらすっかり委縮しています。女性は自分の名前も居場所も分からない、重度の認知症でした。
弄便はほぼ2週間おきにやってきました。職員でも毎晩のようにどうしたものかと頭を悩ませていたところ、ある時、1人の女性職員がこう言いました。「1番大切なことは、2週間便秘だったAさんに、排便があることじゃないですか。お通じがあってよかった、と一緒に喜べるよう、発想の転換をすること。またそれを本人に失敗したと思わせないことじゃないの」
認知症であっても、快や不快といった「感情」の記憶は確かに残るものです。部屋の隅で排尿をすることも多いAさんに、私たちはトイレの代わりとなる小さなゴミ箱を置いてみることにしました。すると翌日からこのゴミ箱に排尿のあとが見られたのです。これにより、ほかの場所で便をしてしまう数も極端に減っていきました。
さらにAさんと接しているうち、「目をパチパチさせている時は排便の合図」「突然立ち上がった時はトイレを探している」というサインがくみ取れるようになってきました。そして昼夜を通して注意深く見極めを続け、その都度トイレ誘導を行った結果、Aさんはトイレでの排便ができるようになったのです。
こちらの介護や支援のありようが次第で、結果は大きく変わっていく。そのことを強く感じさせられた出来事でした。
つづく
【第1話】認知症なんか恐くない
認知症に対する姿勢
約3年前の月刊誌を処分しようと整理していたら認知症、グループホームに関する記事がありました。すこやか福祉会 、宮崎和加子さんへのインタビュー記事です。非常に長いのですが、若年者の認知症に苦しむ方々も多くなりつつあるようですし、これからの介護の在り方、その仕事に就く姿勢が非常に勉強になりますので取り上げたいと思います。勿論、認知症は障害年金の対象になります。
第1話 認知症なんて怖くない
高齢化社会が本格的に到来し、世間では認知症に対する関心が高まりつつあります。「認知症予防」や「脳の活性化」を謳ったゲームソフトや大人向けの玩具が売れるのも、それと無関係ではないでしょう。けれども私はいままでの経験から「認知症なんてちっとも怖くない。なってもその人らしく、伸び伸び笑って生きられますよ」と少しは自信を持って言うことができるようになりました。
認知症は老化による物忘れとは異なり、自分の居場所や時間がわからなくなる、最近の出来事の記憶がない、といった症状があります。そのため世間では認知症になると何もできなくなると思われる方が多いようですが、それはほんの一例にすぎません。実は失われた機能より残された機能のほうが遥かに多いのです。大切なことは、その方々との社会、あるいは支援をする者との関わり方なのです。大きな発想の転換を迫られる時がようやく日本にも訪れたと感じています。
この認知症介護の現場で、最近特に注目を集めているのが「グル―プホーム」と呼ばれる施設です。皆さんにはまだ馴染のない言葉かもしれませんが、グループホームとは認知症状態にある人が数人で共同生活を行う小さな家のことです。その数はここ数年で急増し、全国で8000を超えると言われています。
私は墨田区吾妻橋にグループホーム「福さん家」を開設したのは2001年5月のことでした。5年間ホーム長を務め、ここで得た学びをもとに、荒川区など都内で6か所のグループホームをつくり、現在ホーム部長をしています。
私は訪問看護師として20年間、東京の下町で寝たきりの老人や末期がん患者の介護に当たってきました。まだ日本に「訪問看護」という言葉のなかった時代からあちこち駆け回り、北千住に都内初となる訪問看護ステーションを開設、現在は首都圏に14か所ある訪問看護ステーションの統括部長を務めていますが、どうしてもうまくいかなかったのが、認知症の方への関わり方でした。いつかよい手だてを考えなくては、と感じつつ、難の手も打てないまま月日が過ぎていきました。
当時の認知症の方への世間の対応について、私の中には大きなわだかまりがありました。認知症になったとしても、本当はもっと元気に生きられるはずなのに、ちょっと的外れな言動をするだけで、周りから変な目で見られ、家族も本人も悲惨な気持ちを味わっていく。
なかでも悲しかったのは、当時、認知症の方が在宅で暮らすことができなくなると、精神病院のほかに行く先がないことでした。病院へ入ればベッドに縛り付けられた上、強い倦怠感に見舞われる薬を飲まされ、次第に目が虚ろになっていく。本人には何の自由もありません。専門家と看護師の元に預けられているにもかかわらず、「何をするか分からない」という理由だけで、その人が持っている権利を全部剥奪されてしまうのです。ただ病気になったというだけでおかしいじゃないか。それは長年私が抱いてきた強い強い怒りでした。
1980年代後半からは特別養護老人ホームでの介護も受けられるようになりましたが、皆さんの表情にまるで輝きがないのを見て、認知症の人は本当にそうなふうにしか生きられないのか、と絶えず疑問を感じていました。
その疑問に対する1つの解答として、グループホームの存在はかねてから耳にしていましたが、ある時ジャーナリストの友人が同施設を取材して書いた本を読み、自分も機会があれば挑戦してみたいと思うようになりました。そこには何か違う光があるかもしれないと思ったのは、長年の現場経験からくる直感です。
それまでの介護のイメージといえば、おむつ交換や入浴介助等の身体介護を主とした、基本的に「やってさしあげる」という立場のものでした。しかし、特別養護老人ホームなどで行われるそうしたやり方では限界があることも指摘され始めていました。
グループホームの特徴は主に次のことが挙げられます。①小規模であること②共同生活であること③自分のことは自分ですること、の3点です。要するに、これまでとはまったく逆のことをやってみようという発想です。
私が看護師として立てた仮設は、周りの介護や支援さえしっかりしていれば、たとえ認知症になっても必ず元気に生きられるはずだというものでした。その仮説が正しい事を証明するために、自分たちが現場で実際にやってみて皆さんを元気にしてみせようと考えたのが、そもそもの始めまりです。
つづく
ラグビーもあります!
先日の対デンマーク戦は、見てしまいました。
日本中、大騒ぎですね。
決勝トーナメントでも、日本らしい戦いをしてほしいとおもいます。
トルシェやジーコにはなかった、日本らしさを追求した
オシム-岡田(ゆれていたが)路線が実ったのではないでしょうか。
選手の自主性なども、みられていたし、スポーツらしいよさがありました。
さて、私は、高校生の頃からラグビーファンです。
ラグビーは、来年のワールドカップの出場権も決め
今、フィジー、サモア、トンガと日本の4カ国が参加する
パシフィック選手権の真っ最中です。
第一戦のフィジーには、いいところなく負けました。
先週のサモア戦は、日本が勝利。実に10年ぶりのことでした。
サモアは、世界ランク12位、日本が13位なので、逆転したでしょう。
フィジーは、ランク8位くらいの強豪国です。
日曜日には、最後のトンガ戦があります。スカパーでみます。
サッカーとくらべて全く知られていませんし、スポーツニュースですら取り上げませんが
、ここ のところ日本は強くなっているのです。
世界ランク10位以内をめざしています。
(JO)