「離婚時みなし被保険者期間」と障害年金
先日気になる話があり、調べてみました。
年金の離婚分割と障害年金への影響について
特に、問題となるのは国民年金第3号被保険者だった期間の「離婚時みなし被保険者期間」。
離婚分割を考える場合、極めて慎重に考えなければならないようです。個別の具体的相談が必ず必要、更に離婚分割の時効も考慮しなければなりません。相談される側も、条文などから慎重な対応が必要です。
受給権発生月まで300月に満たない被保険者期間の場合の300月みなし規定により、受給権を既に得た障害厚生年金は、再計算されたみなし被保険者期間の影響で標準報酬が下がっても減額されることはありませんが(法第78条14の1)、例えば分割後に受給権を得た場合はどうなるのか・・・。みなし被保険者月数によって300月を超えた場合は・・・・・・。みなし300月のもともとの標準報酬額は低く、分割後の標準報酬が高くなた場合は・・・・
いろいろなケースが想定されます。
国民年金の繰り上げも、同じように極めて難しい判断がもとめられます。繰り上げてしまっては、事後重傷の障害年金や3級の障害厚生年金が重くなり2級となった場合に資格が無いといわれて、65歳を待っていたばかりに、ご自身の年金が受給できず一生を終わってしまう、などというケースもあり、また、おおよそ77歳を超えない限り、繰上げ減額された年金受給金額の合計が多くなります。
厳しく難しい選択となります。
(ooba)
認知症に対する姿勢④
さて、1日4回の連載の最後。
タイマーを仕掛けての更新でした。
私は、月曜は非常勤で出ていますからね![]()
サッカー、ラグビーときましたが
ゴルフも目が離せませんね!
石川遼選手が有名になりだした頃
あるプロがあの打ち方では長続きしないと言っていました。
そう言ったあるプロが先日、石川選手のことを
あれは化け物だと、自らの発言を撤回していました。
第4話 人間本来が持つ逞しく生きる力
これまで30年近くの間、看護・介護に関わってきた私の原点は、幼い頃、社会に対して抱いた1つの疑問にあります。
山形の貧しい農家に生まれた私は、朝早くから夜遅くまで、身を粉にして働く両親の姿を見て育ちました。それでも暮らしは一向に楽になりません。一方、何もせず遊んでいるような人たちが、お金持ちで幸せに暮らしているように見える。何なの、これは。うちの親が悪いわけ?そんな不満の気持ちでいっぱいでした。
それ以降、私は条件のよい所に行って安住するのではなく、あえて社会状況のよくない所に身を置いて、困っている人たちと一緒に問題を考えていくという生き方をしてきました。
東大医学部付属看護学校を卒業した後、水俣診療所へ10日間研修に行ったり、就職先を決める時、東大病院を目指さなかったこともそう。訪問看護を始める際、お金持ちの多い地域ではなく、あえて下町の貧しい地域を選んだこともそうでした。
自分の身をそうした厳しい環境に置くと、おのずと物事を一生懸命に考えるようになり、傲慢にならず、気持ちが素になっていくのが分かります。だから今後も、困っている人たちと身近に接していられる所に常に身を置いていたいと思います。
いままで多くの患者の方たちと関わり、この仕事を通じて学ばせて頂いたのは、「人間は心も体もすごくもろい。だけどすごく逞しい」ということでした。
水俣では、食べた魚に有機水銀が混じっていたというだけで体がボロボロになり、胎児にいたっては、一生涯立つことも喋ることもできない人生を送らなければならない羽目になりました。そのくらいに体は脆く、壊れやすいものです。
心もまた同じように、人に馬鹿にされたり、無視されたり、いじめられたりすることでひどくボロボロになっていく。
けれども、水俣病の方を見ても、末期がんの方を見ても、認知症の方を見ても、人間本来が持つ、逞しく生きようとする力は脳にも体の中にもあって、周りの人間がきちんとサポートしていけば、生き生きと目を輝かせて生きられるようになるのです。
世の中には、五体満足で何の障害も持たず暮らしている人のほうが、かえってひ弱で目に輝きがなく、無目的な生き方をしている人が大勢います。
しかし、これまで社会から疎外され、邪魔者扱いされてきた認知症の人たちが、逞しく生きようとする姿に接して、人はこんなふうに変わっていけるのだ、と胸を打たずにはおられません。
今後も看護の仕事を通じて、皆さんの心を養い、生命本来の力引き出し、人生を輝かせるお手伝いを続けていきたいと思います。
終わり
【第1話】認知症なんか恐くない
http://ameblo.jp/sn-support/entry-10574645945.html
【第2話】その人自身から出発しよう
http://ameblo.jp/sn-support/entry-10574647920.html
【第3話】「~たい」を宝物にしよう
認知症に対する姿勢③
第2話のつづき。
第3話 「~たい」を宝物にしよう
私たち職員が何より大切にしているのは、その人の「~たい」という気持ちを宝物だと思おうということです。
新人研修の際にもよくこんな話をします。「おむつを交換するとか、ご飯を作るとかいうのは仕事の一部にすぎない。入居者本人の口から『○○がしたい』『○○へ行きたい』『○○が食べたい』というこの『~たい』が出てくるような気持ちになっていくようにしていくのが、私たちの仕事です。そして、その言葉を聞いたなら、絶対に叶える!という気持ちで頑張ろう」と。
初めのうちは「きょうは何が食べたい?」と尋ねても「何でもいいわ」という答えが返ってきます。けれどもそれを繰り返して続けているうちに、「そうだな、きょうは煮こごりが食べたいな」といった言葉が出てくるようになる。すると「それ、何ですか?」という若い職員の質問に始って「どうやって作るんですか?」「その魚はどこに売っていますか?」「よし、じゃ買ってこよう」と言って一緒に買い物に出かけていく。その「~」を確実に実現していくのです。
ある夏の暑い日には、こんなことがありました。皆でリビングのテレビを見ていたところ、「こんな暑い日はプールに入りたいわねぇ」とある方が呟いたのです。「プールに入りたい」。職員は叶えなくてはいけません。さて水着はどうするか。
ここで大切なのは、私たちが答えを出すのではなく、「どうします?」と本人に尋ね、自分たちの頭で考えてもらうことです。多少の出来事は忘れたり、判断できないことがあったとしても、70年、80年と使ってきた頭です。考える力をたっぷり持っている。
「そうねぇ、水着はないわね」「持ってこなかったわ」と皆が言い出し、やがて女性職員に気付いた皆さんが「あなたたち、持ってないの?」「ちょっと貸してよ」と詰め寄りました。さすがは主婦といった感じです。
翌日、職員たちが持参した色とりどりの水着でファッションショーが始まりました。派手な性格の人は派手な水着を、おとなしい性格の人は紺色の水着を手にとって、シワシワの肌を見せ合いながら「似合う、似合わない」とキャーキャーはしゃいでます。
「~たい」という気持ちなることは、その人が主体性を持つということです。だから私たちは「どうぞ皆さん、わがままになってください。やりたいことを遠慮なく口にしてください」と声をかけます。そうすると、1人1人の中にある素の自分が少しずつ、少しずつ出てくるようになるのです。
病院や施設で行われてきたこれまでの介護のあり方は、動物園の檻の中に入れられた状態と変わりのないものでした。
外から鍵を掛けられ、食事を餌のごとくあてがわれながら、ただ無感動に生かされている。そうではなく、1人1人の「~たい」を実現し、いままで出来なかったことができるようになっていくと、不安だったり、おどおどしていた表情が生き生きと輝いてくるようになるのです。
つづく
【第1話】認知症なんか恐くない
http://ameblo.jp/sn-support/entry-10574645945.html
【第2話】その人自身から出発しよう