ドクター・ハオの日記 -2ページ目

今日は海でも陸でもいっぱいの出会いがありました

朝7時起床のはずが携帯の充電が無くてようちゃんからの6時からの電話に気づかず9時に目が覚めた
ララカレーの社長ヒデさんにとりあえず電話をして海に入るのは午後にして一緒にカインズホームにペンキを買いに行った

11月3日にララカレーをオープンするための準備にペンキを持ってファクトリーに向かった
ペンキを塗りだしてから4時間ぐらいたってようちゃんとゆかりがファクトリーに様子を見に来た

みんなで昼飯を食いに近場のお店に入って
俺はカツ丼を食べ最高にうまかった

飯も食べ終わって満腹になった俺らはファクトリーに戻ったけど仕事を再開する気にはなかった
すると前BBQで会ったテル君と彼女が以前ボートの修理工場だったファクトリーの機材を引き取りに来た
テル君は車の部品を作ったりしていて僕らには使い方がわからないものを見て感動してトラックの荷台に乗せながらこれもレア物あれは10万の価値はあるとかいいながら機材を全部もっててくれた

そのおがけで作業場が俺らにとっては邪魔なものが無くたって作業がしやすくなった

ファクトリーの一番大きい場所をカフェとハーフパイプを作る予定でハーフパイプの大きさや位置を知りたくて豊橋に住んでいるプロのBMXのマーボー君と相棒のリュウジ君に会った
結局1.2メーターぐらいのハーフパイプがいいんじゃないかと言うことで話がつき来週にも早速作ってもらうことに話がついた

来年には農業もやってみたいと思っている自分が田植えの話になったときなんとマーボー君は実家で完全無農薬栽培としていると聞いて心が躍った
かなり身内のためだけの規模でやっているようだがかなりマニアックの領域まで行っていて
土から種まで化学物質が入っていないようにもう15年もやっているそうだ
是非今度自分の目で見に行ってやり方を教えて欲しいと約束をした

日が暗くなって行く前にようちゃんがそわそわしだして海に行く時間が短くなって来ているのを自分も感じた
ファクトリーを閉めてようちゃんの車にヒデさんと3人で乗って海に向かった
板を降ろすとき自分の板にリーシュが無いのに気づいた

がーん

日の入りの時間も迫って来たし波もそんなハードじゃないと思い今日はノーリーシュで入ることにした
とんだ間違いだったのはまだ気づいてなかった

海に入ったらサイズも思ったよりありパワーもあった
人もいたのでピークからはずれた前にも人がいない場所を選んだ
海ではMAINSの小畑さんにも会って軽く会話を交わし小畑さんはピークがいるみんなの方にパドルしていった

5、6本乗った中2回板は波に流され浜辺まで泳いで取りにいってリーシュの大切さを感じたサーフィンだった

波も見えなくなって日が落ちる時間が早くなり冬が近づいているのを感じる最近
今年は3年ぶりにスノボーに行ってみたいと冬が好きになれるように冬の楽しみを探さないといけないなと自分に言い聞かせている

けどやっぱ暖かい海がいいな

樹を植えることの意味

我々はあなたの協力により商品1個につき新たな樹を1本植えています
なんて言う広告など見たことありますか?

その会社の商品を買うと自分もいいことしているような気分になってそこの会社を応援する気持ちになる
これはここ数年で人気な商売方法で付加価値を付けることによって他社と差別化できる有効な方法

パタゴニアなんかは有名な例である

私はどうせ似た商品があるならこういう会社から買うようにしている
この方法は企業の間でブームになっていてCSRと言ってよくイメージアップのためホームページに乗せたりしている

ここで買う側は頭を使う必要がある
ブームなだけにCSRのための予算枠をもうけてCSRも大して理解しないままイメージアップのためにやっている会社も少なくはない

だがどの会社もレベルが違ったとしてもそのようなことが企業がしていることが素晴らしいことには違いない
今日は少しイメージアップに対して自分も理解が浅かったことを書きたいと思います。

みんなは樹を植えることがいいことと思っていますか?
自然が戻ると言う感じでもっと樹を植えると森がもとに戻ると言う印象はありますか?

少なくとも私はそのように思っていました
だが最近アメリカ先住民のホピ族の人からの動画を見ていた時に森について面白いことを言っていたのでここでも紹介したいと思います

アマゾンの森、アメリカの森、世界中の森が日に日に無くなっていることはどこかでみんなも聞いたことがあると思いますが森は切り倒すより保存しておくべきだと言っていました
確かに無いよりはあった方がいいのだがその理由は樹を倒すことによりその倒した樹からできる価値よりはるかに失っているものの方があまりにも多いと言うこと

森と言うのはコミュニティーで特定な樹の周りには特定の植物が生えその植物の周りには特定の薬草が生えるなど特定な動物がよってくると言うコミュニティーができている
つまりそこをばっさいしてまた樹を植えてもその樹の周りに集まる植物は失ったままでバランスを取り戻すのには時間がとてもかかってしまう

バランスと言えば森には音のバランスがあると言われている
色々な生き物が鳴いて一つのシンフォニーができ上がって植物が育つのを助けているを聞いたことがある
少し理解できるのは植物に話しかけるとよく育つと聞いたこともあるからなんとなく納得がいく
そしてその森の中で一つの鳴き声が無くなるとまたその穴を埋めるように他の動物が鳴くようになると聞いて面白い話だなーとその時思った

例えば樹の周りにはコミュニティーができるのだとみんなが納得するようになったと仮定してみよう
そうしたら今の世の中が変わると思うかと言うとまだ人は森を切り倒すだろう
森からはまだ知らないことがいっぱいあり、まだ知らない新薬が隠されていて森を切ってしまうとその新薬も一緒に消えてしまうとみんなわかっていたら森に希望のある未来が待っているかと言うと人はまだ樹を切り続けるだろう
だってそんなことはもう多くの人が既に知っていることであり、森から人に死をもたらすような病気が世の中に広まることがあることも知っているのに樹を切り続けている

じゃあ何をすれば変わるのだと考えたとき何か思い浮かぶかな?

上のようなことを知っていても変わらないのは上に書いてあることはほとんど長期的に物事を考えたときに重要になってくる。
例えば今の技術では新薬にはならないものが森にはあるけど将来の人にとってはその植物のデザインから画期的な薬を作ることができる可能性が高いのにそれを発見する森すらなければそのような発見もできなくなってしまう
昔の人がやっとことで今後の人の首を絞める
まるで今の日本今のバブル世代の人たちがやったことで若い世代がつけを回されたのと似ている

バブル世代の人たちが今の世の中があまりにも短期的な利益を求め仕組みになり過ぎている
自分の利益を求めさせるような世の中になっている
丸で俺が勝ち上り勝者といつかなるというアメリカンドリームを追い求めさせられ世界中がそうなってしまっているのが一番の原因だと私は思う

日本もそうなってしまっている
世界は俺が上に人を踏んででも上にと言う思考で進んで来てようやくその道は行き止まりがあると実感できる世の中になってきた

福島の原発はまさにその尊重で原発が爆発した瞬間資本主義に終止符がつき新たな時代がはじまろうとしているようにあの映像を見ているときに感じた

アメリカは特に環境がアメリカンドリームを追わせる場所だから新たな考え方になるのは少数派がそうなっても周りがなかなかそうさせないようが気がする
私がトップになるためにどうしたらいいかを考えるのは行止りがあることがわかってきた今ではどのような時代になってくるかと言うと一人ではなくて自分はまわりと関係していると言う考え方に変わってくると思う

それは丸で一神教の考え方の人が世の中を動かして来たのが多神教の考え方の人が世の中を動かしていくと言うことと似ている

日本はとても不思議な国である
万の神を信じてなんでも神にする、昔から震災に会って来て克服してきた強い種族でもある、団体意識が高く、狭い領土で大人数が暮らせる文化を持っている
その結果言葉が曖昧と言われたりはっきりしないと周りには馬鹿にされてきた
けど私は日本はとても大事なものを持っていると確信している

残念なのが自分の国の人たちが自分の国にあまり興味がないこと
周りの国に目を向けていないこと
日本に生まれることがどれだけ幸せなことを実感しきれていないこと

まず日本国内で体制を整えたら、
自分たちはいつも他国の方法の後を追っていていつになっても一番になれないと悩んでいるのではなくて昔からの日本の生き方を追求するだけで実は先を進んだ国になれるのだとここに住んでいる人たちが思いいえるようになれれば

日本は化けると思う

だって日本は人との付き合いを狭い土地でうまくやっていける人たち
地球にはもう他に広がる土地は内容に地球自体にもう領土が無く人は増えている

日本人は人と自然との共存がうまい人種である
人間の行動パターンはウィルスと似ているある場所の資源を食いつくしそこがだめになったら次に移ってきたがもう他に移る場所がなくなり、今住んでいる場所でも水道の水が飲めなくなったり、空気が悪かったり、海が汚くなって魚も汚染されてたりしている
けど日本人は自然をうまく利用する方法を知っている
資源を汚染しない方法を知っている

これらは世界中に利用できる
地球と言う大きな島?みたいな感じに今なっている
何が自分の利益なのかを考え直す時期で修正するなら我々の世代でやっとかないと今後長期的に影響することになる時代に今置かれていると私は思っている

今のような状況な過去にない
色々なものがこの時代に重なり合ったことで全く新しい時代を今我々は生きている
将来の人が今の時代のことを教科書で学ぶとき今の時代は世界を北斗の拳のような時代にさせた時代と言われるのかそれとも危機から回避してジブリのような世界にさせてくれた時代だったとどう言われたいか今生きている人たちにかかっている

俺はラ王の世界よりトトロの世界の方がいいな

長く書いてしまった。。。
ここまで呼んでくれる人いるのかな?
ここまで呼んでくれた人本当に感謝してます

ありがとうございます
日本語ももっと勉強します
もっと読みやすくなるように
頑張ります
ありがとうございます

学生に伝いたいこと

学生に伝いたいことがある

俺が過ごした大学4年間で今でも残っているのが数少ない大学の授業。それより宝になっていることはその時にできた人との繋がりである。

引き寄せの力はやっぱり存在している
それは大学によって変わる友達の質である
そう言う意味ではいい大学にいった方がいい友達ができる
だからいい大学に行くことはいい就職先を見つけるためではなくていい友達を作るためにいい大学にいった方がいいと思った

本題は今後生きて行くために必要なことを伝えたい

就職して5年目になって学生の時より違う世界を見て来た
そしてニュースや新聞で見る就職が困難になっている現状
企業も外からの人材を以前より積極的に採用していること

俺の目からは学校制度は企業や国が仕事場でどう言う教育制度を作ればより使いやすい人材を育てられるか考えて作ったように見える
けど企業も今の世の中の変化に追いつけてない、先を予想できない世の中になってきている

企業も国もお金が全ての世界
資本主義だから
だから企業から見れば人件費は一番高いコストであり、利益が全てであればどうコストを低くするかを考えるのは自然に思い浮かぶことだろう

日本は特に一社に長くいればいるほど給料も上がりコストがかかってくる
シンプルな作業をさせることによっていつでも入れ替えれる業務を増やして言う事聞かなかったり必要なければ入れ替える

けど雇われ側から見ればそんなのは自分が職を失うことになってしまう
そんなことは誰も嫌
自分を必要不可欠な人材に自分を育てる必要がある

成績がトップでいれる人は数が少ないしそこだけが生きて行けるのはあまりにもおかしな話だと思っている
今でもいい大学、いい成績の人は今まで通り職に困ることは少ないからその人たちはそのままの道を進めばいいと思うがそうでない人には今後の世の中は今までにない転機の時代になってくる

けどそれには誰でもうまくいくと言うわけではない
一応定義があるけどより多くの人たどり着きやすくなり、今のように激戦区にわざわざ入り込まなくてもよくなる

必要なのは
自分が興味があるもの、没頭できることをまず見つけて平均的に優秀になるのではなく特定なことに飛び抜けて優秀になること
今まで学校などではあまり重視されてこなかったことだから難しく感じることかもしれないが誰にでもあることで幸い興味があることは十人十色だからぶつかることも少なくなる

これから重要になるもう一つのことも学校では邪魔ものとされてきたことがまだある
それは色々なことに問いかけること
何で?_何でって聞く生徒はうざがれると思うがこれはとても重要で言われたから納得するのではなく
自分の中に落とし込めるように問いかけて自分理解することが重要、そうでないと今後の世の中は何が本当で何がうそか分からなくなってタダ時代に流される人になってしまう

後なりより大切だと思うことはイマジネーションを持つこと、希望の持てる世界を想像することだと感じている

今後の世界は自分が想像したことがより短時間で実現する世の中になってくる
例えば私は今月「頂」にも出演したPJをスペシャルゲストとしてイベントを無事終えることができた
企画から告知までフライヤーを作り時間もなく全てネットで告知をして2週間と言う短い時間でイベントを開くことが出来た

10年前ではこの短時間ではやることはできなかったのが今は可能でもう10年もすればもっと短期で自分の思いが実現する世の中がやってくる

つまり何かをやるに対して正しいやり方と言うのは無くなって来ると思う
もしかしたら大人は子供の吸収力を本当に認めるようになれば15歳とかでガンガン儲ける子が多い世の中になるかもしれない

今我々の時代はバブルを経験した世代が日本を動かしている
そしてゆとり教育を受けた世代がビジネスの世界に入り込むようになりお互いギャップを感じる世代である
タダ流せるのかそれとも自分たちで生きたい世の中をイメージして生きて行くのでは今後世の中がどう変化して行くのは全然違う道を進むことになるだろう

私は今の学生たちと繋がることが一番したいことで大学から変化を起こすことが世の中に大きな変化をもたらしてくれると思っている

日本にしかできないこと

俺は浜松に住んでもう一年以上が過ぎた
こっちの生活は名古屋との生活と大きな違いがある

笑ってこらえてのダーツの旅で田舎の人が取材の人に収穫したものを上げる暖かいシーンがここ浜松でもよく見られる

イベントがあれば生シラスが出たり、マグロの兜がでたり贅沢の食べ物を口にすることができる
商品であるはずのものを通貨と+αの繫がりがついてくる

会社が作るもので他人にはお金で買ってもらい近い人には思いもその商品にはついてきて割引などなんらかの商品やお金以上のものを頂く

街で色々な商売がされていても街には冷たい、寂しく感じるのはビジネスのやりかたに絆がないのが大きな原因があるからだと感じるようになった

商品が市場に持ち込まれたら絆は断ち切られて売り手と買い手の間には交換価値だけが意味を持つようになり、お金がものを言う世界だから人との繫がりは消え街は冷たい場所になってしまう

CMなどを広告で影響を受ける場所はあたかもその物を手に入れることにより映像の向こうの人のように幸せになれると錯覚をおこして幸せはお金であり物を手に入れると言う所有を増やすことにより幸せがやってくると丸で逆の思考になってしまう

なぜ逆かと言うと今は資本主義であり、お金が一番ベースになっている世の中であり、ビジネスは成長を持続して利益を上げ続けることがなりより優先されてしまう

色々は会社がある今、資本主義は大量生産、大量消費を世界に要求される
大量消費、大量生産と聞くと大量のゴミが思い浮かんできます
実際海では多くのプラスチック国内外のものがいっぱいある
もはや国境とか関係ない我々のゴミも他の場所に打ち寄せられているように日本にもいろんな言葉のゴミをよくみる

資本主義、お金儲けを最優先するのには限界だと世界に見せつけたのが福島の原発事故だと私はあの映像を見て感じました
そしてその後の記者会見の発表などからも今までどこか信用していた国のお偉いさんたちへの希望も薄れてしまった

ここ浜松に来て思ったのは街よりも人からの暖かみを感じる瞬間が多いこと
街にいた時よりお金を使わなくても人生が豊になった

だれもが思っていることかも知れないが人生お金より貴重で人生を充実させてくれるものがある
だが人が集まる場所がないと何も生まれない

原発事故により多くの人が住まいを無くしてしまった
東北は多くの漁師町や農家がある

浜松でも漁師町の西区は工場から出るものを売ったりするのではなく
大地から育つものや海からとれたものを売って生活をしている人たちはその場所を愛し、その土地を愛している

住み慣れた土地を離れないと行けなくなり、もう二度と住み着くことのできない場所になったしまった福島エリアの彼らの悲しみの深さを想像しないといけない

それは原発がないと電力が足りないやら
需要が追いつかないから原発を続けないといけないと言う討論以前の問題

人は生きていく
特に日本人はとても強い
なんども立ち上がり
危険と知っててもやはり海岸沿いに住み着き海を愛して自然を受け入れてきた人たちである

だがその力があっても戻る場所がなければ
再生もなにも始めることができない

世界はビジネス一本かも知れないが我々は先を進んだ生活の仕方を知っている
その知識をまた使っていつも後を追うのではなくて信じる自分の道を進むことができれば気づいたら先を進んでいる国になると言う希望を隠した国

世界を見ても行き止まりになっていることがニュースを見てもわかる
だったら独自の道を進んで見るのも面白い新たな世界が生まれる可能性があると私は感じています

日本にしかできないこと

県境に川が通る場所

二日前に来た台風の時 名古屋の友達何人かから浜松は大丈夫かの電話をもらった
その時伊豆にいた自分は浜松に台風が上陸することはその時はじめて知った

東名が通行止めになり余儀なく御殿場でもう一泊することになり温泉にもう一晩はいることができた

その翌日には高速の入り口から渋滞で下道で変えることにした
木は折れ、道にはゴミが多く、川の色も濁って色々は光景を見ることができた

静岡に入る県境では川とそって道が走っていた
その時によく県境が川の場合が多いことにふっと思った

当たり前でそこに線を引くことが便利なこともわかる
だがその川は濁って汚い川になっていた

川は海に繋がったいるのも当たり前のこと
その時メキシコでは雨の後にはサーフィンはできないと言う話を聞いたことを思い出した
海に入れない理由は流れ出た川の水が汚染されているから病気になるから入れないと言う意味だった

これはメキシコだけの話ではなく多くの国
日本でもそうだ
浜松にも河口があるが雨の後にそこでのサーフィンはしたくないと言う人は少なくはない

安全の水を飲むためにはお金を出してペットボトルから飲む時代でそれがブームにもなっている

考えてみると悲しい話
そう言うとこからしか信用できない水
本来ならどこからでも汲んで飲めるようにするはずなのにその逆のことをしている
水の要素は我々の体を作るために大切なもの
いい水がないといい体にはなれない
だがその水をビジネスになってしまっている
ビジネスは出来るだけ自分の商品のものを買ってもらいたい思いが強いからビジネスからの視点ではほかの水が飲めないのは好都合になる

ビジネスマインドはそういう思考回路で成り立ってしまうのが怖い

ビジネスと言うと医者もそうだし、学校も、政治もビジネスマインドの人たちの集まり
人助けのため、子供の未来のため、国民のためではなく ビジネスマインドが行き過ぎているように感じる
病院も生きるために多くの処方を出した方がビジネスになる
学校も多くの生徒がいた方がビジネスになる
国ももはや人のためではなく自分の利もしくは自分の団体のための物になっている

水は人を分けることもできるし繋げることもできる
けれどそれは人のマインドセットで水の働きが変わる

県と県の間に流れる川
今はこの川に色々な毒物が一緒に混ざって流れている
石けん、工場、ゴミ、科学薬品といろいろ

今は自分の利のためだけに力を注いで反対側の人との繫がりお互いの利まで共感することができていない
水が汚くなっているのはそれが原因だと感じている

川を奇麗にすることはお互いの利であること
だがそれをするためには片側だけがクリーンマインドになっても川は奇麗な水にはならない
川は両方から挟まれているから両方が自分のためにクリーンマインドにならないと水は奇麗にならない

それはビジネスマインドから一歩下がること、ビジネスマインドは何なのかといつもの生活から離れたことから見つめるとビッグピクチャーが見えてくる
そうしたいと自ら思わないとできない、見えてこないことだが今必要な考え方だと思う

お金が金と同等の価値に合っていた時代は空想と現実との接点があったが通貨と金の価値が引き離されれからお金な現実から離れたものになって人はあまりにもその便利さに付加価値を付け過ぎている世の中だと感じる

特にアメリカ、ヨーロッパ経済が悪化して震災にあった日本の円が上がるのをみて自分と関係ないとこで自分が頑張って働いたお金の価値が左右されているのは誰かに価値を決めれているようでそんな不安な生活は送りたくない

時給2000円の仕事があればパートであれば誰もがいいと思う仕事だろう
だがその時給の価値は何を基準でそれが対等な金額だと思うのか
頑張って貯めたお金も例えばスーパーインフレが起きて国が大量にお金を作った場合
お金が作られた物の価値は今まで以上に多くのお金を出さないと買えないことになる

今まで貯めたお金の価値は今まで以下の価値になる

私はお金だけに頼ることもとめ過ぎることは危険を感じる
お金はものを買うことしかできない
震災後の東京のコンビニの品薄を見て数日だけでも運搬が入らないとここまでダメージを受けることを見た
今までの生活がいかにうまく働き気にならないほどシステムが機能していることに気づかされた

近場で農園ができたらいいんじゃないかと思うようになった
運搬が無くなっても食べてはいける自信
それをすることによって水を奇麗にしないといいものはできないマインドにもなる
人のマインドがより自然と近くなれる

両側にいる人がそのようなマインドの人が増えたら川も奇麗になると希望がある
県境だけはない海にも川があるように水の両側にいる人国と国がお互い理解できれば海が奇麗になっていく気がしてくる

とても簡単な単純な考え方
だがそれを乗り越えることは簡単ではないがそこに夢を持ちたい

リアリティと現実の違い

震災でもう6ヶ月が過ぎ当時と比べるとラジオやテレビから流れる情報もだいぶ震災前と変わらなくなってきた
皮肉なことに人間の馴染むことができることは怖いなと思うのが自分でも震災のことが震災直後と比べると意識が薄くなってきていることに気づく

もっと南にいる人たちはもっと実感がないと言う声をこの前聞いた
被災地の人のために何をして上げれたらいいかわからない
行きたくても遠くて行けないと言う人の声が心に残った

これから冬に入り被災地の人たちははじめて冬を迎えることになるが想像にできないぐらい大変な思いをすると何かできないか、何か協力できることがないか、頑張って冬を越して春を迎えてもらいたい思い

すぐに対応できることはお金を送ったり、使えるものを継続的に支援することはとても次につなげるために大事
だがそれだけではないと私は思う

自分が過ごしている時間その瞬間にも東北の人たちはまた彼らの時間を過ごしていると共感すること
遠くにいけば行くほど共感できるレベルは減ってしまうが例えばスバル島のようなもう沈んでしまう小さな島に暮らしている人たちはどのように今の時間を過ごしてどのような価値観と常識の中生活しているのか

またより多い出荷のために農薬を使う農家の人の子供に奇形児が生まれるが理由がわかっていない家庭の人の価値観や常識

国会でえらくなるために増税をしたがっている人
景気回復のためにお金をどうにか回そうと思っている人たちの価値観や常識

イラクに戦争しにいく前に教会に行き神の守りを受けてから国のためにイラクに行くアメリカ兵の価値観、常識

今自分がおかれている現実を正面から見つめて理解することが私は東北だけでなく今後の日本に変化をもたらすと感じている

最近自分のリアリティは現実ではないじゃないかと言うちょっとイカれた面白い考え方をするようになった
自分のリアリティは自分の時間の過ごし方でできている
ネットを見ること、出勤して会社の業績を上げること、海に入ること、テレビや映画を見ること、友達と時間を過ごすこと
その中で作られた現実はないのかを考えるようになった
よくネット依存症の人は非現実世界に引き込まれると言うが果たして普段の生活にもないでしょうか
マトリックスの映画ではマトリックスの世界に住んでいる人はそれが彼らの現実であるがこの今の世界でも似たことが起きていると思う

今日はテレビで若い世代がお金を使わないことはサイレントテロであると悪いいい方をしていた
確かに消費が起きないと経済は回らないしお金は大切な要素ではあるがそれが最終目的ではない

経済界の人から推測すれば最終目標、いい国と言うのは高度成長期のなバブルのような状況を作ることがいいと考えている
お金は回る

今の世の中そんなことができるのかできてもやっていいのか疑問に思う
週末にビーチクリーンしたときに拾ったゴミはすべてプラスチック製のものや発泡スチロールだった
企業は販売にしか、利益にしか興味がない
政策段階で製造、コスト、マーケティングができていればゴーサインを出す
ゴミ処理までの責任は取らない
これが彼らの常識

利益重視であれば当然無駄なコストはかけたくない
また売れればいいのだ

企業が変わらないのであれば我々消費者が変わらないと変化は起きない
あまりにも情報をうのみにしている気がする
どのような政策でどのようなマインドで企業は消費者にアプローチしているかを考えれば自分のリアリティは現実に近づくことができる

宣伝を見ている自分のリアリティとは例えばシャンプーのCMやサプリメントのCMで健康について語ったりつやつやの髪の女優が出ていると共感を持ってそのイメージと商品をひも付けするがCMはそれを使えばそうなると言ってはいない
きっと企業からしたら消費者は勝手にひも付けしているだけだとしらをきるだろう
まったく無責任な話だ

人間身のある、数えることのできない情や消費者と共感できる企業であれば自分の商品の処理までまた売りつけた人の健康まで考えてマーケティングをするはずだが残念ながらそんな会社は今は少ない


おばちゃんの狭い世界

とんでもないおばちゃんに朝地下鉄のエスカレーターで会って最悪の気分になった

50ぐらい過ぎると頭のリミッターが外れて自分の世界にどっぷりのめり込む人がいるのにビックリする

きっとおばちゃんの世界ではちゃんとロジックがあるのだろうけど理解できない
朝はおばちゃん2人がエスカレーターで並んで話していてその後ろが詰まっていた

私は少しどいてもらおうとおばちゃんの肩を叩いて
どいてと言ってもどかず
急いでるなら階段使えばいい、今の触ったの痴漢だよと言われて
痴漢より人殺しになって首締めてやろうと思ったその時は思った

今日はそんなおばちゃんの嫌な話から人は常識と価値観は人それぞれ違うことについて

同じ名古屋
同じ日本でも
考え方や価値観は十人十色
他国よりはみな共有できる価値観は似ているがそれでも十人十色

そのおばちゃんは気づいてないように我々も普段常識や当たり前のものには目を向けていない
私はそうである あまり自分をわかっていない
ただまわりがそうだからそうしていることが多い

あのおばちゃんの行動はおかしいと言うのが普通だろう
朝のラッシュで少し周りを見れば気づくことだと思うが彼女には他人の意識は入ってこなかった気にしなかった

普段なれている生活から常識が生まれるとしたらその常識の規模には限界がある
一人が触れれる時間と場所には限界があるのと一緒だがそれから文化や国々や県ごとの個性が生まれるから自分たちの価値観を持つことはいいことだと思う
アイデンティティにもなり自分のルーツにもなり、自身にもなるから世界がすべて一緒だったら海外旅行に行きたいと思わなくなるしつまらない世界になってきっと統一するために数えきれない規制の世界になると思うからそれは答えではない

最近思ったのが他の人の価値観もあるってこと、必ず納得の行くことではないかもしれないが育ち方、付き合った人たち、土地、などで常識は変わるがみんな

共通にいえることは
同じ時間
同じ場所を共有してると言うこと

そして色々な現実っがあるってこと

自分の生活ほどリアリティはない
だって自分に起きることほどリアリティはない
自分に起きた出来事から価値観や常識が生まれる
人によってリアリティは違う

平日通勤して一日最低8時間勤務して昼には近くの弁当を食べて数字に追われ毎月給料明細の紙切れをもらうサラリーマン

夕方から化粧して一日働き終わったサラリーマンのグチでも聞きながらお酒をつぐホステス

8時には寝て日の出と共に海でる漁師や畑に出る農家の人

夜の生活の人、昼間生活する人
大自然を相手に仕事をする人、天候にあまり左右されない街で働く人

価値観も人それぞれ
だたみな同じ時間を過ごし同じ大地を踏んでいるには違いがない

自分の普段の生活から他人の身になったつもりで少しでも相手の価値観、考え方の人になったつもりになってみると自分の世界も広がり、物の見方に変化も起きて自分も何か楽になれる

大半がやっているから正しいとか当たり前だからと言う考え方は必ずしも正解ではないと感じることができれば変化が起きる
あまりにも多くの人が自分の考え方に確信を持ちすぎている世の中である
相手を考えたり、相手の身に少しでも考えたらなかなか自分の考え方に確信が持てなくなる
自信がないように聞こえるがそれでいいと思う

どれだけ共感できるかが重要だと感じた一日だった

iPhoneからの投稿

種を育てることと守ること

種をみんな一つ育てたら人の情や価値観に多少変化は見えると思う
植物が育つ過程を見ることは見えない価値観を育ててくれる

種を守ることも大切
どの生き物も子孫を残そうとする
人間はそれができていないのは人間の価値観や世の中を回しているプレイヤーたちのルールブックに
種を育てる、種を守ることは要素に加わっていないためこんな世の中になってしまった

複雑な世の中になった今、そして今までにない新しい技術もいっぱいある中
使いたいものがあっても触ってはいけないもの、世に出していいタイミングを見直せば種を守ることができる

昨日は3.11から半年で震災と原発について少し触れたい
日本は小さい国でありながら原発の被害にも合い、また原爆の被害にも合っている
核は兵器にもなるし、何万と言う住宅の電気を供給できる
この技術を発見し人は世界中で使っているがはたして今使っていいものなのか疑問に思わせるような出来事が起きてしまった

原発のみならず様々な便利なものを世に出ている
お金儲けが目標になっている今の世の中はそれが達成できる企画書ができればゴーサインがでる
私はお金儲けはピラミッドの頂点にあるとは思っていない
数字や評価できるのはそうかもしれないがその上には継続可能であるか、人の情、生活満足度、他の生物との共存ができるかがクリアしてやっとゴーサインが出せると思う

この要素を加えて考えたら
サイクルがないと再生可能でないと次の世代に繋ぐ未来がなっくなってしまう
核であれば便利であるがエネルギーにする際に出るごみの処理が人はまだ答えを出せないまま使いはじめた
お金を生み仕組みはできているかもしれないがゴミについては地中深く埋めることしかできない。
厚いコンクリートに守られているとしても地震によりその壁が割れる可能もある、核納期を冷やすための海水は放射能を浴びるため海岸から遠い場所までパイプ使って排出している
だが今回の地震でも六角村にある原発の排出パイプも亀裂が入りもれている

海に排出しているかは違いない
遠くに捨てれば、深く埋めれば人は忘れて気にしないからいいと思っている人
間違っている

まだ使ってないけない技術はいっぱいあるのではないでしょうか

週末にビーチクリーンをしにいったが海岸に打ち寄せられるゴミはプラスチックや発泡スチロール自然に戻れないままのものばかりである

種を守ると言う意味は植物だけの話ではない
人も種、雄と雌から命が生まれ成長する過程
その核となる遺伝子に傷をつけてしまうものを人は使っている
処理の仕方もわからないまま

格安、安全を売りにまた世界のトレンド、ビジネスに便乗して日本も使っている
自然エネルギーはまだ高いと言う意識があるなかでそれは原発で安全で利益を出せる範囲での話と比べたら自然エネルギーは高いと言う結果になるだけで
事後が起きた場合の資金は原発を使うときの計算には入っていない

そういったものの見方、考え方を与えられて方法のみで評価してしまうといい時代はやってこない
消費者のマインド、買い方、求めるものに変化をもたらせば世の中に変化が起きるのでは

ビジネスをしている人ならわかりやすいはず
企業はお金を稼ぐことが最終目標、ものを売ってその中からどれだけ利益を出せるかが勝負
高級品ブランドで高値でつけて一つ当たりの利益を大きくするか、小さい利益で多く売るか、どうコストをできるだけ低くするか

みんなCMを流すのは多額な資金がかかることは想像つくでしょう
またCMに有名人を使えばギャラも高くなる
その資金は商品のコストになりコストを抑えるためにCMで言う宣伝文句で嘘にならないぎりぎりのラインで商品を売っている

天然と言っても商品で1%でもそのものが入っていれば別に嘘にはならないがCMはそこだけを全面に告知する
受け取った方が勝手にそう解釈しているだけだ別に嘘はついていないときっと企業が言うだろう

ピラミッドの頂点がお金ではなく人の健康や満足度、継続可能かと言うなかなか形にはならないものを頂点にした場合
ビジネススタンスも変わる可能性がある

そうすれば種を守ることができると思いませんか?

共感

災害から得るものがあるとすればそれはどこにでもおきうると言う
人ごとではない出来事

日本、ニュージーランド、ハイチ、中国、アメリカ、など世界中で自然災害が起きている中
人はこれから何を学びどう進んでいくべきか決めないといけない

テレビに映る震災にあった人、家を無くした人、大切な人を無くした人
昨日のテレビでは漁師のおじちゃんが出てた
震災から6ヶ月たってかき集めたブイをまた漁に使う復興の階段を上っている最中だった
彼は援助してくれている人、手を貸してくれている人のためにもめげてはいられないと言っていた

そのおじちゃんは
近所のおじちゃんであり、
自分のパパであり、
親戚のおじちゃんであり、
知り合いのパパであり、
一緒に飲みに行く友達である

世界中で災害にあっている人の中で今回日本が特に注目を浴びたのが人間同士の絆である

私は日本に住んで15年たったが未だに日本人の絆は完全に理解できていない
こても特別な他国では見られない絆を持っている
日本は多民族国家ではないから可能なのかもしれないが何を一族と感じているかを探れば多民族でも共感はできるはず

漁師のおじちゃんが言ったように人のためにも頑張らないとと言う気持ちを個人プレーから集団の意識、繫がりを生んでいると思う

アメリカのハリケーンカトリーナでは移動して人たちが散らばったときに商品の価格が上がった
他人に思いは移らず自分の気持ちが優先と言う意識が表面化した
震災の後アメリカ便乗値上げができないように法律でどう規制するかの討論があった
けど日本ではそんな規制など作る必要もなかった

日本には大切な何かがある



仕事だからしょうがない

会社のお客さんと飲みに行くとき
一緒に飲むのが楽しい人
仕事はミサイルのロケット開発してるけどそれは仕事だからしょうがない

もう一人は製薬会社に働いて動物実験や薬品開発してるがそれは仕事の自分、普段は動物も大好き

毎晩人とお酒の席を交わす人 普段は彼がいる 夜は仕事だからしょうがない

人の頭の切り返しは便利でもあるが時に矛盾している

仕事だからしょうがない

深夜に帰るのも
他人を害にするものを作ってると知ってても
大切な人と過ごす時間が少なくなっても

仕事としてじゃなかったらおかしいと思うことをしてる人はいっぱいいると思う

生活のために稼ぐお金のためだから
食わしてもらってる会社だからしょうがない

そのマインドセットはどんな世の中、どんな影響を周りに与えてるか

仕事としてじゃなかったらおかしいことをしてる人はいっぱいいると思う


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