タイは笑顔になれる国
今年のお盆に初めてマレーシアとタイに行ってきた。予定ではラオスにも行く予定だった。
幼なじみが世界を旅しているとFacebookでそれを知り、僕はみんなと東南アジアで合流することにした
マレーシアからラオスに入る計画だった。
ほとんど移動の時間で旅は過ぎて行った。街に入り、何日か観光し、また移動。
バックパッカーはみな飛び抜けたことをしようと自分の生活から出て旅をしている。みな似たような話の繰り返しだった。何も特別なことではなくなっていた。バックパッカーのための施設までもがある。
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マレーシアの後はバンコクの西にあるカンチャナブリで虎の寺と7つの滝にも行き、ここは行ってよかった。旅の中でも一番好きな場所
その後バンコクに戻りそのまま夜行列車で北の街チャ
ンマイに
そこからさらに3時間のバスで
さらに北の町、失われてた街チャンライについた。
この街にくるとみな帰りたくなくなると言って、チャンライはthe lost cityと現地の人は言っている。
その通りでこの小さな街は不思議な魅力がある街だった。
チャンライには空港があり、ラオス、ミャンマーの境界線の近くにある小さな町だ。
町には大きな川があり、特に8月の雨期の時期では緑が多く自然が素晴らしいところだ
泊まった宿は一泊 350円でご飯は120円ぐらいでChain House bit.ly/aERTa1)という場所に泊まった
Chianさんはロン毛の中年で口数が少なくないがみんなに尊敬されていて仲良くなると冗談も言うお茶目な人で地元に誇りを持っている人だ。そしてここの宿を奥さんと経営してる
Chainさんの奥さんのMonさんはすごい働き者で夜みんな寝る前まで働いていて、朝起きるときにはすでにMonさんはみんなの朝食を作っている
=バイク事故=
僕は予定ではここに2泊して友達と一緒に2日間のボートに乗ってラオスに行く予定だった
ところがチャンライについた次の日に象に会いに行く途中に
バイクから転倒して右足を骨折した
右足と膝から出血し左肩擦り傷とヘルメットが割れた
転倒後象に会うところまで行って 現地の人から消毒液をもらった

トラックでChianさんが来てくれて
宿の近くの病院まで連れてってくれた
これをきっかけにChianさんと仲良くなった。
この日から僕の旅の予定は変更した
現地の病院でレントゲンをとって診断の結果
右足首が骨折して入院はなかったが通院の毎日がはじまった。。。
足の骨折により僕の予定とみんなの予定がズレ
僕は病院の近くで安静にするためチャンライに残ることにした
痛みと不便さで落ち込むと思っていたけど、意外と気持ちは以前と変わらなかった
毎日が楽しかった、ってより何も苦に感じなかった
いい旅かそうでないかは人の出会いで左右される
事故の後に僕の旅を大きく変えたのが現地の人だった
Chian Houseに集まってくる現地の人,現地の美女Ome、それとBARはじめようとしていたマンゴーとジェシカだった。

=OME=
オームは(スエーデンに住むChainの親戚)が買い物に連れってくれ
食事にも連れてってくれた
White Templeに観光にも連れってくれた ここは仏教と現代アートが混ざった寺だった。
White Templeはチェンマイの外にあって広大の土地に寺がある
鏡でできたお寺は中に魔界と天界が描き出され入り口は悪魔の口から入る形になって奥にお坊さんが座禅している
面白いのがこの寺は寺と言うより一つのアートで魔界の絵の中にStar Wars, Matrix, 9/11事件,やスーパーマンなどモダンなアイコンがいっぱい描かれているのにびっくり
そして僕は現地の人と思われタダで入れたのもまたびっくりだった
=マンゴとジェシカ=
ピピ島でファイアーショーの仕事をしている人たち
今はマンゴの地元チャンライに遊びにきていた時
僕は二人に出会った
今はマンゴは公務員で現地でバーも開く予定で忙しい人
ジェシカはスイス人でチャンライにアパートを持ち
人だかりが好きな人でいつも人に声をかけていた
=通院生活=
怪我してから僕は毎日病院に行って傷の消毒をしにいった
これが日に日に痛みに敏感になり消毒液がしみて嫌いだったけど傷が膿むよりはよかった
だけどタイの病院はみんなフレンドリーだった
笑顔もあって言葉は通じないし病院で楽しいのは変な感じだけど病院行くのが楽しかった
昼間の日課は病院行くぐらいで後はChian Houseに戻って旅中の人と話したり現地の人の話を聴くぐらい
旅の人はだいたい長くて2日ぐらいいるだけだフランス人とスイス人がほとんど
現地の人とは音楽を聞いたり、どうでもいいような話をするのが好きだった
例えば日本でいう”カゴメカゴメ”の歌で海外では”ring around the rosy"って歌がある
子供が遊びながら歌う歌でこの話は実は1350年代に流行った病の話
このようなどうでもいいような話を聞くのが面白かった

夜になるとマンゴとジェシカがバーに行こって誘われ わざわざ車をもってきてくれた
日本に帰る二日前の夜 マンゴがバーの壁に絵を描いて欲しいと言われた
壁にバイクが吊るしてあってその陰を使って何か描いて欲しいと言われた
道具はマジックペンだった 描き始めた僕は一度はじめたら止まらなかった
この怪我がなければできなかった事、
聞く事のできなっかた話、
会うことのなった人、
そしてまた帰ってきて”僕たちはいつきてもここに集まるから”
暖かいホスピタリティーに逢えたこと
最終日にマンゴとジェシカが空港まで送ってくれた空港に行く途中マンゴが最高のお
見上げをくれた
ブッダのペンダントをくれた
くれる必要もなく、欲しいとも言わない、
単純に気持ちからだった、
交換に僕は常につけてる数珠を渡した
タイの人が作るタイの空気は好きになった