Live in the present as life is a gift.
多くの人があなたの人生に現れ、そして去るだろう。
しかし、本当の友達だけがあなたの心の中に足跡を残していく。
あなた自身を動かすには、頭をつかいなさい。
他の人を動かすには、心を使いなさい。
Anger=怒りはDanger=危険からDを取ったもの。
もし、誰かが一度あなたを裏切ることがあれば、それは彼/彼女の責任。
しかし、もし二度目があったなら、それはななたの責任。
偉大な精神は、観念について、語るだろう。
普通の精神は、出来事についてを。
些細な精神は、人々についてを。
立派な青年たちは、自然の創造物。
しかし、立派な老人たちは芸術の仕事。
他の人の失敗から、学びなさい。
あなたは、それらを自分一人で学びきれるほど、長生きしない。
友達というもの。
あなた、そして私という存在…そこにあなたの連れてきた一人の友達が加わり、3人となる。
私たちは、グループを作り、友達の輪を作る。
そして、その輪のように、そこには始まりも、終わりも存在しない。
昨日という日は、歴史。
明日という日は、未知。
今日という日は、ギフト=贈り物。
だから、我々は現在という瞬間をプレゼント=贈り物と呼ぶ。
Journey of Soul
There is no beginning or end.....
Yesterday is history.Tommorow is mystery.
Today is a gift,that's why they call it the present.
[Eleanor Roosevelt]
始まりも終わりもない。
昨日という日は歴史であり、明日という日は未知だ。
今日という日はギフト(贈り物であり、)
だから我々は、今日という日をプレセント(贈り物)と呼ぶ。
Live in the present as life is a gift.
[Darren Knight]
人生は贈り物なのだから「今」という瞬間にき生ろ。
*オーストラリアの兄貴の様な存在、Darrenから貰った言葉。
最初に。
Journey of Soul シリーズは、
僕が2003年7月11日22歳の時に、日本を飛び出し、
2005年7月1日に日本に帰るまでを綴った日記です。
あれから4年以上が経ち、いつか僕が、その期間を通して、
実際に現地を旅をしながら、また住みながら、
その五感を通して「感じた」ことにいて綴りたいという思いを叶えるためのものです。
僕は長年海外で暮らすこと、そして、海外を旅することが夢でした。
遡る事、1998年(17歳)の春、あるイスラエル人の女性に僕は新宿で出会いました。
その当時、家庭の問題がもうおよそ7年も続き、
僕の人生は、孤独と葛藤の戦いでした。
人生に絶望を感じていた僕は、バスケ部を退部し、
何も自分の魂を表現するものもないまま、悲しみの中に生きていました。
17歳で、一人で家を逃げ出すお金も度胸もなければ、
人生を変える力もない。
そんな苦しみと葛藤の中で、人生は苦痛以外の何者でもなかった。
いつの間にか、僕は、親しい友人以外に心を閉じるようになっていました。
悲しい事にそれが現実で、それが17歳の少年の生きる人生だった。
けれど、その春、イスラエルから来たLimorという女性に出会い、
その少年の人生は変わりました。
絶望の闇の中にいた「彼」は、光の眩しさに、美しさに出会い、
変わろうと、世界中の色々なものを感じて、人生を楽しもうと思うようになった。
そんな「彼」が、実際にLimorと出会ってから、5年の時を経て、
2003年から、その「小さな夢」を叶えていく姿を綴ったものです。
ただ真っ直ぐに表現したい。
それこそが自分自身であり、自分が生きた証。
そう想い、僕は僕のすべてをここに綴ります。
人生と木
人生と木。
木の根の張り方や、幹の伸び方は、すべてが違う。
大きな木は、しっかりと大地に根を張り、その枝枝に多くの葉っぱを茂らせて、
たくさんの動物や人々を、その木陰に休ませることが出来る。
生命を育むことが出来る。
昔、Leeという韓国人のおっちゃんに
「お前はどんな木になりたい?…大きな木になりなさい。いつか多くの人を休ませられるような
そんな大きな木になりなさい。」
そう言われて、色々考えさせられた事がある。
大切な友達や、愛する人が心を安心して休められるような、そんな存在。
人を優しくできるっていうのは、人の痛みを分かる事。
芯が強いこと。相手を受け止められること。
それはものすごく木に似てる。
いかに心にゆとりを持てるか。
人に優しくできるっていうのは、相手の事を思いやれる心のゆとりだと思う。
正にそれは大地にしっかりと根を張り巡らせた木。



