そうだ、金婚式だった。。。。
ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~
父は7人兄弟の6番目、五男として埼玉県熊谷市に生まれた。一人ずつ兄弟が亡くなっていく。父はそれをどう感じているだろうか。伯父の一周忌のため久しぶりに生まれた町を訪れた。父は6年前の脳梗塞で左半身が自由にならず、雨も降る中での法要は辛そうだった。ただ、気丈にして朗らかに何とか元気を維持している。
法要が始まるまでには少し時間があった。父が生まれた町を少し見て回りたいと言った。父が通った小学校も中学校もまだあった。みんなと遊んだ川、いたずらをして石を投げた近所の店・・・。そして父が生まれた家が今もまだ残っていた。父はそれを遠くから眺めていた。込み上げるものがあるようだった。黙ってる父に感じた。
7人の子供が一緒に住むには小さすぎる家だった。中学生だった父は卒業式の翌日、この家を出た。15歳の3月のことだった。“出た”と言うよりも“出された”という感じだったと話す父は、東京に向かう電車の中で一人、何を思っただろう。
15歳で働くことを迫られた父が選んだのは、洋服の“仕立て屋”だった。贅沢がなかった子供の頃の父は、“生きる”ことを何よりも優先したのだろうか。“住む場所”(大工)か“着るもの”(仕立て屋)を作る人になりたかったと話す。職業選択に自由はなかった。
仕立て屋で修業していた父は、おつかいの先にいた母と知り合う。母も同じ仕立て屋を夢見ていた。ウィンドウに飾られた服を眺め、自分にもこんなきれいな服が作れたらなぁと、父とは少しきっかけが違った。そんな母と始めた暮らしが今年で50年になり、金の鈴を鳴らす。
父は7人兄弟の6番目、五男として埼玉県熊谷市に生まれた。一人ずつ兄弟が亡くなっていく。父はそれをどう感じているだろうか。伯父の一周忌のため久しぶりに生まれた町を訪れた。父は6年前の脳梗塞で左半身が自由にならず、雨も降る中での法要は辛そうだった。ただ、気丈にして朗らかに何とか元気を維持している。
法要が始まるまでには少し時間があった。父が生まれた町を少し見て回りたいと言った。父が通った小学校も中学校もまだあった。みんなと遊んだ川、いたずらをして石を投げた近所の店・・・。そして父が生まれた家が今もまだ残っていた。父はそれを遠くから眺めていた。込み上げるものがあるようだった。黙ってる父に感じた。
7人の子供が一緒に住むには小さすぎる家だった。中学生だった父は卒業式の翌日、この家を出た。15歳の3月のことだった。“出た”と言うよりも“出された”という感じだったと話す父は、東京に向かう電車の中で一人、何を思っただろう。
15歳で働くことを迫られた父が選んだのは、洋服の“仕立て屋”だった。贅沢がなかった子供の頃の父は、“生きる”ことを何よりも優先したのだろうか。“住む場所”(大工)か“着るもの”(仕立て屋)を作る人になりたかったと話す。職業選択に自由はなかった。
仕立て屋で修業していた父は、おつかいの先にいた母と知り合う。母も同じ仕立て屋を夢見ていた。ウィンドウに飾られた服を眺め、自分にもこんなきれいな服が作れたらなぁと、父とは少しきっかけが違った。そんな母と始めた暮らしが今年で50年になり、金の鈴を鳴らす。
自分自身を見つめ直す機会は何度でもある。
ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~
トム・クルーズは影響を受けた俳優の一人。特別演技が上手い!ってほどでもないと思うけど、特別大好き!ってわけでもないけど、よく観た。特に初期の頃の映画が好きで「トップガン(1986年)」「ハスラー2(1986年)」「カクテル(1988年)」「レインマン(1988年)」は、20年以上前の作品にしては古さを感じないし、今観ても面白い。
90年代の頃の映画にも良いものがある。「ア・フューグッドメン(1992年)」「ザ・ファーム 法律事務所(1993年)」「ザ・エージェント(1996年)」では、トム・クルーズらしいやんちゃぶりが目立つ初期の作品に比べると、弁護士やエージェントといった人間関係の難しい大人の世界に入り込んだトム・クルーズが見られる。正面ばかりから自分を見なくてもいい。時々は斜めから自分を見てみるとヒントが見つかる映画だ。
【【今週の龍馬伝 6 / 48回】】
「何のためにこの天下にいる。君のやるべきことは何だ。」吉田松陰に出会った龍馬は見失っていた自分を取り戻す。千葉道場での剣の修業は、剣の戦いに強くなるためではなかった。剣は道具ではなく、戦うことに必要なのは“坂本龍馬”という人間の問題であったことに気がつく。
トム・クルーズは影響を受けた俳優の一人。特別演技が上手い!ってほどでもないと思うけど、特別大好き!ってわけでもないけど、よく観た。特に初期の頃の映画が好きで「トップガン(1986年)」「ハスラー2(1986年)」「カクテル(1988年)」「レインマン(1988年)」は、20年以上前の作品にしては古さを感じないし、今観ても面白い。
90年代の頃の映画にも良いものがある。「ア・フューグッドメン(1992年)」「ザ・ファーム 法律事務所(1993年)」「ザ・エージェント(1996年)」では、トム・クルーズらしいやんちゃぶりが目立つ初期の作品に比べると、弁護士やエージェントといった人間関係の難しい大人の世界に入り込んだトム・クルーズが見られる。正面ばかりから自分を見なくてもいい。時々は斜めから自分を見てみるとヒントが見つかる映画だ。
「何のためにこの天下にいる。君のやるべきことは何だ。」吉田松陰に出会った龍馬は見失っていた自分を取り戻す。千葉道場での剣の修業は、剣の戦いに強くなるためではなかった。剣は道具ではなく、戦うことに必要なのは“坂本龍馬”という人間の問題であったことに気がつく。
アソシエイト?
前略 浜町のT社長
訪問日にはなるべく浜町界隈で昼食を取るようにしています。初めての町だし、この町を知ることでTさんの会社を知ることにもなるからです。ん?ちゃんこ料理屋?相撲部屋?
相撲部屋がありました。看板には荒汐部屋と書いてあります。http://www.arashio.net/ 窓から覗くと土俵がありました。この日、稽古はしていませんでしたが、普段はここから元気な気合いの入った声が聞こえてくるのだろうなと想像しました。そういえば、朝青龍の突然の引退発表には驚きました。横綱の品格が問題視された一件でしたが、強いだけではダメなんだと、必要な条件の総合評価をされたように思います。
Tさん、私は今、Tさんの会社を支援することで、とても楽しい経験をしています。キャビネットの中、過去の書類の整備、いるものいらないものを分別して、シュレッダーして、ゴミ袋に詰めて・・・。
ごめんなさい、決して変な意味で言ってるんじゃないんですよ?これを読んだ人が「え?そんなことまでやってんの?」なんて思うんじゃないだろうかなんて、恥ずかしめにあうじゃない、みたいなことするつもりはないんですよ。“社員じゃないのに社員みたい”になれそうな喜び、これが私たちスタートラインなんです。
訪問日にはなるべく浜町界隈で昼食を取るようにしています。初めての町だし、この町を知ることでTさんの会社を知ることにもなるからです。ん?ちゃんこ料理屋?相撲部屋?
相撲部屋がありました。看板には荒汐部屋と書いてあります。http://www.arashio.net/ 窓から覗くと土俵がありました。この日、稽古はしていませんでしたが、普段はここから元気な気合いの入った声が聞こえてくるのだろうなと想像しました。そういえば、朝青龍の突然の引退発表には驚きました。横綱の品格が問題視された一件でしたが、強いだけではダメなんだと、必要な条件の総合評価をされたように思います。
Tさん、私は今、Tさんの会社を支援することで、とても楽しい経験をしています。キャビネットの中、過去の書類の整備、いるものいらないものを分別して、シュレッダーして、ゴミ袋に詰めて・・・。
ごめんなさい、決して変な意味で言ってるんじゃないんですよ?これを読んだ人が「え?そんなことまでやってんの?」なんて思うんじゃないだろうかなんて、恥ずかしめにあうじゃない、みたいなことするつもりはないんですよ。“社員じゃないのに社員みたい”になれそうな喜び、これが私たちスタートラインなんです。
草々
旧岩崎邸を見学してきました~最終回
ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~
旧岩崎邸がある湯島からは、少し歩けば結構いろいろな駅に辿り着ける。例えば、御徒町や上野は目と鼻の先、銀座線の末広町や上野広小路なんて駅もある。反対の方向へ歩けば、丸ノ内線のお茶の水や本郷三丁目まではちょうど良い散歩道になる。
左:撞球室(ビリヤード場)。こんな時代に流行ってたのか。洋館から地下道でつながる。
右:ビリヤード場の前の木の椅子。車輪のようなデザインに魅かれる。
左:邸内入口の袖塀。三菱社章の基となった岩崎家の家紋「重ね三階菱」が中央に見える。
右:正門から邸内までの砂利道。緩やかな上り坂になっている。
龍馬のそばにはいつも人がいた。同じ土佐出身のジョン万次郎、幕臣であり師と仰ぐ勝海舟、この二人からアメリカを学んだ。人脈は拡がる。薩摩の西郷隆盛、長州の桂小五郎。そして龍馬はこうした志士たちとの交流や活動で“海”に注目する。鎖国日本にとって海は“壁”だったかもしれない。ところが龍馬はこの海を“道”と見た。“人”も同じ。
人は道。龍馬は組織の壁も越えて“日本”という国をつくろうとした。薩摩人でも長州人でもなく、土佐人でもない。日本人の国を。人という道を辿って・・・。
旧岩崎邸がある湯島からは、少し歩けば結構いろいろな駅に辿り着ける。例えば、御徒町や上野は目と鼻の先、銀座線の末広町や上野広小路なんて駅もある。反対の方向へ歩けば、丸ノ内線のお茶の水や本郷三丁目まではちょうど良い散歩道になる。
左:撞球室(ビリヤード場)。こんな時代に流行ってたのか。洋館から地下道でつながる。
右:ビリヤード場の前の木の椅子。車輪のようなデザインに魅かれる。
左:邸内入口の袖塀。三菱社章の基となった岩崎家の家紋「重ね三階菱」が中央に見える。
右:正門から邸内までの砂利道。緩やかな上り坂になっている。
龍馬のそばにはいつも人がいた。同じ土佐出身のジョン万次郎、幕臣であり師と仰ぐ勝海舟、この二人からアメリカを学んだ。人脈は拡がる。薩摩の西郷隆盛、長州の桂小五郎。そして龍馬はこうした志士たちとの交流や活動で“海”に注目する。鎖国日本にとって海は“壁”だったかもしれない。ところが龍馬はこの海を“道”と見た。“人”も同じ。
人は道。龍馬は組織の壁も越えて“日本”という国をつくろうとした。薩摩人でも長州人でもなく、土佐人でもない。日本人の国を。人という道を辿って・・・。
旧岩崎邸を見学してきました~その3
ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~
通勤する沿線には昭和が並ぶ。あれ?もしかしたらあれ大正?“竹久夢二”を思い浮かべる。“雪化粧”とはよく言ったものだと車窓をじっと眺める。古い家並みの屋根にかかる雪化粧、今日はすべてがきれいに見える。夢二の“宵待草”のメロディが浮かんできた。
左:洋館から和館へ通じる廊下の小窓。ドアノブが時代っぽくていい。
右:和館の廊下から見る中庭。ぽかぽか陽気に縁側に座ってみたい。
左:やっぱりこんな場所が落ち着く。子供の頃、敷居はミニカーを走らせる道路だった。
右:和館の縁側が見学出口。大きな踏み石はウルトラマンと怪獣を戦わせる場所。
龍馬のどこが好き?と聞かれたらなんと答えるだろう。誰かに聞かれたわけでもないけど、このブログは「とはずがたり」だし、好きなように語るかな。。。。
江戸に行きたい、黒船を見たい、脱藩する、自分の船を持ちたい、ブーツ履きたい、鉄砲持ちたい、髷(まげ)は結わない・・・こんな特徴を見ても彼に近寄ってみたくなる。“世の中が龍馬を必要としたかどうかはわからないけど、彼は世の中が変わることを気づかせた”それが私にとって一番の魅力かもしれない。今日は節分、忘れずに・・・(^.^)
通勤する沿線には昭和が並ぶ。あれ?もしかしたらあれ大正?“竹久夢二”を思い浮かべる。“雪化粧”とはよく言ったものだと車窓をじっと眺める。古い家並みの屋根にかかる雪化粧、今日はすべてがきれいに見える。夢二の“宵待草”のメロディが浮かんできた。
左:洋館から和館へ通じる廊下の小窓。ドアノブが時代っぽくていい。
右:和館の廊下から見る中庭。ぽかぽか陽気に縁側に座ってみたい。
左:やっぱりこんな場所が落ち着く。子供の頃、敷居はミニカーを走らせる道路だった。
右:和館の縁側が見学出口。大きな踏み石はウルトラマンと怪獣を戦わせる場所。
龍馬のどこが好き?と聞かれたらなんと答えるだろう。誰かに聞かれたわけでもないけど、このブログは「とはずがたり」だし、好きなように語るかな。。。。
江戸に行きたい、黒船を見たい、脱藩する、自分の船を持ちたい、ブーツ履きたい、鉄砲持ちたい、髷(まげ)は結わない・・・こんな特徴を見ても彼に近寄ってみたくなる。“世の中が龍馬を必要としたかどうかはわからないけど、彼は世の中が変わることを気づかせた”それが私にとって一番の魅力かもしれない。今日は節分、忘れずに・・・(^.^)






