「とはずがたり」 ~散歩ブログ~ -83ページ目

自分らしく、自分にできること、ゆるい感じでいこ

 ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 平成22年2月22日だ。すごい。“大富豪”だったら配られたカードに「2」が4枚も入ってたら絶叫するだろう。こんな日は仕事に集中できずに時計をにらんで、2時22分になったら空に向かって願い事をしてしまいそうだから困る。わかってる、そんなことする奴はいない。
 それでも同じ数字が並ぶと息が荒くなりそうになるくらいのことはあるはずだ。だって縁起がいい感じがするし、なかなかそういう場面に出くわさないってことに希少価値があるし・・・、やっぱりこんなことどうでもいいようにも思う。

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 よし、じゃあバンクーバーのキャラクターを可愛いと思うのはどうだろう。なんだっけこういうの、癒し系じゃなくて、、、“ゆるキャラ”だ。カナダの人はきっとゆるキャラ狙いで作ったんじゃないだろうけど。

【今週の龍馬伝 8 / 48回】

 岩崎弥太郎のように、なりふり構わず自分をさらけ出すことができるだろうか。父を傷つけられた悔しさ、身分差別が引き起こした理不尽さに弥太郎は泣く。「何ができる?何を持ってる?」吉田東洋の言葉に傷つき、挫折を感じた龍馬と弥太郎が目指したものは。

応援します!鈴木明子さん

ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 冬季オリンピックではなかなかメダルの取れない日本。8年前のソルトレイクシティ(アメリカ)では、男子スピードスケート清水宏保の銀メダル、女子モーグル里谷多英の銅メダルの2個だった。4年前のトリノ(イタリア)ではフィギュアスケート荒川静香の金メダル1個に留まった。そのため、今大会もせめて同じ種目には期待がかかる。
 みごと男子スピードスケートでは長島圭一郎の銀メダルと加藤条治の銅メダル、男子フィギュアスケートでも高橋大輔の銅メダルで計3個を獲得して過去2回の大会を上回った。

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 次に期待するのは女子フィギュア。韓国“キム・ヨナ”と日本“真央ちゃん”のライバル対決が注目される中で、応援したいのが“鈴木明子” http://akiko-suzuki.com/ だ。
 ダントツの表現力だと思う。選曲もいい!ウェストサイドストーリーやリベルタンゴ。女性特有の愛らしい表現は彼女にしかできないのではないかと思うほどだ。キム・ヨナや真央ちゃんは確かに上手いんだろうけど、見ていて楽しくなるのは鈴木明子だ。ジャンプやステップだって、決して二人に負けていないように思う。
 エキシビジョンで自由に表現する彼女はまるでプロ。エンターテイナー。だからメダルを取って欲しい選手№1に彼女を挙げたい。がんばれ!!

残寒の梅、春を告げる

 前略 お~い、ふゆ!
 今年は“冬”が冬らしくていいですね。1件目の訪問先で一緒だったTさんとMさんはコートも着ないで、それでも平気そうで、ここだけ冬を感じませんでしたが・・・^_^;
 寒い時こそ“歩く”って楽しいです。今日のコースはまずは新宿からスタートでした。西新宿から青梅街道まで出て、山手通りに出て東中野まで。ここで2件目の訪問です。ご紹介頂いたYさんと別れた後は、次の訪問先へ向かうため中央線でお茶の水へ。

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 お茶の水で“神田明神”に寄ってから、“湯島天神”まで歩きました。まだ少し早いですが、湯島の梅が開き始めています。冬に咲く梅には、凛とした趣があります。「梅 → 桃 → 桜」と、これから春へのリレーが始まりますが、いつも梅と桃の見わけに迷います。
 お昼は湯島天神近くの定食屋さんで、豚のしょうが焼きを食べました。最近は“生姜で体を温めよう”が流行っています。みんな暖まろうとするところが冬の良さです。暑いと遠ざけたくなるもので、寒いと寄り添いたくなるもので、それが冬を好きになった理由でもあります。
 最後の訪問先ですっかり機嫌良くなり、今の自分の仕事に益々魅力を感じました。さぁもうひと歩き、湯島から本郷まで歩いて本日の冬散歩は終了です。
草々

龍馬と、その友

ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

    ① 武市 半平太        ② 桂 小五郎      ③ 岩崎 弥太郎

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 龍馬が江戸修業に行ったのは1853年4月、1836年生まれの龍馬17歳の年だった。ただ当時の年齢の数え方は今と違うので少しだけ説明が必要だ。
 1836年11月15日(これも現在の新暦に直すと1月3日になる)に生まれた龍馬は、誕生と同時に1歳になる。いわゆる“数え年”という考え方を言う。そして年が明けて1837年の元旦に2歳になる。誕生日がきて初めて1歳になる現在とは違う。
 このため、龍馬の誕生日が来る前の1837年10月の時点で比較すると、当時の数え方の場合は龍馬2歳になるが、現在の数え方だと龍馬はまだ0歳となり、誕生日が来るまでは2歳多いことになる。したがって当時の計算でいくと、江戸に着いた4月の時点で龍馬は19歳になっていた。
 さて、現在の数え方で龍馬17歳として、この年、武市半平太(1829年生)24歳、桂小五郎(1833年生)20歳、岩崎弥太郎(1835年生)18歳。それぞれの年齢差がわかる。小五郎は龍馬に先んじて前年の1852年には江戸にいる。弥太郎は龍馬を追うように翌年の1854年に江戸へ。半平太は龍馬に3年遅れて1856年に江戸に辿り着く。

【今週の龍馬伝 7 / 48回】

 江戸から一時帰国した龍馬は、土佐の変化に戸惑う。武市半平太は“攘夷”を叫ぶ。岩崎弥太郎は龍馬と入れ替わりに江戸へ。一方、父、八平の死。世界地図の中の小さな国“日本”は、他国から一歩も二歩も遅れをとっていた。「己を惑わす敵は己の中にあり、他国を敵にする前に、日本を守る心構えを持つ。」その為にも他国を知ろうと、龍馬は船を造りたいと考えた。

江戸を歩こう

 前略 人形町
 大手証券会社のご担当の方との打ち合わせのあと、ふらふらと人形町を散策しました。この町は“江戸”を感じさせてくれます。甘酒横丁に、吉原。あの龍馬も通ったかもしれない江戸幕府公認の遊郭“吉原”があったのもこの町。ただ1857年の“明暦の大火”と言われる大火事で辺り一面が焼失して、浅草に移されていたのですね。
 他にも有名な定食屋さんやたい焼き屋さんなどが軒を連ねています。芝居小屋なんかもあって、人形町と名の付くとおり、江戸の町は賑やかだったんでしょうね。

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 快生軒は創業90年の老舗。あれ?“喫茶去”???
 喫茶店じゃなくて、喫茶去(きっさこ)。“去る”なんてあるので「コーヒー一杯飲んだら、さっさと仕事に戻りなさいよ」とでも言われるのかな?と思いましたが、違うようですね。喫茶去には「いらっしゃい、よく来たね、お茶でも一杯どう」という意味があるそうですね。
 証券会社との打ち合わせは、互いの支援先のお見合いの件でした。残念ながら結果は・・・。相性もあるし、難しいですね。そっと手を差しのべて受け入れてくれる、そんな人形町の優しさと江戸情緒を感じながら歩いたのでした。
草々