(『新・人間革命』第7巻より編集)
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〈操舵〉 22
伸一は、創価学会の会長として、大聖人を信奉する会員を大切にすることに、常に心を砕いてきた。
また、どうすれば同志を守れるのかを考え続けた。
広宣流布を使命として、創価学会に集い来った同志は皆、地涌の菩薩であり、民衆を救いゆく仏である。
その方々に仕えずして、仏に仕える道はないー それが彼の哲学であり、信念でもあった。
山本伸一は、翌二十一日の午後には、初の関西婦人部の幹部会に出席。
この席では、創価学会婦人部こそ、日本最高の新しき女性解放の第一級の婦人団体であり、
婦人部員一人ひとりが、学会のみならず、社会のリーダーとなるために、常に勉強を心がけていくよう呼びかけた。
そして、最高の生命の法理を説き明かした東洋哲学を、仏法の哲理を、自分のものとし、後輩や友人にわかりやすく、納得のいくように語っていくことの大切さを訴えた。
とともに、仏法即社会であるゆえに、広く社会に目を向け、一流の総合雑誌、新聞、教養書なども読み、幅広い知識を身につけていくように望んだのである。
東京に戻ると、二月度の本部幹部会が待っていた。
この本部幹部会で発表された二月度の弘教は、なんと学会始まって以来の、・・・。
三百万世帯を達成した学会の勢いは、とどまることを知らなかった。
会員たちは、組織の指示によって弘教に励んでいるのではなかった。
信仰によって自身が人生の苦悩を乗り越えてきたという確信と、広宣流布の使命の喜びから、勇んで弘教に走ってきたのである。
しかも、同志は、自分たちの、そうした日々の活動が、着実に社会を変えている手応えを感じていた。