(『新・人間革命』第7巻より編集)
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〈操舵〉 12
伸一の脳裏には、あの三ツ沢の陸上競技場での恩師の叫びがこだましていた。
「・・・ それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであると・・・。
なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」
常々、仏法者として死刑には反対の立場をとっていた戸田が、あえて「死刑にせよ」と叫んだのは、原水爆を「絶対悪」と断ずるゆえであった。
戸田の宣言は、その魔性を、根本から打ち砕こうとするものであった。
山本伸一は、前年十月の”キューバ危機”を思い起こした。
全世界を震撼させたあの事件は、核抑止論という”恐怖の均衡”による平和の維持が、いかに脆(もろ)く、危ういものであり、それ自体、幻想にすぎないことを、白日のもとにさらしたといえる。
・・・そのケネディならば、恩師の「原水爆禁止宣言」の心を深く理解するであろうし、
彼の偉大な人格は、全人類の幸福と平和を願う恩師の精神と、共鳴の調べを奏でるにちがいないと、伸一は確信していた。
伸一は、戸田城聖が叫んだ、地球民族主義の大理念をもって世界を結び、恒久平和を実現しなければならない時が来たことを、深く自覚していた。
彼は世界の平和への突破口を開くために、ケネディとの語らいに多大な期待を寄せていた。いや、そこにかけていたといってよい。
ー ところが、その後の事態は思わぬ展開を遂げることになる。