『Iターン ~工藤さんちの場合~』の作品評 | 交心空間

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◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇

 平成25年度「NHK中四国ラジオドラマ脚本コンクール」で残念ながら受賞
から漏れましたが、優秀な作品と評価しました(坂本のイチオシ)。したがっ
て『Iターン~工藤さんちの場合~』(作・安藤恵美子)の作品評を掲載しま
す。


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 生活苦から脱するため低家賃の家を求めて瀬戸内海の島にIターンした若い
夫婦と子どもの三人家族が、みかん農家の老人とふれあううちに活路を見いだ
していく物語です。


 12作品のうち私が一番評価(入選推し)した作品です。
 どの作品よりも優れているのは“豊かな人間性と明確なテーマ”が描かれて
いるところです。夫(達也)の良い面と悪い面がバランスよく描けており、特
に妻(理恵)の前向きで明るいキャラクターが好感度を上げています。ストー
リー展開も、Iターンとみかん農家というありがちな設定だけでなく、家族が
島に向かう途中出逢った男から達也が請け負った仕事(借金返済のためにみか
んの皮むきという奇妙な仕事をする老人の見張り役)はユニークな惹きつけ要
素になっています。
 会話も長台詞を極力抑えて小刻みなやりとりに徹しているためテンポよく進
展します。気遣う言葉もあれば暴言もあり、人として自然なやりとりを感じま
す。また食事のシーンでは理恵の「今日も三人そろって」のかけ声のあと「い
ただきます!」と家族三人で発します。何でもない光景で一瞬にして通りすぎ
るシーンですが、ここにこの家族のほのぼのした姿やポリシーを感じます。こ
ういった細かい言動を利用して人物像や家族像を作り上げているシーンはほか
にも見られます。温かみや微笑ましさやゾッとする感覚などなど、ジワーっと
浸透してきます。キャラクター形成において作者の技量を感じました。


 モノローグも総数55枚に対して10%程度で、12作品中2番目に低い使用率で
す。というよりこの作品のモノローグは、台詞で発しているのに重複して説明
していたり、台詞に置き換えられるものが多いとみました。やはりモノローグ
が入り込むと、テンポよく進んでいたやりとりが寸断されます。もちろんモノ
ローグがまったくないのが理想ですが、使用するにしても簡潔にして5%ぐら
いに抑えてほしいところです。また説明のために用いるのではなく、ドラマの
展開に溶け込んだ印象を与えるよう工夫するよう心がけてほしいものです。
 たとえば冒頭理恵が「いーじゃない…(中略)…宇宙でだって幸せに暮らせ
るよ」の台詞のあと達也のモノローグがあります。理恵の言葉に心を打たれた
達也が、それまでグダグダしていたことに悲観する様子を語っています。台詞
に置き換えられます。しかしその姿を理恵に見せたくないゆえ心の叫び、あえ
てモノローグを使うとしたら「グサーーッ、ときた。ちっちぇー男だな俺は。
アー、ダメだダメだダメだ、このままじゃ本当に地の底に潜っちまう」ぐらい
の悲壮感を伝えて、「よし決めた。行こう!(パンと手を打つ)」と台詞に転
じれば、理恵に見せたくないと思った弱気な姿(葛藤)のあとに、空威張りで
も夫としての強さ(決断力)を表現できます。さらにこれを衝撃音のあとモヤ
モヤした感じのSE(効果音)に乗せて発すればメリハリもでると考えます。
台詞でもモノローグでも創作性が必要です。このドラマのキーワードでもある
“宇宙”に呼応して“地の底”を持ち出すのをポイントとしました。
 それにしてもタイトル『Iターン~工藤さんちの場合~』にインパクトを感
じません。キーワードである“宇宙”と素材である“みかん”を組み合わせて
『宇宙までみかん』などと言葉遊びの感覚を交えて、タイトル付けにも力を注
いでほしいものです。


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イチオシが落選… (2013年12月17日掲載/審査結果と総評)
入選『問わず語り』の作品評 (2013年12月18日掲載)
佳作『真っ赤な夜の出来事』の作品評 (2013年12月19日掲載)