交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 平成25年度「NHK中四国ラジオドラマ脚本コンクール」で佳作に輝いた
『真っ赤な夜の出来事』(作・田中摂)の作品評を掲載します。


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 毎年夏に高知県赤岡町で開催される“絵金祭り”で飾られる屏風(びょうぶ)
絵を素材に、美咲(23)の祖母(ツネ・81)の家にある屏風絵についた血の謎
を巡り、失踪した美咲の母親(弥生/ツネの実娘)の生死にまつわる疑いを、
父親(清志・52)やツネに追求していく物語です。


 当該コンクールには珍しくミステリー調の作品です。
 二転三転の展開はミステリーの体裁を成しているものの、読み終えてみると
美咲の疑心暗鬼で後半まで引っ張り、クライマックスで何があったかを祖母の
ツネがあっさり吐露、さらなる真相を父親の清志が話しますが、ミステリー特
有の“告白合戦”の構図を感じてなりません。結局真相が明らかにされただけ
の印象が強く、美咲が受けた傷心の深さを感じません。作者がミステリー部分
やストーリー展開に気をとられ、肝心な人間性の掘り下げが抜け落ちていると
いえます。
 つまり……(ミステリー作品に配慮して骨格部分で説明します)
 真相全体のうちツネが知っているのは、問題の出来事の途中でその場に駆け
つけたため後半部分です。前半何があったかは知りません。出来事の当事者は
清志と弥生です。弥生は出来事のあと失踪したため、結局真相全体を知ってい
るのは清志だけです。
 ストーリーの展開上、まずツネが何があったかを語り「悪いのは弥生」とい
う気持ちを美咲に伝えます。ツネの気持ちをかばう清志は「あれは事故だった」
の一点張りです。ここでは真相を話しません。おそらくこのあとの展開で、第
三転として美咲にだけ真相を告白するため、この時点では語らせたくないとい
う作者意図でしょう。ミステリーを考える場合必要ともいえる構図ですが、逆
にそれが清志の“おぞましさ”を印象づけています。これも作者のねらいでし
ょうか。
 次の日、清志が美咲に真相のすべてを話します。自分に非があったことを告
白します。しかし美咲はその非の原因こそ自分にあると気づいたため、「もう
いいよ」と告白をさえぎり「お父さんは醜くないよ。悪いのはお母さんでしょ」
と清志をかばいながら同意を求めます。まだ困惑しているのでしょう。ところ
が、観念した清志が「悪かった」と謝っているにもかかわらず、「でも……も
ういいよね? もう、いいじゃない」と抱いてきた疑惑を、自分の中で終結さ
せます。
 疑問点はそれらにあります。
 結局美咲は“きれいごと”で逃げていないか。美咲の父親に投げかけた言葉
は、果たして本心だろうか。確かに物理的に(法律上)悪いのは母親です。し
かしながら最初に父親がとった行動を知った以上、一点の曇りもなく「お父さ
んは醜くない」といえるでしょうか。なぜ追求を止めたのでしょう。美咲自身
に原因があると気づいたからでしょうか。そうであるなら、清志より“もっと
おぞましい姿”が芽生えたことになります。
 さらに出来事の発端を、いまだ知らないツネはそのまま実娘が悪いと信じて
生きていくのでしょうか。美咲も清志も真相を伝えることはしないのでしょう
か。ツネは登場人物上第三位の位置づけになりますが、真相に関係する重要人
物です。その人物の気持ちをないがしろにして物語を終えるには、かわいそう
な気がしてなりません。このことからもツネの存在は、ストーリー展開のため
の登場人物であったといえます。
 論理的に考察すると疑問が充満してなりません。
 作者が描こうとした人間性は、物置で布に包まれた問題の屏風絵と同じよう
に“封印された家族の姿”だったのでしょうか。もしそうならば、ラストの和
気あいあいとした姿にギャップを感じます。何かしらぎくしゃく関係で終わる
のが論理的です。逆にそうでないなら、やはりストーリー展開に気をとられて
“きれいごと”で着地させた、つまり人間性の欠如としかいわざるを得ません。
いずれにしても矛盾を感じます。
 おそらく作者は“家族の疑惑を解決して絆を深めた姿”を描きたかったので
しょう。疑惑の肉付けとしていくつかの“悪”を設定しています。それらを、
美咲が“深く息を吸い込む姿だけ”で吹っ切りを表現して一転させます。美談
で終わりたいあまり“善”にほだされた、裏を返せば“悪”から目を背けた状
態です。そしてラストの和む親子の姿に駆け足で突入しています。
 深く息を吸い込むひとつの動作音だけで、その背景にある諸々の心境を払拭
したのが伝わるでしょうか。この瞬間はラストに向かう重要な岐路といえます。
ドラマを聞くリスナーの想像力に委ねるには、あまりにも大きな冒険だと思い
ます。現に私が「なぜそうなるの?」と感じたように、そればかりか登場人物
である父親ですら「ん?」「どうかな」と疑問を投げかけたように、ドラマを
ストーリーだけでなく人物への共感で楽しむリスナーにとっては物足りない心
境転換です。したがって“美咲にも悪、つまり自責の念や父親への不信やそれ
らを封印しようとする最悪の思慮、そこから抜け出そうとする葛藤”が、もう
ひとつのエピソードとして必要だと考えます。それにより出来事の傍観者であ
った美咲を、自身に降りかかる問題に転じさせられます。美咲が主人公である
証明にもなります。さらに全体印象として“悪”のほうが勝り人の本性を垣間
見た感じにできれば、味のある着地点も見いだせます。それが“人間らしさ”
ではないでしょうか。それこそが絵金の屏風絵で表現された毒々しい魅力“怖
くて美しい”ではないでしょうか……。


 この作品も総数54枚に対して20%以上ナレーションがあります。説明的であ
り、しかも会話(台詞)を寸断させてのナレーションは、せっかく感情移入し
たものがトーンダウンします。逆にトーンダウンさせたいのでしょうか、して
もいいくらいの会話なのでしょうか。つまり長台詞、不要台詞といえます。


 最後に細かいことですが、台詞の基本として重要なので指摘しておきます。
 6~7ページで美咲と幼なじみの聡太の会話があります。内容は“(屏風)
絵”についてです。台詞として「絵、見てしもうたがよ」「その絵が」「絵
に」など出てきます。これらに対して相づちの意味合いで「え?」「え……」
「え、何が?」と4回あります。意味の違う“絵/え”が飛び交っており、非
常に紛らわしいです。文章として成立してもラジオで聞くのを想定しているの
でしょうか。技量の未熟さを感じました。もっと会話の内容を把握して台詞を
吟味してほしいものです。


 残念ながらこの作品も高評価をくだすことのできない作品でした……。


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イチオシが落選… (2013年12月17日掲載/審査結果と総評)
入選『問わず語り』の作品評 (2013年12月18日掲載)
『Iターン ~工藤さんちの場合~』の作品評 (2013年12月20日掲載)

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