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バレンタインデーおめでとう

ご存知大泉洋さんの

愛用革ジャンです。

 

 

Balentineデーの贈り物には

Luis Wuittonなんかも

あったらいいな

 

 

 

イエスさまと

バプテスマのヨハネ以外、

諸聖人の日は全部命日

なんですが、

命日に「おめでとう」というのも

なんか変ですよね。

 

「イードはもういないよ」

今日の話題はオススメの本です。

飯山陽(いいやま あかり)先生の

エジプトの空の下』です。

 

著書や著者について

長々と解説するより、

本文の一節を読んでいただいた

ほうが、ご理解いただけると

思います。

 

少し長くなりますが、

以下、本文より3ページ未満

引用します。

9章「牛の腹」より

「その事実を見た以上、目をそらすことはできない」の一節

 

 エジプトから帰国後、2017年から2021年まで私はタイに住んでいましたが、その間に友人のアメリカ人が「どうしてもピラミッドが見たい」とタイからエジプト旅行に行ったものの、予定の日程を切り上げて戻ってきたことがありました。聞けば、「街は汚いしエジプト人はうるさいし、物乞いも多いし、鬱陶しいのよ。ピラミッドだけで十分だわ」とのことでした。エジプトを訪れる外国人観光客の多くは彼女のように古代エジプトとピラミッドにのみ興味があり、現代のエジプトになどほとんど全く興味がないのです。彼女は熱心な米民主党支持者で、いつもトランプ大統領の悪口を言っていました。日頃、貧困は社会悪だ、差別には反対だと熱く語っているリベラリストが、エジプト人のことを吐き捨てるように「うるさい」「しつこい」と見下すのは、私にはひどく矛盾しているように思われましたが、彼女自身は、全くそうは思っていないようでした。
 貧困、病気、差別、暴力、戦争など、社会に存在する問題を目の当たりにすると、私はいつも、その大きさや深刻さにたじろいだり圧倒されたりしてしまいます。貧困者を救え! これは社会のせいだ! 政治のせいだ! 差別反対! 戦争反対! と大声で叫びながら、次の瞬間そんな事実など全くなかったかのように平然と日常生活を送ることが「正義」だとは、どうしても信じることができません。そうした活動を「正義」だと信じて疑わない人には、傲慢な思い上がりを感じてしまうからです。
 私は学生の頃から、国連やNGOなどで「かわいそうなイスラム教徒」の支援活動をする人たちも見てきました。彼らが、自分自身は極めて多額の報酬を得て豪邸に住み、贅沢な暮らしをしつつ、他者に寄付や支援を募るのを見るたびに、何とも言えないやるせない思いにとらわれてきました。それは、「私にはとてもこの人たちの真似はできない」という思いでもあります。
 私にも困っている人を助けたいという気持ちはあります。それは誰もが持つ、人としての自然な気持ちだと思います。しかし他方、私には私の生活があり、私にとって一番大切なのは自分と自分の家族だという現実があります。自分の中に在るその自己愛や利己心を素直に、正直に認めない限り、あらゆる問題に対するどんな楽観も、どんな活動も、単なる偽善に過ぎないのではないかと私は思います。
 しかし徹底的に利己的な自分を前提とした上でも、それらの問題が現実に存在する以上、それを見なかったことにするよりは、ただたじろぐことしかできなくても、それをしっかり見てその事実を受け止めるという態度のほうが、まだ肯定できます。そしてできるときに自分のできる範囲で何かをすることが、誰かをほんの一瞬でも幸せな気持ちにするかもしれないという可能性を、私は信じています。
 社会に対して自分がすべきこと、できることは何なのだろうという模索は、たとえはっきりとした答えが見つからなくても決してやめてはならない営為なのだと私は思います。

(引用おわり)

 

著者の思考がここに至る詳細が、この前の部分に詳しく書かれています。それに続けてこれを読めば、涙が出てきます。

この本には、事実と体験に基づいたありのままのエジプト、そして海外赴任、外国留学者には共感できる「あるある話」が、実証的、理性的な文章で綴られています。

 

ぼくも欧州赴任中にエジプトに観光旅行に行ったことがあります。ルクソール事件からようやく立ち直ろうとしていた頃でした。そのときはイスラムのことはなにもわからないでいましたが、飯山先生のご著書、『イスラム2.0』2019や『中東問題再考』2022で非常に理解を深めることができました。それらの研究書的なものではなく、『エジプトの空の下』は生活者としての視点から書かれています。逆にそれだからこそ、ぼくには一読三嘆して読破するのに時間がかかってしまいました。

1999年ルクソールのホテルにてskip
 

 

 

 

記憶力テスト

親愛なる読者のみなさま

ご訪問いただいた

みなさまのうち、

ほんの一握りは、

昭和の思い出がいっぱい

なのではないでしょうか。

 

ところで、

いつから歌われなくなったのか

よくわかりませんが、

数字の歌がありましたよね。

数字の1はなあに

っていう歌です。

 

ふと、口ずさんだのですが、

ぼくは8を思い出すのに

ずいぶん時間がかかりました。

 

みなさまはスラスラ歌えますか?

 

数字の1はなあに?

       (こうばのえんとつ

さあ、後をつづけて

歌ってみてください。

   (答えは最後に載せてます)

数字の2はなあに? (       )

数字の3はなあに? (       )

数字の4はなあに? (       )

数字の5はなあに? (       )

数字の6はなあに? (       )

数字の7はなあに? (       )

数字の8はなあに? (       )

数字の9はなあに? (       )

数字の10はなあに? (       )

さて、みなさま、

ちゃんと歌えましたか?

いよいよ、答え合わせです。

2:おいけのガチョウ

3:あかちゃんのおみみ

4:かかしのゆみや

5:おうちのカギよ

6:タヌキのおなか

7:こわれたラッパ

8:たなのだるま

9:おたまじゃくし

10:えんとつとおつきさま

 

みなさまはいくつ

正解できましたでしょうか?

 

 

今、ネットで調べてみましたら、

この歌、意外と今でも歌われているようです。

それどころか、

数字の歌11~50までできているみたいで、

ちょっと聞いてみましたが、

もう、何言ってるかわからない世界でした。

ご興味のある方は調べてみてください。

モヒカン大統領

バイデンがモヒカンにしたんかと思った。



玉川カルテット

みなさま、大変長らく

ご無沙汰いたしております。
この世にまだ生きている証に
ブログを更新いたします。

とはいえ、小ネタです。

 

 

ぼく個人的には

こいつの

永久追放を

願っています。

ウクライナ義勇軍

ウクライナのことが気がかりでならない。

デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は
2月27日(日)
報道関係者への会見で
ウクライナでロシア軍と戦うために
結成された国際旅団に国民を参加させる
と発表した。
自由意志により参加できます。
デンマークに住むウクライナ人だけでなく、
紛争に直接貢献できればと考える
他の人々にも当てはまります

と彼女は言った。

日本に住む老人ではあるが、
ロシアに領土侵略を受けている国民として、
ウクライナに貢献できればと考える。
まずは少額だが義援金の寄付をした。


https://english.alarabiya.net/News/world/2022/02/27/Danish-PM-says-volunteers-can-join-Ukraine-fight-

 

 

 

アメブロのエディタが

カバーを編集しろ

というので

ウクライナ国旗を

設定しましたが、

それはどこに

反映するのかな?

 

 

肥沃な火曜日

今日はマルディ・グラ(肥沃な火曜日)


復活祭までの40日間は四旬節といって

肉食を控え節約生活をする。

森鴎外は「精進日(せじみび)」と訳している。

フイフイ教のラマダン(断食月)みたいなもんである。
それというのも春のおとずれを前に、

万が一春のおとずれが遅かった時のために、

食料の備蓄を十分に残しておけという

古人の知恵だったのだろう。

あるいは冬の間は牧草がないので

痩せてしまった家畜を食べるのは

経済的でないという教えだったのかもしれない。
 

いずれにせよ、40日もの節約期間を前に、

精進する前日までなら、

肉を食うて大騒ぎしてもかめへんねん

とばかりにバカ騒ぎをするのが、カーニバルである。

謝肉祭と訳されるが、それではまるで

少しの肉にも感謝していただきましょう

という仏教的慎ましさを感じさせるが、

実際は大いに飲み食いする乱痴気騒ぎである。
 

本場イタリアでは

コンフェッティを町中の人が投げ合ったりする。

このコンフェッティというのは

紙吹雪だったりもするようだが、

石灰を豌豆(えんどう)の大きさに練りたるなり。

白きと赤きと雑(まじ)りたり。

中には穀物の粒を石膏泥中(せっこうでいちゅう)に

転(まろが)して作れるあり

と森鴎外はローマのものを紹介している。
 

コンフェッティconfettiの単数形はコンフェットconfetto。

これは金平糖の語源ともなっているので、

砂糖菓子を投げ合うような都市もあったのかもしれない。

なにしろイタリアにはオレンジを投げ合う祭りもあり、

スペインのトマト投げ祭りも有名なのだから

ラテンの人々のバカさ陽気さ加減は計り知れない。


さてそのカーニバルの最終日となっているのが、

今日「肥沃な火曜日」なのである。

告解の日」ともいわれるように、

本来は罪を懺悔する日のはずであったのだが、

カトリック社会では逆手にとって、

懺悔しさえすればなんでも許される日

のような扱われ方になったようである。
 

ぼくがマルディ・グラという言葉を

初めて知ったのは、

ニューオリンズのカーニバルを歌った

ポール・サイモンの

Take me to the Mardi Grasという曲である。

There goes rhymin' Simon(邦題「ひとりごと」)

というアルバムに入っているが、

2004年にはそのリマスター版が出て、

マルディ・グラのアコースティック・デモ版が

ボーナストラックに収録された。

・・・いや、これがまた実にいい。

なんて心のこもった演奏だろう。

大好きなポール・サイモンの声が

優しく語りかけるように響く。
ポール・サイモンは去年、

すべての版権を手放したというが、

いつまでもできるだけ多くの人に

聴いて欲しい名曲である。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=SPfC-hoXd8g

 

みなさま、

ご訪問くださり

ありがとうございます。

デンマークの

カーニバルは

ファステラウンといわれます。

アメリカのハロウィーンで

子供たちが

コスチュームで

家々をまわって

「Trick or treat」

とやりますが、

まさしくその原型が

北欧のファステラウンです。

つまりデンマークでは

カーニバルとは

大人たちの乱痴気騒ぎではなく、

子供たちのお祭りに

なっています。

ファステラウンについては

過去にも記事にしたことが

あると思いますので、

ごらんいただければ、

さいわいです。

 

 

 

 

多彩中国

真美丽的风光

这个颜色是从哪里来的呢?

(美しい風景

この色彩はどこから来たの?)

 

 

 

 

 

 

噢,原来是这样。

哪个颜色你喜欢吗?

(そうだったのか。

あなたはどの色がお好きですか?)

 

 

 

みなさま、毎度ごぶさたしております。

できれば今年はいろいろと

書いていきたいと思っています。

今回はまぁくだらない

小ネタです。

これらの写真は

ネット上から

適当に拾ってきました。

 

かの国は

環境問題だけでなく、

人権問題でも

見逃してはならない

と考えております。

このブログも

少し生まれ変わって

政治的な発言を

していきたいと

考えているところです。

どうぞ末永く

おつきあいくださいませ。

謹賀新年

みなさま

あけまして

おめでとうございます

 

昨年ほとんど更新しませんでしたが、

今年はなんとか、

もう少し

がんばっていきたいと

思っています。

 

今年が

みなさまにとって

すばらしい一年に

なりますように。

 

これからもどうぞ

末永くおつきあいのほど

よろしく

お願いいたします。

 

皇紀2682年元日

 

これ意外と知られてないんですけど…、

 

読者のみなさま、

毎度ご無沙汰しております。

小ネタを作りましたので、

お届けします。

 

これって、

意外と知られてないんですけど

というテンプレで

大喜利できますよね。

って、もうどこかで

やってるでしょうね。

 

みなさまの

ご健康と

ご多幸を

心から

祈っております。

 

これからも

どうぞ

気長に

末永く

お付き合い

くださいませ。