画家の雑記帳 -69ページ目

美術エッセイ「いい絵と思う基準」


先日書いた、自分なりの「いい絵と思う基準」に
付随することだけど・・・
というわけで・・(第二章)。

たとえば、ものすごく上手な絵なのに、
何とも思わないものも世の中には多い。
超写実の絵でも、言ってみれば
写真にしか見えない作品もあり・・
はるかに写真を超えてると思える作品もある。

それから、たんに表面的に上手い・上手くないでいえば、
たとえば、近代絵画におけるセザンヌの静物画
「林檎とオレンジ」なんて、もしあの絵の通りだったら、
果物も台から転げ落ちるわけだけど(笑)、
世界的名画としてのこっている。。
それに、単に上手いというだけなら、
ゴッホもゴーギャンもあまり上手くないといえるかもしれない。

そして現代の日本人画家でもっと「上手い」画家は
星の数くらいいるかもしれない。。
けれども「上手さを超えた上手さ」まで到達できる人は
一握りなのかもしれない。。

あくまで鑑賞者としての個人的意見だけど、
画家としてめざすべき目標や方向性というのは、
自分はそういうところを目指して
精進してゆきたいなぁと思っている。。
あぁ果てしない道のりかも。。

(第3章)
(※自己のこれまでのコメント発言などからの編集)

とはいえ、技術はもちろん大事なのだけど
職人的技巧だけでは、芸術の大事な要素には届かないといえる。
いろんな人の意見からでも、
たとえば・・いにしえの権威ある展示会などで
「どれも上手い絵ばかりなのだけど、
 響いてくるのが少なかった」など、
これまでそうした意見もよくきくろところで、
自分もそんな印象をもつことが、これまでそれなりによくあった。。
詳しくいえば・・
熟練した人たちの、夕焼けや富士山や応接間の貴婦人や・・
そうした絵の数々をみて、う~んどれもすごく上手いな~と
感心するわけなのだけど
(もちろんそのレベルまでいくことはすごく大変で)、
でも実際「絵として」響いてくるものとなると
そうではない気がするということ。。

また、絵は描くモチーフによるけど
「迫力」だったり、「静謐感」だったり、
そうした全体からくるオーラみたいなものは、
たんに「正確緻密に描く」などを超えた領域かなと思う。

なので、たとえば動物などを描いて
まるで「生きてるみたい・・」となる場合は、
その動物の生命感まで描きうつせてることになり、
どこまでその内奥に迫れているかといった部分などが
大事な要素ともいえる。。
ダビンチなどは表層のみでなく、その骨格まで
深く研究しつくしたりしていたわけだけど・・。

また、絵の世界において、写実的な絵を描かない人に
とっては、感覚や感性重視というところからか、
「デッサンなんか必要ない」という人もいますが、
目の前のものを正確に捉える力がなく、
空想もなにもないと・・個人的に思う。
それは書でいえば、楷書もできずいきなり草書を
書き出すようなものかも。。
(もちろん、基礎も何も必要のない、
 天才的な例外もいるのでしょうけど・・)

そして、たとえば冒頭の文中の・・写真のような絵を
描くことに関して言えば・・(それこそ大変なことなのだけど)
言うなれば、写真の域で終わってるのも多いように思える。。。
詳しく書くと・・普通の写真だと、フォーカスの当たる部分と
それ以外の部分に大きな差はないのだけど
光の濃淡とか強調とかで
写真よりもよりリアルな存在感を感じさせてくれる
そんな写実画というものある。
まさにそのへんの違いは「写実画」の世界でも
大きく差の出るところだと思う。。

光の構成などでいえば・・有名なレンブラントや
フェルメールはやはり素晴らしく
その深い奥行きを絵から感じさせてくれる。
まぁ、近代絵画と現代絵画を単純に同列に比較はできないけれど、
現代の超写実画などは、その水準自体はものすごく高いわけだけど・・
あまりそこまで深い奥行きを感じるのは、
そんなに多くない気がする・・。
もちろん、反対に古典絵画のなかでも、
やはりものすごく上手で、でも観ていて退屈というのも
たくさんあるといえるけど。。
(まぁ、鑑賞者としての
 僕の受信機が壊れてるだけかもしれません(笑))

ともあれ、絵を描くことは、技術力そのものは
大事な要素であることは言うまでもなく
なにをするのでもその裏付けとなり、
作品そのものクオリティーも高くなるので、
技術力と芸術性とともに不可欠だと思う。
ただ、たんに、陥りがちな側面として、
一般の製造品とは違い、技術至上主義ならだめで、
ましてや、もし自己の技術のテクニック自慢
のようなつもりの作品なら、多くの人の心はつかめないと思う。

結局、写実画にしても、空想画にしても、抽象画にしても、
すべて構図や色彩構成や筆遣いや様々な技術を要し、
プラス、芸術としての感性がその絵の中にいかに息づいてるか
ということが加わって、時に、多くの人の心に響いてゆく
作品になってゆくものを思う。。

(以上・・・あくまで個人的見解な考察でした。)


記念写真at宝居展


画家の雑記帳

今日、画廊に、デンマークで活躍してる
作家Niklas Björkerothさんがお越しになった。
日本のアートフェア参加で滞在中とのこと。
うまくスケジュールがあれば来年あたり彼の展示会、
開催するかも。
http://www.birklaus.com/
日本画の美しさにも感動されてました。
チェック柄の女性はリンリン画伯^^
(夏にドラード個展します♪)


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宝居さんと同じ女子美を卒業後、現在、
若手の版画家として、またイラストレーターとしても
活躍しているRyoko Mary Kojimaさんも
駆けつけてくれました。

残り3日となりました。宜しくです^^

休日もアート三昧。。


オフ日。午後までまったり過ごすも
たくさんのご案内も頂いてるので
夕方4時より、自宅からさほど遠くない銀座へ。
でも、この時間からでは
さすがにすべてを周りきれなかった^^;

一件目。ギャラリー枝香庵。

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「絵本とファインアートのあいだに」開催中。

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こちらは林千絵さんの作品。

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絵本コーナーでは、以前、ドラードで二人展をした
井上奈奈さんの絵本も。
(nanaさんの画集カレンダー、バロックにて取扱中です^^)


続いて銀座Gallery21へ。

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個展開催中の嶋津晴美さんの作品。


続いて、青木画廊へ。

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常設展にて、建石修志さんなどの作品を拝見。

つづいて、銀座で一番古い画廊、
竹川画廊へ。

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日仏現代国際作家協会(サロンブラン)の香西洋子さん。
今回で30回展。作品でかい。。写真は香西さん。
七宝アートで世界的に活動されている。

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記念撮影^^

いろいろ、楽しくおしゃべりさせて頂く。

画廊を出ると・・
スタートが遅かったので、あっという間に夜。。。

食事をして、帰宅^^。


(個人的に)いい絵だなと感じる基準。


自分にとっての場合だけど、画廊やってる者として、
また一鑑賞として、いい絵だな、あまり感心しない絵だな
という基準は(好みを別として客観的に)、
絵が強い・弱いというということかな。。
たとえば、とても賑やかな絵でも弱い絵だなと感じる時があり、
とても静かでおとなしい絵でもズシンとくる強さを感じる時がある。
そういう意味での、絵のスタイルも関係なく、
サイズの大小も関係なく、何か強いパワーを感じさせてくれるものが、
「いい作品だな~」と感心することが多い。

おかげさまで・・。


宝居智子展、おかげさまで連日大盛況となり、
また今回限りで見納めとなる御約定作品が大多数と
なりました。ぜひ、この機会、御気軽に、
ご覧に来ていただければ幸いです。
明日水曜は定休日で、一日お休みとさせて頂き、
残り木・金・土・日の4日間となります。
宜しくお願い申し上げます。

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公募展・搬出時のエピソード


土曜日、公募展の搬出手伝い(運営スタッフで)のとき、
途中、お外に煙草を吸いにでる。ちょうど、
彫刻家の「おっちゃん」(そういう感じなのだ)が帰るとこだった。
少し口も悪いが^^超気さくでとてもいい人。
で、駐車場で世間話しから、しばしアート談義へ。
海外でのことが話題になったが、「おっちゃん」は
欧米でも活躍されてきて、カナダにもアトリエがある。
英検も準一級。。う~ん、人は見かけでわからない。
現在は、埼玉で100坪の敷地にアトリエ倉庫と自宅と広大な庭で
田畑も耕してしている。会にあっては委員で、
ほんとは偉い先生なのだが、そういうことを気にさせないお人柄。
去年の飲み会ですぐそばに座ってて顔見知りになったが
いきなり冗談攻撃だった。今回で話すのは2度目だけど
旧知のように和気あいあいといろいろと話せた。
そして別れる時、「君と会えてよかった。どうもありがとう」って
笑顔でさらって言われ、少しジ~ンときた。
お年もかるく僕より2周りほど上なのだ。
人は予期しないことを予期しない人から言われると
感動してしまうのかもしれない。。
ワシも、時にはそういうことを、
ちゃんと言える大人になりたいとも思った。。
なんだかいい人多いなぁ。。
美術館に作品展示できることも嬉しいことだが、
それよりも、こうした個性豊かな作家さんたちと
たくさん知り合えることのほうがかなり楽しく嬉しかったりする。。

日々の語録(71)


絵を描きはじめる前までは、毎晩、飲みにいくか、
もしくはカラオケにいくか、といった時代があった。
毎日午前様状態。仲間から「暴れん坊将軍」と
呼ばれたこともあった(笑/※別に本当に暴れたことはない)。
いつしかまったく行かなくなったけど、
でも、「今」のほうが、ぜんぜん魂は充実しているな。。

(でもたまにフワ~としにゆきたい時はもちろんある/笑)

「現代アート」と「アート」の境界線


「現代アート」とアートの境界線って何だろうって、
たまに思う。現代音楽なら性質的によくわかる(つもり)だけど。
なんというか美術界の場合は、その定義に曖昧な感じが。
マルセル・デュシャンが便器を横にして「泉」と名付けた作品も
1917年のこと。もうかなりレトロな時代だ。
わりと新しい時代でも「吸い殻のたまった灰皿」で
作品としてるのもあるけど。。
あまり方向性が変ってない気がするし、
もはや過去の時代の継承として「伝統的」なアートですら感じてしまう。
そして、もはや日本画の中にアニメを入れても、
「現代アート」って気がしない(個人的感想ですが)。
「現代」って何?
まがりなりにも画廊してるものの言うことじゃないかもしれないけど^^;


●(付記)~FBでのやりとりから私の記述のまとめ~
(FBでのこの記事とコメントのやりとりは一般公開中)

あと、現代アートの美術館で所蔵されてる作品も、これから
100年200年たったら、その所蔵作品をカテゴリー的に
どう呼ぶんだろうと、そんなことをふと思ったりする。
さらには、コンセプチュアルアートも、ほんとに新らしい
概念を作品に感じなければ、
たんに伝統的にさえ感じることさえある。
サブカル系も10年くらい前には現代性を感じたけれど、
個人的には、なんかもうノスタルジックな感じにさえみえてきてる。

古くは、かのピカソもキュビズムやってた現役の時は、
その時代における「現代アート」だったと思う。
でも、いまではそれは「現代アート」とは呼ばないわけで、
ひとつのスタイルになったと思う。
(今でもその技法は世界的に使われているわけで。)
そういう意味からも、「現代」を強調しすぎると、
すぐに時の流れで、「古く」なる気がする。

個人的見解だけど、新しけりゃいいってもんでも
ないんでしょうね。そもそも個人的にはスタイルとしての、
伝統的なもんでも新進のもんでも「新・旧」そのものには
興味がなかったりする。
できれば普遍に繋がるものを描いていきたいな、って思ってる。
少なくとも、たんに流行のカタチを追いかけて、
時代に飽きられるとかそんな風にはなりたくない(笑)。

HP更新しました♪


本日、私の恩師である満田博久先生の過去の展示の際の作品と
ただいま個展中の宝居智子さんの展示作品
(ともにピックアップ)をHP紹介させていただきました。
ご興味ある方はご覧ください。
「あ、この作品、我が家に迎えたいんだけど・・」などの
お問い合わせも大歓迎でお受けしております^^
http://www.doradomuseum.jp/


宝居智子展・個展作品紹介PART1。


$画家の雑記帳

宝居智子作「一葉」日本画。
この作品は、今回の個展で、
アートソムリエ山本冬彦さんの
「山本コレクション」に加えていただきました。
作家も大変な励みになったよう。ありがたいです。

そして、山本さんのブログにも
今回の展示のご紹介を頂きました。
http://ameblo.jp/0761226555/entry-11216816858.html