画家の雑記帳 -264ページ目

臨時ニュース・・あるアーティストの紹介と・・。

今日はたて続けの記事で恐縮ですが
ぜひ紹介したいと思い、載せました。


ニューヨークを拠点に活躍し
現在、芦屋市在住の画家、
「ヒューズ・ロジャー・マシュー」。
彼の出身地は、今回大地震に見舞われたハイチ。

去年春、京都でも個展をされ、さらに以前、
大阪・御堂筋ではライブペイントも。。

$画家の雑記帳


今回、彼の記事が「神戸ニュース」で掲載されていましたので
転載させていただきました。。↓
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『ハイチ地震 芦屋の米芸術家が募金呼びかけ』

(神戸新聞社 , 1月17日11:41)

 芦屋市在住で、ハイチで育った米国人芸術家
ヒューズ・ロジャー・マシューさん(37)が、
故郷の大地震への募金を呼び掛けている。
同市伊勢町の市立美術博物館で
17日午後1時半から開かれる
阪神・淡路大震災関連行事
「『語り継ぎたい記憶』座談会」で説明する。

 米ニューヨーク生まれ。亡くなった
両親がハイチ出身で、今回大きな被害を受けた
首都ポルトープランスで13歳まで育った。
今でも兄弟姉妹や親類が大勢住んでいるが、
16日夕現在、安否を確認できていないという。

浮世絵の上にハイチ土着の宗教ブードゥーの神々を
ラメで描くなど、日本とハイチの文化を融合した
作品を手がけ、市内で準備中のショールーム兼カフェも
「ポルトープランス」と名付けた。ハイチのラム酒を
扱うつもりで、輸入の準備も進めていた。

「悪夢のようでまだ実感がわかない」とマシューさん。
被害の全容が分からないが、募金は被災者のために
役立てたいという。自身も、作品をオークションに
かけるなどして資金を作る予定。
「地震の怖さをよく知っている日本人に、
ぜひ協力してもらいたい」と話している。

募金の振込先は、三井住友銀行芦屋支店
普通口座5291434「レスキューハイチ」。
ポルトープランスTEL0797・32・6600
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

体調と思考


学生時代から
学校で一番血圧低かった。
いまでもそう。
寝起きはたいていテンション低い。

たとえば、夜記事をアップして
次の朝、自分の記事をみると
元気りんりんの生命力で書いたものが、
朝のまだ元気でない自分が見ると、
たまに気恥ずかしくなる時がある。。
なんか意気揚々だな、バカみたい(笑)
とか、時に、自分に思ってしまう。

あたかも、酒の席で
酔っぱらって大騒ぎ、
朝おきて、二日酔いの気分の中、
あ~やらかしてしまった(笑)
みたいなものに似ているかもしれない。。

テンションの高いときと低い時、
思考まで変わるものかな・・・
起きたとき、ふとそんなことを思った。。。

懲りずに、絵画エッセイ。〜絵の意味〜


以前、海外のテレビ番組で
おもしろいのがあって印象深く
覚えているのがある。。

街行く人へのアンケートで
その場所には6枚の絵のパネルがある。

一枚はクレーという巨匠の絵。
それ以外は、、子供の絵。。
さて、クレーの絵はどれ?
という質問内容だった。。

世界的に有名な画家で、
好きな方もいっぱいいますが
知らない人のために、、
適当に画集から一枚撮影してきました。。↓
(もう随分まえのことなので
どの作品だったか忘れた^^;)

$画家の雑記帳


僕はクレーが好きで画集も持ってるし
作風も知ってるのですぐわかったけど
街行く外人、やはり見分けつく人が
少なかった。。

そしてテレビの人にマイクを向けられることに
なる人たちが、「なぜ、その絵が巨匠のものだと?」
という質問に、それぞれの人がもっともらしい説明
してるのが面白かった。。
特に日本人と違って、欧米の人は
こういう場合、どんどん語りますからね~。
正解の人は「ほらね^^」と得意げだけど
不正解の人は自信満々で言った分、
立場がない(笑)
「あ~、これだからアートってわかんないよ~」
みたいな声も多かった。。(笑)

まぁそういう趣旨を楽しでる番組の意図も
見え見えなのだけど。。

絵画の世界は
日本でいえば東山魁夷とか
横山大観とか(どちらも大好きですが)、
誰がみても
そのあまりのすごさに「芸術!」というのもが
あるけど、その反対に
まさに子供の絵なのか、なんなのか
見分けがつきにくいような作品もありますね。。
巨匠と呼ばれる人の作品の中にも
いろいろあります。。
有名なムンクの「叫び」なども、一目みて
けっして上手いって思えない人が
大半だと思います。。僕もいまだにそう。
でもすごい作品だなぁ~
って感じさせられはするのだけど。。


特にそういう作品の場合、、やはり
なかなか絵の技術的なものは見極めずらいもの。。

このクレーの絵でもそうだけど、
これも「表現」として
作者の内面の葛藤が描かれてます。。
作者のその時その時の心の詩(うた)
だとそう思います。。
それが、何故か見る人の心に共鳴して響くもの
があれば、その時にこそ、はじめてその絵は
「絵」になりうるというか、
絵の具ののったキャンバスや紙をという物質世界を
こえたものになると、僕は思っています。

なんでも、そうだけど興味のない人には
ただの「絵」でしかなく、
それでいいじゃないかな~と僕は思ってる。

名曲と言われるクラッシックの偉大な曲でも
心に響く人にとって「偉大な曲」で、
響かない人にはただのしんどい長い曲。。

もちろん、いろいろ勉強というか研究したり
する中で、その良さが理解でき、
そのものの世界の素晴らしさが
ぐんと魂に響いてくることになるというのも
あり、でも、それはその時点で
はじめてその人にとって価値ある素晴らしい
ものとなるというか。。

小判だって、猫に与えれば、猫に小判になる
ってことをいっているわけじゃなく(笑)、
音楽でも絵画でもなんでも
創る人の心の世界と受けての心の世界が
響き合ったとき、本当の価値になるということ、
だからこそ、技術だけでは語れない精神世界が
アートの醍醐味で大事ですよね。。

それは巨匠であるとか街の一画家とか
関係なく、誰かの心に響けば
その響いてくれた人にこそ、それは
価値ある作品となるもので、
また、それにふえんしていえば、
画家としての立場で個人的には、
響く人に持っててもらうことが
一番の幸せだと思ってる。。

仲良くしてる大金もちのオヤジさんに
以前、買ってやるよ、って言われたとき、
ワタシ断りましたもん。
時計なら買ってもらいますけどね^^。

なんか脱線してカタチで終わらせて頂きます。^^;

ペタしてね

(追伸)
あ、昨日、大変でしたね~という
言葉もたくさん頂いたのだけど、
大変だったとは思ってません^^;
ぜんぜん大丈夫で
いたってすこぶる元気です。ご心配かけました。
自分に限らずいままで、匿名による
言われなき中傷とか批判を
人のブログでしてる人もみてきたから、
いい機会とも感じ(もちろん僕も普通の人間で
まずはムカつきもしましたが^^;)
僕なりの中傷批判家撲滅キャンペーンを
させてもらいました。。
でもあんなに多く賛同のメッセージ&コメントを
いただくとは思いませんでした。。
本当にありがとうございました。
僕なりの切り口で、拙い部分もあるかと思いますが
今後もいろんな発信をしていきたいと思います。。
(非難のある人は、まずはメッセージ欄の私信で
 私はこう思うと、礼儀正しくご意見くださいね^^;
 匿名でなく(笑)。だって返信もできませんから・・)

今回の事の、皆さんへの感謝と総括。


やっぱり、眠るって大事ですね~。

朝起きてスッキリしました^^
というか昼でしたが。。。(笑)

そしてブログをひろげると
驚くほどのコメント数とメール、
たくさんの励ましに、
こんなにも想っていただけていたなんて
ただただ感謝感激です。

さすがに昨日は
「お怒り」モードでした。。
いろいろ、これでもかって、書いちゃった^^;。

単なる冷やかしコメントや
やっかみだけのコメントなら
軽く流したりスルーもできるのだけど、、
自分とブログの根幹に関わる姿勢とか
アートへの思いを全否定・全非難ともとれる、
それも言い方が、
まるでアートを真に愛する者からの
まるでわかっていない君へのご注意、みたいな、
随分と大上段からのしかも筋違いの非礼コメント。。。

さすがにこれには、言われたことすべてに
きちんと言わせてもらおうと思った次第でした。

まぁでも、こんなことに関わり合ってる時間
もなく、博覧会の事務処理に、2月末からの
二人展の絵画制作、注文受けた絵の制作、
その他もろもろ、やらねばならむことが
たくさんあり・・気を取り直して、今日からも、
ブログ書く以外は、ひたすらアートに
どっぷり浸かろうと思います。

ほんとに、温かい言葉をたくさん頂き、
かえってすごいパワーと、これからも
続けていくモチベーションをさらに頂きましたから
ある意味、いい事件だったなぁと思います。。

制作や用事の一休みの合間合間に、
楽しみながらレスもさせていただきますね。。
とりいそぎ、お礼にて。。。
真心のコメントやアドバイスにとても感動しました。

sizingaka

絵画エッセイは継続します。


昨日はたくさんのコメント、
メッセージありがとうございました。。

昨日、全否定とも取れる
ずいぶんご立派なご批判コメントをいただいたもので、
承認もせず、今後のブログでの展開も考え
ひとつまえの記事にて
声明みたいなかたちで書かせて頂きました。

昔から・・自分こそ正論で、
それが物事の正義だとか本質とか言わんばかりに
それを盾に、一方的に、
人の中に土足でいきなり入ってくるような
礼儀もわきまえない人の否定や批判の人には
とても謙虚に受け止めることもできず、
今回も拒否反応がおきてしまいました。

純粋にアートへの想いを
言葉にしたつもりですが
文脈も読み取られることなく
揚げ足とりみたいな言葉と
すべてを否定されたような
説教めいたコメントに、
書くテンションはぐん下がりましたが
今後も僕なりの考えや思いを
ブログでカタチにしていきたいと思います。

今回、僕の記事の書き方もよくなかったのか、
僕なりの考えが歪曲して捉えられてる面も
あったようようで、いくつか
絵画エッセイの件で
この記事の最後に付け足しておきたいと思います。

ともあれ、批判を公開の場である
人のブログのコメント欄で
言うのなら、自分のIDも所在もはっきりさせて
ほしいもので、
こちらに対して、周囲への配慮など非難されるならば
まず、ご自身も、人のブログへおじゃまして
初対面にもかかわらず、いきなりの批判を、
公開してるコメント欄でしてなどこず、
まずメッセージ欄にでも
ご意見してくるべきではと感じました。。
人に礼節を問うなら、ご自身はどうなのと思います。
それを正論とばかり
ずいぶん上からな一方的なコメントに僕は感じ、
不快に思いました。

(エッセイでの僕の考え)
他の方も言ってくれてましたが、
「技術だけでは人の心をつかめない」
ということと、
見る人も、構図や絵画理論的な側面だけではなく
まずは絵の中の「心」をまず読み取ろうとするのが
大切に思うという論調での展開にもかかわらず、
その文脈は無視され
部分的なところにのみ焦点あてて
そこからまるで揚げ足をとりみたいに
まるで僕が学生そのものを馬鹿にしているような
人の努力も認めないような人間であるかのような
そんな論調の言葉。。とても残念です。
僕がそんな考えだったら、
近年に絵を始めたばかりの人や学生さん
すべて交えての年末のアート展も
してないですし。。

たとえとしてあまりにおかしかったの
だろうか。。僕が思うに
たとえば音大にいる人が
上手く楽器を弾けるのは当たり前だと
思っています。
美大や芸大でも絵の上手い人、
デッサの上手い人がたくさんいる、
それも当たり前のことです。
ただそれだけのこと。
才能ある人が、さらに専門の学校で
さらなる技術を日々深めているのですから。
ましてや成績優秀な人は上手くて当然。
そういう意味で上手い人がたくさんいると
表現したからといって、その努力を否定してる
わけでも、学生の絵がいけないだなんて
言ってるつもりなんかまったくない。。
批判しているわけではなく
馬鹿にしてるつもりもない。
絵にしても、芸大にいるいないに関係なく、
また、芸大にいる人もプロも含めて、
みんないつも「上手さ」以上の何かをめざして
頑張ってるはず。。
誰でも音大でればピアニストになれる
わけでなく、芸大をでればプロ画家に
なれるわけでなく、
現実に多くの美術学校から毎年
すごい数の卒業生がでるが
画家として食べていける人はそうそういない。
その中、みんなただ上手く絵を描くだけでなく
いかに表現していくか
「絵のその向こうのもの」を模索して
頑張ってるはず。。
僕はそれをテーマに書いたつもりなのだけど・・。
そして何も「上手いデッサンができる優秀な学生
における是非」をテーマに論じてるつもりも
まったくないんだけど。。

あと、これまでブログで、絵が売れたこと、
またいくらで売れたということなどを
書いてきてることも否定されました。
それについて・・。

僕の画廊でも、この後、たくさんの方が
個展をされるわけで、
ほとんどの方がブログで知り合った人。
そして、「ブログ発表のみと個展」
というカタチの人が大半なので、
何か僕なりにひながたのようなもの示せたらという
気持ちもあって、ブログでの個展告知、個展の報告記事
を書いた。
その中にたくさんのIDの方も
ブログ記事内にでましたが、
きちんと了承の上で書いてること。
しかも、すべて交流のある
懇意にしている友人でもあるブログ仲間だし、
部外者の方に、配慮がどうのと言われる筋合いも
ないと思います。

また作品が売れたことをブログ発表するのは
卑しいことと思っていらっしゃるのだろうか。
これまで、ポストカードや
ドローイングカード1000円のことから
30号の高額なものまで値段に関係なく、
了承のうえ、公表できるものは公表してきた。
号数についての値段の説明もしたし、
作品の価格も公表すること、
なにがそんなにいけないのだろう。
それは、自分のものだけに限らず、これまで
個展してくれた人の作品、アート展での作品、
自他ともに、くわしい発表をしてきた。
閉塞感ある今のアート市場、
もっと活気あるものにしたいという思いもあり・・。
一個人ブログという小さなものだけど
そこからでも少しでもムーブメントを
起こしていきたいといつも思って頑張っている。
また、春から小さな絵の大博覧会
(チャリティーで世界も救う)を開催するけど
売れた作品や売れた価格を発表できなければ
この企画自体成り立たない。
たくさんの方に支持され、2日で50以上の
申し込みを頂いたけど。。
きちんと売り上げ報告もするつもりだし、
売れた作品とともに作家さんの宣揚も含めて
紹介させてもらうつもり。

ともあれ、そのコメントをした人にいいますが、
お金の話しが卑しいと思われるなら
どうぞそう思っていただいてもいいし、また
『長々持論を語り他の血の滲む努力をなされてる方々
 や歴史を安易に批判なさらぬ様ご注意下さい』とも
書かれてもいましたが、
僕が持論で、努力されてる方々や歴史を批判してる
とそんな風に思うのなら勝手に思ってください。
きっとそんなことを一方的決めつけで書かれた貴方などよりも、
僕のほうが、現実の現場で、
日々大変な苦労し、まだ陽をあびない中、
負けずに努力をしてる画家さんを実際応援し、宣揚し、
時には物心ともに支援も支持もしてきています。
あまり自分で言う事でもないですが
あまりの言われ方などで敢えて言っておきます。

名前も出してる人間に
それなりのことを言われるのでしたら、
あなたも実名で
所在もはっきりさせて言ってください、
とそう願うばかりです。。
ここはどこかの掲示板ではありませんから。




・・・と、僕なりのブログでの考えも
これで思うところ、書かせて頂きましたので
今後も絵画のエッセイを、思う時に、
思うまま僕なりのスタイルで
書かせていただきたいと思います。。
やめないでほしいというメッセージを今回、
多くいただき、また心温まる感謝の言葉も
多く頂いたので、
こうした一人の方のために、
やめることはしないですから。。。

今後とも宜しくお願いします。



(ある方へ)ブログでの表明と見解。


おかげさまで、このブログも
たくさんの方にアクセスいただいてます。

そして、いろんな記事を展開するなかで、
もちろん、世の中、自分とは同じ考え方の人
ばかりではないですし、
特に芸術論的な話題を書いた場合など
共感を得るどころか、時には強く批判を感じる方も
中にはいらっしゃるかと思います。
それは当然のことでもあり
見解の相違があっても仕方ないことと思います。

しかし、見ず知らずの
ブログ交流すらなく、
相手のブログへも飛べない匿名IDの方から
いきなりの批判コメントを入れられ
正義ぶった論調を展開されても、
コメント欄で論争するつもりもなければ、
承認するつもりもないです。

こちらはきちんと本名まで出し、
自己の所在まではっきりとさせて、
そのうえで、良かれ悪かれ、いろんな考えを
記事にして発表してます。
また自分自身が、人の記事に
なにか表明するときにも
きちんと自己のブログにもこれるように
クリックできるIDでコメントしています。

また他の方の記事で、かりにその内容に
反論や批判があった場合でも、それは同じで
匿名IDで書かないですし、
それにネットとはいえ、そのネット上の交流すら
ない初めての相手に、いきなり礼儀もわきまえず
批判することもありません。
そういことは、これが
正しいとか正しくないとか以前の問題と思っています。

また、特定の方をブログ記事内で載せる場合も
ご本人の了承のうえで書かせていただいてます。

いろんな意見もある場合、
メッセージ等でやりとりするなら
意志の疎通も可能ですが
それすら出来ない匿名の方に
いろいろ自分の考え方や展開について
コメント欄はもとより
メール交換して自己の考えや
説明もするつもりはないです。。

いずれにしろ
いろんな受け取り方もあるでしょうが
趣旨として、
上手さだけでは伝わない「何か」
というものを表現する中での、
上手い絵はいくらでもあると書いても
それは日々努力精進している方々やへの
安易な批判などの心づもりは一切ないこと
をここに言っておきます。
そのように受けたられたのなら
僕の未熟とするところで拙さでありますが
見解の相違です。

いずれにしろ
すべての人に100%同意を得れるようなものは
書く事もできませんし、
他の記事にも多々不快があるようでしたら
スルーしていただき、ブログへはご参加
いただなくてけっこうです。
ご自身のブログで、芸術に関してでも
どんなことでもご自身の持論を
展開されればいいことと思っています。



申し訳ありませんが・・
今後、コメント欄の承認は
アメーバー会員の方で
相手のブログへもいけるIDの方のみ
対象とさせていただきます。。

二人ということ


そばにいるひと。
すごくおバカで超天然。
まるでいま流行りのおばかタレントを
目の前で見ているようだ。
いつも何かについて語りあうと
その8割は僕のダメ出しかもしれない。
でも、、2割。
そのとても天然おバカなところから
気づかされることがいろいろある。。
忘れていた大事な何か、みたいな事。。
自分には感じることが出来ないこととかも。
誰かと一緒にいるってことは
そういうことなのかなと時おり感じる。
別にいまさら生活の中で、
愛だの恋だのと、ときめく時間はないのだけど(笑)

絵画エッセイ「絵を買うということ」


先の記事「絵の聞き方」の
第1話でのコメント欄で・・

「値段がついて個人所有されてしまうと、
 観れなくなっちゃうのが残念だな~」

という声があり(もちろん、特に名画に
ついてだと思いますが)、

それにふえんして、他の方でも、
「収集家の方(特に絵画や彫刻等?)は
 自分の側に置いておきたい。
 財産として所有していたい。
 という方が多いように(私の勝手な感じ方ですが)
 思われるのです。
 個人所有のものでも 皆が観賞できるような
 方策があればいいのになぁ・・・と
 思うことがあります。」
という声もあったので、

「絵画」と「購入」ってことについて、
とてもいいテーマと思いますし、いい機会なので、
僕が思ってることを書かせていただきます。

まず、名画について。
これは、オークションなどで、大企業の社長とか
財閥の人が買って話題になるときありますね。
それはそれで、企業の応接室や金庫だけにしか
ずっと置かれないものなら、「ちょっといかがなものか」とは
思うけど、企業メセナの一環として、そうした高額の絵
を購入し、いろんな美術館などに貸し出ししてるなら
ぜんぜん問題ないと思います。いずれにしろ
市場にでたら、誰かが「買う」運命なのですから、
単に金持ちコレクターが、抱え込んで、ヒソヒソ
自分だけが楽しむのは、ちょっと~って気がしますが、
ですが、あまりそういう人は少ないと思います。。
けっこうあちこちで所蔵されてるものも、
いろんな機会で公開されてますし、
名画の場合、持つ人もそういう責任や道義的なもの
問われるものですから。。。

では、一般の画家における「絵」の個人所有に
ついて思うことを。。。

僕は、基本的に、値段がついて、売られるべきだと
思っています。僕は画廊もしているので、いろんな
作家の個展の際、「売りたくない作家」もたまに
いて、それはそれで尊重してる画廊主ですが。。。

さて、よくヨーロッパなどにいくと、一般家庭の
リビングなどには、名の知れない画家の絵など
どの家にもけっこうあるものです。それは日本の比
じゃないというか。アートが生活に、日本より
溶け込んでます。またアート系のフリーマーケット
などでも、一般の画家と一般の愛好家で
すごく賑わってるシーンをニューヨークでも
どこの市場でも見てきています。
それはとてもいいことで素敵なことだと思ってます。

先進国の中で日本は、まだまだ、生活にアートは、
世間全般でいえば、まだまだ浸透してない
とそう思います。。

実際、日本の若い人の間でも、
時計や鞄など、そうロレックスやヴィトンには
何十万もすぐに出すけど、
(時計屋もしていてなんですが^^;)
絵にはそうそう何万も出して買う人、
どれだけいるでしょう。。
ほとんどいないです。。
だから、日本の美術市場は、とても
厳しく、有名画廊でも近年、閉鎖してるとこも
ちょこちょこあります。。

画家の視点でいえば、とてもいいづらいことだけど
あえて言わせてもらえば・・・
(いろんな画家さんからも聞く代弁でもあります)、
どんなに「素晴らしい!」とかいろいろ褒めて頂いても、
結局、その人の本意は読み取りづらいものです。
個展で、いろいろすごいすごいとベタ褒めされても、
どんな人も、CDや洋服には何万も普通に使うのに
絵には1~2万円のものでもなかなか
そうお金は使わないと思います。それが現状。。。
お洋服以下です(笑)。なので、誰かの個展で
誰かの作品を褒める場合、すごい高価なもの
なら別ですが、対象が1万や2万のものならあまりに
褒めないほうがいいと思います。。
単に追従かリップサービスかと思う時が
画家にとっては時おりあるものです。
だってそんなにすごいすごいと思うのなら・・
なぜ服とかならすぐ買えて・・
って感じてしまうのが、どの画家も
偽らざる心情だと思いますし。。。

僕は、絵を6~7年描き続けてますが
それを売り始めたのは、自分の画廊を持ってから
なので、まだ1年と数ヶ月です。
やはり、絵を好きで描いている以上、
多くの画家の本音は「絵だけで生活したい」
という願望があるはずなのです。
僕でいえば、1年目の「絵の年収」が百数十万円台
だとすれば、今後の努力とともに、それが
200万台、300万台とだんだん大きくなって
いずれ「絵で食べていける」ようになれば
それはとても嬉しいこと。
結局、購入されるということは、画家にとって、
最大・最高級の真の賛辞であり、
そしてある意味バロメーターでもあり、
買う人にとっては、
好きな画家への支援でもあると思います。
購入されることによって、本当の意味で
「認められた」ってやはり感じますし。。
口ではいろいろ言えますもの。。。
こうしたことは、他の画家さんから
いろいろこれまで聞いてることでもあります。。
僕は書きたくなかったから、
これまで、単に売れたときだけ
売れました~♪なんてやってましたが、
ぜひ、いつもそばに置いておきたい位に
気に入ってもらえそれで購入されたら、
たんに100の褒め言葉の数々より
それ以上にまさる真の賞賛はないと思います。。
もちろん、買わなくても、「個展」などの場合は
遠い中、時間もさいて交通費もさいてその場所へ
見に来てくれること自体がじゅうぶん賞賛して
くれてることと僕はそう思ってるので、
さらにお褒めいただくなくても充分です^^;
だいたい照れるし(笑)。

ちなみに、僕の個人的な立場でいえば、
アンティーク時計などで、充分食べていける
生活を17年以上もしてるので、別に売らなくても、
そして売れなくても、べつに問題はないのだけど
やはりそういう点で、売れたら正直嬉しいです。
今回の個展で一枚30万の絵が売れましたが
その時も、「私などが購入していいのでしょうか」
と、とても謙虚な言葉をいただきました。
で、上のような話しをさらっとだけさせて頂きました。
本当にそれに見合う価値を認めていただいたのなら、
これ以上光栄なことはないことと。

それに、いろんな人の手に絵が渡ってこそ
作家も絵も認知されてゆき、後世の画廊なども
「◯◯先生の絵を買います」となり、、
有名画家ともなってゆけば、美術館などにも
寄贈されたり買い上げられたりで、そうして
そういう場所にも置かれてゆくことになり、
結果、その画家の死後においても
広く絵が伝わっていくことになります。

なので、値段が付いて、絵が売れていくことが
画家にとってとても意味ある大事なことですし、
またやる気の出る事でもありますし、
画家のほうも、毎晩描いていれば、いづれにしても
どうせ絵はたくさん残るので(笑)、
どんどん、気に入った絵があれば
(そしてお金があれば^^)気に入った服を買うように
どこでも買ってあげてほしいと思います。
これは僕が画商であるから言ってるわけでも
ありません。絵なんて押し売りするものでもなく
またつき合いで買ってもらうものでもないですし。
そして画家でもあるから言うわけでなく、
また他の多くの画家さん同様、僕も
以前からずっとそう思ってる純粋な思いでした。。

もちろん
画家によっては違う考え方の人も中いるかと思います。。
また個人的な見解も多いですし
同時に「絵と購入」に関するコメントの
僕なりの長文レス的なものでもあります。
なのでこの記事に関しては、コメント欄は控えさせて頂きますね。
前記事「絵の聞き方」で
何か感じることがありましたら
お気軽にコメントください^^


ペタしてね


絵の声の聞き方(第2話)

昼間にアップした第1話が
さっそくいろいろコメント頂いてるので
急いで続きを書いときました。。
で、コメント欄で、絵の購入についての
ご感想等いただきましたから、それは
「別伝」として、この記事のあとに
いろんな角度で僕なりの感じる世界を
論じたいと思います。。

ではとりあえず、第2話を。。。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

たとえば、有名なゴッホ、
大巨匠ですが、、
生前、売れたのは
義理で買われたたった一枚だけ。
しかもずいぶん安い値段で。

当のご本人は、貧乏&苦悩の連続。
同時代の人に見向きされなかったのだから
仕方がない。
後世の人は彼の絵で、
オークション利益など
何千万、何億と稼ぐ人が現れるのだから、
こうしたことも、いかに「絵」が、
たとえ素晴らしいものであっても
なかなか理解されにくいものということがわかるはず。

さて、「絵の声の聞き方」という
タイトルにしてしまったが、、、
第1話からずいぶん長い前置きになった。。

そろそろ本題に入ろうと思います。。

最初に書いたように
絵は、本や音楽と違ってメッセージを
読み取りづらいということ、
じゅうぶんわかってもらえたと思います。
まぁ、当たり前のことの羅列かも
しれませんが^^;

で、絵のメッセージ、
それが絵の中にあるとしても
それは、「無言の詩」である
ということ。
ポエムは有言の世界。
絵は無言の詩なのだ。。それだけ。
絵から、どんな「詩」を感じとるかは
見る人の本人次第。
その人の感性でいくらでも
変容していくものだろう。
「絵」自体は変わらないのに。。

そして多くの人に
その「何らか」の詩を感じさせていくのが
歴史に残っていくのだと思う。

よく「美の巨人達」などの番組で
昔の昭和の作家の一枚なんかが紹介され、
もちろん人によっても違うけど
美術好きだからって、その絵を見て
どうしてこんなどんよりした下手クソな絵が(笑)
すごいんだろうっ~て思ったこと、
ありません??^^;

そんな風に感じたことある人、
きっと多いと思います。。
それこそが「無言の詩」の証拠なんです。
勝手な言い分かもしれませんが。。
上手さだけなら、上手い絵はいくらでもあり
芸大生の成績のいい人の絵なんて
みんなめちゃくちゃ上手ですもん。。

また、世界堂などにいけば
たくさんの石膏像がおかれてますね。
それを見て、感動されるでしょうか。。
ほとんどの方はしないと思います(笑)。
その石膏像を、まるで写真のように
完全に正確にデッサンしたとします。
で、感動するでしょうか。。。
僕はそうそう正確に描き写したって
人に感動なんて与えれないと思います。
その向こうにあるものを描き写せて
はじめてデッサン一枚でも
何か人に与えれるものが生まれると思ってます。
僕なんてデッサンは下手ですが(笑)
そういう気持ちで取り組んではいました。。

ともあれ、
技術も大事なんだけど、
それだけでは、歴史に残っていないし
人の心に「何か惹かれる」というものも
与えてはくれないというか。。

逆にゴッホのように
画面に絵の具を叩き付けてるような
情念の固まりのような「心の世界」が
時に多くの人の心を打っていくんですね。。

たんに絵の上手さではなく、
その絵の中にある「詩」が
人の心に共感を生んでいくというか。。

第1話で触れた、セザンヌにしても
バスキアにしても、そこに「詩」があります。
バスキアにしても、絵からその思想だとか
上手さだとかなんだとか感じ取ろうとしても
きっと捉えづらいはずです。

絵を見る場合・・・まずは
「詩」を感じ取るつもりで心の目と耳を
向けてください。聞こえてくるはずです^^。
(ちょっとキザかな。。)
でも感じ取ってみてください。美術館で^^。
佐伯祐三の乱雑な線の風景画も
独特な無言の詩がそこにあります。。
(知らない人も、有名画家なので
 画像検索すればいろいろ出来てきます。。)
大好きなんですよね、あの世界も。
シャガールにはシャガールの詩、
ピカソにはピカソの詩があるはずですから。

どうしても絵の説明になると
作家の時代背景がどう、作家の思想はこう、
その絵の構図の特性はこう、
そうした数々の蘊蓄知識が本に書かれてますが
またそういうことを学ぶことも
絵を買ったり、観に行くうえで
とても大事なことですけど
まずはそういうのをとっぱらって
「絵を観る姿勢」として
感じるままの素直で目で
じっ~と、心静かに眺めてください。。
何かが感じられてきたら、
その絵には、
貴方には通じる「詩」があるってことです。。。

僕は、絵を見るということは、
無言の詩を聞きにいくようなもの
そんな風に思っています。。

~主観なので、個人差がありますが・・(笑)~

ペタしてね

絵画エッセイ「絵の声の聞き方」(第1話)


「絵の声の聞き方」(絵の解釈)

絵は、文章の世界のように
言葉でその思想や世界を説明してくれない。
音楽のように、直接、感情に入ってくる
ものでもない。。
どちらかといえば、まずは見る人の右脳に
働きかけるものである。。

絵の魅力は、定義しずらい。
世界最高峰といわれるようなモナリザでさえ
見る人によっては
ただのイタリアのおばさんの肖像が
なんだか幻想的な風景をバックに描かれた
古くさい小さな絵にすぎないのである。

大半の人が、小さい頃から
世界一の絵みたいな価値観を刷り込まれてるから
もうそれだけでありがたい世界なのだか
あの絵がまったくの誰が描いたか
わからない無名の絵で、世界の
どこかの骨董屋の片隅に並べられていたら、
せいぜい数万から十万ほどの対象の絵に
しかならないかもしれないし、
「なかなか売れんな~この絵」って
なったかもしれない。
もちろん、それなりの人が見たら、
「これはすごい」と速攻、財布を開くことに
なるとは思うだけど。。

例えがまだるっしい(笑)わかりづらい説明
で恐縮だが、「絵」の解釈というのは
まことに難しいものである。。

だいたい、作者にしても、自分の作品のこと
とやかく説明したがらないものだから、
有名な絵でも謎が多い部分がけっこうあり、
だからその謎をめぐって、時に小説や映画
にもなったりと一部の名画ではおこるのだ。。

「絵」って何がすごいのか。
「美術」って何か。
これはほんと、わけのわかない世界でもあり、
次元はこれまで話したことと少しずれるかもしれ
ないが、以前、こんなエピソードがあった。

いきつけのカフェで、某有名美術コレクター
の方と会った。お互い、年はひと周り違うが
喫茶店の常連同士である。
そのおじさまは、あまり詳しいこと書けないが
ある有名出版社の社長で大金持ちな
財界の方である。

で、数年前のある日、、こんな話しをされた。。
「小原君、君はすごく絵に詳しいよね。。
じつは今、セザンヌの絵を買うか、
バスキアの絵を買うか、悩んでるんだよ。
もちろん両方買えるお金はない(笑)。
君ならどちらがいいと思う?」
ということ聞かれたわけなんだけど
まぁ「そんなの知るかぁ~」という世界である(笑)。

いちおう、目上のお偉いお方なので、
「はい、僕はバスキアがよろしいかと思います^^」
と答えておいた。
知らない人のために言っておくと、、バスキアは
1960年生まれで80年代初頭活躍するも
28歳の若さで亡くなったニューヨークの若い
画家である。簡単に説明すると、壁の落書き
みたいな作風の画家。
セザンヌとは対極に位置する画家である。。

なぜ、僕はバスキアと答えたか。
その方は、もちろん「絵画」を愛しているが、
そして、ほんとに好きなものはいろいろ大事に
所蔵もされているが、お金持ちにありがちな
今度はこれ売って、そして儲けて、
その次にはそのお金でアレを買ってと、
投機的な側面でも買われてる。。
そもそも、セザンヌとバスキアなんて
比較する世界が違いすぎて、どちらが素晴らしい
とか簡単に言えるもんではない。。
個人の趣味的好き嫌いもあるのだし。。

説明を求められ、いちおう下記の
ようなことを言った。
セザンヌはもう値段がいくとこまで行ってるけど
バスキアはもしかしたら、まだまだもっと
評価があがる可能性ひめてるかな。。と。
これまでの時代の人たちで
セザンヌ評価が決まったけど、
今の世界中のまだ若い人10代20代の人が、
いつか40代50代になり、
そして世界中でこうした絵を買えるように
なる若い人が何万、何十万人でてくるか
知れないけど、そういう次の時代を考えたら
バスキアかなぁ~って(笑)。
そんなことを軽く説明すると
「なるほど。バスキアにするよ^^」
と社長さん言われてた(笑)。。

でも時に数千万とか時には数億とか
そんな対象ともなる絵、、
絵の価値ってなんなのだ。。。

何をもって「すごい」とし
何をもって「ダメ」とするか、
上記のような、資産価値の世界で
決めるのなら、いろんな捉え方で
こっちだあっちだとやれるかもしれないが
そういうこととっぱらって、、
純粋に「絵の魅力」とはなんだ?という
この疑問は、簡単に答えられるものではない。。。

・・と、すごく長くなってきたので
この話しの続きはまたあとで^^;

ではまた~♪