史跡:船岡山 | 古代文化研究所

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古代文化には、多くの疑問や問題が存在する。そういうものを日向国から検証していきたい。

○2022年2月3日に京都ぶらり旅で、大徳寺へ参詣した。その後、金閣寺へと向かった。大徳寺から金閣寺までは2キロメートルほどで、随分と近い、レンタサイクルで、北大路通りを西へ進むと、途中、史跡船岡山の案内板を見付けた。

○船岡山のことは、聞いたことはあったが、こんなところにあるこを知って、驚いた。インターネットで検索したところ、次のページが最も詳しかった。

      船岡山について

 船岡山は標高112メートル(比高45メートル)、周囲1300メートル、面積2万5千坪の優美な小山であり、東南側は建勲神社の境内、西北側は船岡山公園(京都市の都市計画公園第一号として昭和10年に開設)となっており、市街地にありながら、緑豊かな自然が保たれている。
 聖徳太子の文献にもその名が出ており、又、1200年前、京都に都が定められた時、中国の陰陽五行思想、風水思想に基づいて、龍気みなぎる地形であり、大地の気がほとばしり、溢れ出る玄武の小山であると卜せられ、船岡山の真南が大極殿、朱雀大路となった。今も神社境内の船岡妙見社に玄武大神が祀られている。

 平安朝の昔には清少納言が枕草子で「丘は船岡・・・」と讃え、又、大宮人の清遊の地として多くの和歌が残されている。
  船岡に 若菜つみつつ 君がため 子の日の松の 千世をおくらむ (清原元輔)
  子の日して よはひをのぶる 船岡は 松の千年を つめるなりけり (源経信)
  船岡の わたりにさける 卯の花は 汀によする 浪かとぞみる (永縁)
  春毎に こがれやすらん 船岡は わらびもえ出る わたりなりけり (藤原俊成)

  船岡山について - 建勲神社 (kenkun-jinja.org)

○このページを載せる建勲神社は、織田信長公を祀る神社であると言う。なお、船岡山公園は大徳寺の所有地で、京都市が借用して公園としているらしい。大徳寺から近いのもうなずける。

○船岡山が「子の日の松」と関連して詠まれていることに注目したい。この行事は「姫子松」とも呼ばれ、すでに、以前、次のブログに書いている。

  ・テーマ「京都ぶらり旅」:ブログ『下鴨神社:媛小松』

  下鴨神社:媛小松 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)