天降付く天の香具山の風景 | 古代文化研究所

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古代文化には、多くの疑問や問題が存在する。そういうものを日向国から検証していきたい。

○昨日、2021年12月14日に、鹿児島県霧島市福山の中茶屋公園へ出掛け、『天降付く天の香具山の風景』を眺めて来た。そのことについて、昨日、次のブログを書いた。

  ・テーマ「日向国の万葉学」:ブログ『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』

  山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

○『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』と『天降付く天の香具山の風景』では違うものではないかと思われるかも知れない。しかし、その実、『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』と『天降付く天の香具山の風景』とは、全く同じものなのである。

○当古代文化研究所では、この問題を長年掛けて追い続けて来ている。ブログに書いているだけでも、次のようになる。

  ・テーマ「竹島・硫黄島・黒島」:ブログ『天降付く天の香具山』~2012年10月17日~

  天降付く天の香具山 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「竹島・硫黄島・黒島」:ブログ『枕詞「天降り付く」の真実』~2012年12月5日~

  枕詞「天降り付く」の真実 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「天孫降臨の世界山」:ブログ『中西進名誉教授に聞く~其の七~』~2013年12月29日~

  中西進名誉教授に聞く~其の七~ | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「天孫降臨の世界山」:ブログ『天降付く天の香具山の風景』~2014年1月12日~

  天降付く天の香具山の風景 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「邪馬台国三山」:ブログ『天降付く天の香具山』~2015年1月30日~

  天降付く天の香具山 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「日向国の万葉学」:ブログ『天降付く天の香具山の風景』~2018年11月11日~

  天降付く天の香具山の風景 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「日向国の万葉学」:ブログ『山頂に沈む夕日 「ダイヤモンド桜島」』~2018年11月15日~

  山頂に沈む夕日 「ダイヤモンド桜島」 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「日向国の万葉学」:ブログ『ダイヤモンド桜島』~2020年12月9日~

  ダイヤモンド桜島 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「日向国の万葉学」:ブログ『天降付く天の香具山の風景』~2020年12月13日~

  天降付く天の香具山の風景 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

○それ以外にも、『枕詞「天降付く」が教えること』と題して、2018年11月12日から2020年1月22日まで、145回に亙って、延々と検証を続けている。

  ・テーマ「日向国の万葉学」:ブログ『枕詞「天降付く」が教えること』

  枕詞「天降付く」が教えること | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

  ・テーマ「日向国の万葉学」:ブログ『枕詞「天降付く」が教えること:其一百四十五』

  枕詞「天降付く」が教えること:其一百四十五 | 古代文化研究所 (ameblo.jp)

●つまり、現在、鹿児島で評判となっている『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』は、「万葉集」が記録する『天降付く天の香具山の風景』であるに過ぎない。それを『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』としか認識できない現代人は、まるで文化を享受できない人々であることが判る。

●昨日、2021年12月14日に、鹿児島県霧島市福山の中茶屋公園へは、多くの人々が押し掛け、『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』の絶景を堪能していた。もちろん、それはそれで結構なことである。

●しかし、その風景は、八世紀の「万葉集」が『天降付く天の香具山の風景』として、記録していることである。それこそ、神代の昔から存在した風景なのである。そういう文化を享受できないでは、何とも非文化的な人々と言うしかない。

●もっとも、目の前にある桜島が天の香具山だと認識できないのだから、どうしようもない。せっかく、テレビや新聞などのマスコミが訪れて、喧伝したところで、肝心のマスコミに文化が無いのだから、なおさらどうしようもない。

●逆に言うと、『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』を『天降付く天の香具山の風景』として認識している古代人の文化力に驚く。あの風景から枕詞「天降付く」を発明した古代人は、まさに文化人であって、文化を創造し、文化を享受する人々である。すでに現代人はそういう文化力を完全に見失っている。

◎現代人は文化文明の最先端に存在し、文化文明を存分に享受していると錯覚している。意外に現代人には創造力が無いし、まるで文化文明を享受できていない。文化は耕さない限り、享受できないのである。現代人はそういう努力をすることを忘れている。『山頂に沈む夕日「ダイヤモンド桜島」』を眺めながら、そういうことを感じた。