野に出て遊ぶ 〔暮らしのさんぽみち〕

ある業種の退職者組織の機関紙が、『コロナ禍の生活』特集をしたことを前に書いた。その中のお一人が、孫の保育園が休園になって週に何日か丸一日3人の孫を預かることになった。その方は、孫を預かる際に3つの方針を考えた。
1.子どもも祖母も楽しい生活
2.祖母が疲れない生活
3.テレビ、ゲーム機は見ない。体験させる生活。
元幼児教育者ということもあるが、さすがというべきか。(いつか、くわしく紹介したい)私も孫たちを時々預かったのだが、3つの方針とまでいかなくても心がけたことはある。それは、彼らを野に連れ出すことだった。
K(学童男児)が、軒にしまわれていた虫取り網を見つけて虫取りに行きたいと言う。H(園児女児)が、「ワタシも」と言って取り合いになる。「オレが先に見つけたんだ」「ヤダ、ワタシも」 そこで、百円ショップに行って虫取り網1つと虫篭2つを買う。
野に行くと、解き放たれたように思い思いに駆け出す。蝶がいる。白、黄。時おり、アゲハが姿を見せる。片方の子が叫び、もう一方が駆け寄って来る。「あっち」「そらっ、そっち」と叫び合っているが、アゲハの動きは素早くて手に負えない。
トンボもいる。流れるように近づいたかと思うと、クルッと角度を変える。だんだんと、目が慣れてくる。トンボはそのうち、草の葉先や枝先にとまる。その時が狙い目だ。網をパッとかぶせる。入ったかと思えたが、トンボはスルッと逃げて行ってしまう。また追いかける。ようやく捕まえる。トンボにも、細身のもの、羽根が微妙に薄いもの、いろいろあることが分かってくる。Kはあちこち走り回る割に逃がすのが多く、妹のHの方が小さな動きでいて要領よく網を使っている。

二人が、蝶やトンボを見ながら頭を突き合わせて何事か話している姿を見ると、微笑ましい。こうして、晴れた暖かい日には野に繰り出す日々が始まった。雑木林の中に田や畑があり、人はほとんど来ない。野は、わが家族の独り占めだった。
(つづく)
コロナ禍と休校と宿題と ③ 〔暮らしのさんぽみち〕

この春の臨時休校と、そこから派生した宿題プリントへの9歳児Kの抵抗について考えてきた。Kの自由への目覚めは、とても大事な出来事だった。
折しも、絵本作家の五味太郎さんが「コロナ後の世界について」と題した本のなかでインタビューに答えて次のようなことを語っている。ぜひ、紹介したい。
……急に学校が閉められて先の見通しも立たず、大人も子どもも心が不安定になっていると感じます。(インタビュアーは朝日新聞記者。2020.4.14)
五味:それじゃ、逆に聞くけど、コロナの前は安定してた? 居心地はよかった? ふだんから感じてる不安が、コロナ問題に移行しているだけじゃないかな。こういう時、いつも「早く元に戻ればいい」って言われがちだけど、じゃあその元は本当に充実してたの? と問うてみたい。
おれはもともと、今の学校や社会は、子どもに失礼だと思ってる。
……失礼、ですか?
五味:子どもにとって教育は「権利」だと憲法に書いてあるのに、6歳になったら必ず小学校に行き、しかも学校も先生もほぼ選べない。特に初等教育のプログラムって、ほとんどが「大きなお世話」だとおれは思う。人格形成とか学習能力とか……。もちろん、誰も悪意でやってるわけじゃないんだけど、全員座ってじっと先生の話を聞くって、子どもの体質には合っていない。おれの娘は2人とも途中で学校に行くのをやめたけど、学校に向いていること向いていない子、あるいはどっちでもいい子がいる。
学校に行きたくない子どもに親が行きなさいと言うのは、子どもが「お風呂が熱い」って言ってるのに、親が「肩まで漬かって100まで数えなさい」と言うようなもので……。

インタビューに答える五味さんの「(学校や社会は)子どもに失礼だ」という言葉が目を引く。子どもの方をきちんと見ずに、どんどん進めて行ってしまう。ワクワクするような面白みも感じられないまま、「ハイ、100まで数えなければ出てはいけません」と言われるようなものだ。
Kは、グダグダし、寝そべって、ふてくされていたのだが、この経験はいつかより整理されて自身の歩みのために役立っていくだろうと、爺は思う。

コロナ禍と休校と宿題と ② 〔暮らしのさんぽみち〕
(児童K=孫のプリント学習拒否にかかわる話のつづき)
9歳男児Kのプリント学習への抵抗ぶりは、なかなかだった。母親がなだめてもすかしても、「イヤだイヤだ」を繰り返した。
私は、そこには直前の担任との関係が反映していると思った。Kは、毎朝のように「学校へ行きたくない」「やめちゃいたい」と言っていた矢先、春休みよりも早く休校になった。「やったー」と満面の笑みで大声で喜び、そして東京と比べてだだっ広くて自由にできる田舎にやってきたのだった。
その「やったー」の中身をKは簡単に手放したくなかったのだと思う。自由だ! そう言いたかった。Kは、自分は自分のために自由を使いたい、そのことに目覚めたと思う。それを噛みしめていたかったのだと思う。
私は、Kの自由にかかわる目覚めは、とても大事なことだと思う。そもそもプリント学習は何だったかと言うと、復習ばかりで新しいものは何もない。『君は小学生で、学校はちゃんとあるよ。今は臨時休みで授業はないけれど、小学生の本分である勉強をするんだよ』というメッセージを込めたもの、つまりアリバイづくりだ。
そんなのに自分の自由を削られてたまるか! というのがKの目覚めと衝突したのだ。だいたいが、その前担任が『連帯責任』を振りかざしたのもアリバイづくりだ。他人に迷惑をかけなければ給食時間の過ごし方など自由でいいものを、『きちんと』という目標を上方に設定して『指導しています』のアリバイづくりをしている。
そう考えれば、Kの目覚めはとても大事なことであった。(つづく)
