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SIS日記

NPO法人SIS(シス)スタッフによるリレー形式の日記です。
「こころが動いたこと」や「共有したいささやかな出来事」など
スタッフの「想い」を定期的に更新していきます。
どうぞお楽しみに!

コロナ禍と休校と宿題と 〔暮らしのさんぽみち〕

新型コロナ禍のもと、孫たち(9歳男児、4歳女児、0歳男児)と過ごす時間が多くなった。春、コロナ感染緊急事態宣言の下、娘家族が東京から「疎開」してきていた。

少しして、9歳男児のもとへ学校からプリント類が届いた。国語や算数、理科、社会など。国語や算数はドリル的なもので、理科、社会はプリント枚数が少なく、ちょっとした観察記録を促すようなものだった。

9歳男児Kのプリント学習への抵抗ぶりがすごかった。「なんで、こんなプリントをやらなきゃいけないのか」「いま、学校は休みなんだ」「習ったことばっかりだ。アホらしい」「イヤだ、やりたくない」「めんどうくさくてしかたがない」、そうグダグダ言う、プリントを開こうとしない、鉛筆も用意しようとしない。

母親(娘)はKに何とかプリントをやらせようとする。「学校は休みになったけど、勉強はあるの!」「やったプリントを送り返すことになっているの。〆切りが決められてるの!」「一日に少しずつ時間を決めてやってけば、後は自由じゃない」「そうやってイヤだイヤだと言っている時間の間に出来ちゃうじゃないの?」

母親の最後の言葉の通りだった。「イヤだイヤだ」と抵抗し、寝そべっている時間の方が長いくらいだった。それでも机の周りから離れず、ふてくされながら一向にプリントに向かおうとしないのだった。

Kの抵抗は、わからない訳ではないが、もっと何か理由があるのではないかと私は思っていた。3月の正規の学年末より前に休校となったのだが、Kは休校の話を聞いて爆発的に喜んだということだった。「もう、あの担任とおさらばできる!」からだということだった。担任は、何かと『連帯責任』を口にしてクラス全員に説教する、それが堪らなくイヤだった。クラスの何人かが給食時間中におしゃべりしてふざけている、すると担任は全員を一年生のクラスに連れて行って「ほら見てごらん、一年生なのにこんなに行儀良く給食時間を過ごせている」と説教する。三年生のKのクラス全員は一年生の前で、それを黙って聞いているしかない。一部の子が言うことを聞かない時も『連帯責任』で説教される。時には授業も休み時間もつぶれることがある。ずっとそれを聞いていなければならない。
 (この話、つづく)

 

コロナ禍の中、さまざまな生活 〔暮らしのさんぽみち〕

ある業種の退職者組織の機関紙が、『コロナ禍の生活』特集を行った。(2020年7月)60代から90代の方々が投稿していて、その内容が多面的であった。そこで、参考に、どんなことが書かれていたか、項目だけピックアップしてみる。

◆毎朝、自分で無農薬野菜のジュースを作って飲んでいる。
◆家族の介護をしながら、作詞の通信教育を受けて策ししている。
◆マスクを手作り。60枚作った。半分を市へ提供。
◆花壇の花の世話をしながら、アサギマダラ(渡り蝶)の飛来を楽しみにしている。

◆孫(学童・園児)とシイタケ原木駒菌打ち作業。里芋植え付け作業。スイカ畑に草を敷く作業など、取り組んだ。
◆図書館閉鎖で仕方なく古本を購入して読書。「キネマの神様」「暗幕のゲルニカ」(原田マハ)など。

◆この機会にと録画していた映画を一挙に38本観る。「風と共に去りぬ」(4度目)「死刑台のエレベーター」「鉄道員」「飢餓海峡」チャップリンもの4本など。
◆これを機会にと、家の内外の掃除、断捨離。子どもの書いたものを読み始めて、なかなか進まなかった。
◆孫を二手に分けて預かる。大きい子。午前宿題、午後調理実習。ぎょうざ、コロッケ、カレー、ゼリーなど。小さい子。野外教室。ターザンブランコ、メダカすくい、蝶取り。
◆じっくり畑仕事。草取り。
◆孫から電話「おばあちゃん、コロナは大丈夫?僕がドラえもんのポケットから大きな強い剣を出してもらってコロナをやっつけてやるから待っててね」


一読して「これを機会に」として行った報告が多い。やることを広げたことと、やろうとして出来ずに来たことを深めたことがある。最後の、孫からの電話の、ドラえもんの大きな強い剣って、どんな剣だろうか。

 

コロナ禍と人との距離 〔暮らしのさんぽみち〕



秋が深まってきた。コロナ感染者数に関するニュースは、収まるどころか微増の気配だ。にもかかわらず、外出して時どきマスク着用を忘れたりする。気が緩んで来たのか。

もう何ヶ月も前のこと。春、東京に住んでいる娘と孫たち(学童・園児・乳児)が「疎開」してきた。婿殿といろいろ相談してのことだ。婿殿の仕事先近くで「クラスター」が発生もしたり、学校が突然休校になったりしたことが大きかった。

「疎開」してきてしばらくは母屋のなかで「同居だが別行動」をした。食事は準備を含めて時間差を設け、トイレ使用後はすかさず消毒するなどして、気配は感じるが直接的接触はできるだけ避けていた。

そういう「取り決め」みたいなものをしていて、何だかこそばゆいような、落ち着かないような気がしていた。何しろ、おチビちゃんたちはずっと母屋に一緒に居るのだ。もう寝たのかな? と、そぉっと襖を開けて覗いてみた。園児(女児H)が気づいて、フフッと笑って布団に潜り込んだ。あぁ、あの子の仕草だ。オヤスミと襖越しに声をかけた。良かった、やっぱり一緒に居るんだ、と思えた。

ところが、次の日の明け方から何やら娘家族が居る部屋の方からボソボソと声がする。行ってみると、マスクをかけた娘と妻がいる。妻が部屋から廊下に出てきて言うには、乳児(男児S)が発熱したらしい。折悪しく、この日は休日だった。医療機関に診てもらうにも、翌日を待たねばならない。

翌日になって市内の小児科を受診した。しかし、そこでも問題が起きた。母子手帳を提示すると、東京都在住者は診察できないと言われたのだ。新型コロナ感染緊急事態下においての発熱患者診察に関する措置らしい。

その後、しばらくして乳児の発熱は下がり、発熱の原因もコロナ感染ではないだろうということに落ち着いた。(母親の乳腺炎の関係らしい。以前にも同様のことがあった)……しかし、その間、私も家族も棒のように言葉を飲み込むというか、おいそれと不用意なことは言えないような時間が続いた。「コロナの熱じゃないか?」「小さな子も感染するっていうニュースがあったけど」……

身近な家族が遠い、気楽に言葉が出ない、近いはずなのに距離感を感じてしまう。そんなことがあった。それは、いったい何だったのだろうか。