『しのゼミ』 -73ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

今日は市中病院へ外勤に行く日.

ここは病理技師ノコさんがいる病院である.

ノコさんが取り仕切る病理検査室は手術室の隣に位置する関係で,手術を終えた外科医がひとまず立ち寄る場所になっている.

「・・・はぁ~疲れた・・・ノコちゃん,これ頼むわ」っとか,「今日の手術ってさぁ,少し前に問題になってた〇〇の症例でね・・・」ってな感じで,外科医が世間話をしていく.

ノコさんも一端の医療従事者であり,こんな外科医の与太話にも「そうですね」とか「へぇ~スゴイ」とか「大変ですね」とか相槌がうてる.

よく観察していると,手術に関係してなさそうな外科医もやってきて,冗談を言いながらひと時を過ごしていく.

あるいは看護師さんがやってきて,「この前のピーチ味の〇〇って,あそこで見つけたよ・・・」とかなんとか(スイーツ情報???)しゃべっていく.

技師さん仲間が「こんどの飲み会ねぇ,△△先生も来るんだって・・・」と合コン?情報を伝えに来る.

外科の女医さんが「さっき◇◇に言われたんだけどさぁ,なんであたしになるワケ~?そもそもね・・・」と愚痴をこぼしにくる.

・・・このように無数のヒトがひっきりなしにやってきて,少しおしゃべりをして去っていく.

そう・・・,ここはいわば病理検査室という名の「談話室」である.

あるいは飲んだ帰りにふと立ち寄る「小さな居酒屋」とか「お茶漬け屋」みたいなもんで,さしずめノコさんはそこの女将といったところか.

いちおうノコさんの名誉のために付け加えておくと,おしゃべりはするがやることはしっかりやっていて,病理の仕事に関しては文句のつけようがない.



ノコさんは,非常に親しみやすいオーラを放つヒトである.

老若男女を問わず,ノコさん相手ならしばらくは会話が弾む.

そもそも気難しくへそ曲がりのヘンテコ病理医(=シノ)までも上手に操る技はたいしたもの.

ニコニコしながら「すいません,シノ先生,・・・・・お願いできますか?」と言われると,「まぁしょうがないな~,いいよ」となってしまう.

今日も標本を読み終え「さあ帰ろ!」とした矢先に,ニコニコ笑いながら「すいません,シノ先生・・・」ときた.

まぁしょうがないな・・・なんだかしらんけど・・・

「なんや?」

「報告書の所見に,〇〇が書いていなかったので,申し訳ないですが書いて頂けないかなって思って・・・」

報告書に書き漏れがあったので書いてくれ・・・という実にまっとうな依頼.

だが,どうも書き漏らした張本人はK先生であり自分ではない.

ならばK先生に頼むべきなんだけど・・・

「実は外科から急かされてまして・・・,すいません・・・」

こう展開してくると「出来んもんは出来ん!」とは言えず,「しょうがないなぁ・・・やってやるよ」となってしまう.


ノコさんなら多種多様な接客をこなすような女将稼業も勤まるかも・・・

細胞診の試験がダメ続きだったら?

勧めてみてもいいかもしれん.

この3月から法改正があって,ホルマリンを使用する職場では,その管理や環境基準などが厳しくなる.

ホルマリンとは,少し前からいわゆる「シックハウス症候群」の原因物質として注目されてきた物質ホルムアルデヒドの水溶液のこと.

殺菌防腐作用などが知られており,病院では手術や生検をした組織を漬けて固定し腐らないようにする(いわゆる「ホルマリン漬け」)ために使われる.

病理に提出されてくる検体の多くが「ホルマリン固定」されてくるので,自然に病院内のホルマリンが集中する場所となる.

よって,病院病理はこの問題の該当部門であり,したがって無関心ではおれない.



法改正後には,職場におけるホルマリン許容濃度が0.1ppmとなる.

少し前に病理の部屋のホルマリン濃度を測ってもらったところ,おおむね基準値以下だったが,ホルマリン漬けした臓器保管室はちょうど0.1ppmとでた.

こりゃいかん・・・ということで,適切な対応が求められるのであるが・・・


まず,ちょっと文句を言っておくと・・・

ホルマリンには発がん性があるというのは,たとえ世界に冠たるIARCのデータをもとにしているといっても,ちょっとというかまったくナンセンスである.

自分も「毒性試験」に携わったことがあるのでわかるのだが,人間社会ではありえないような特殊環境(メチャメチャ高い濃度でホルマリンに長期間さらすなど)での動物実験の結果をもとにしているのであれば,たとえIARCの評価であろうとも発がん性をあまり強調すべきではない.

それに「ホルマリンは(現状の使い方という前提条件下では)発がん性が無視できる」ことは,すでに疫学的に実証されている.

なぜなら,これまでにず~~~っとホルマリンを使ってきて,病理関係者にがん発生率が多いなどの有意なデータはない.

そんなデータがあるのなら,自分自身病理なんてやっていない.

それから「0.1ppm」という数値基準が厳しすぎる.

この数値をいつどうやって測るのかあまり知らないが,病院でこれを厳格に守ろうとすると想像するにホルマリンが使えなくなってしまうんじゃなかろうか?.

たとえば医学生が行う「系統解剖」は,ホルマリン漬けにされた献体を解剖していくワケだが,今後はホルマリンが「危険」らしいので,医学生全員が「防毒マスク」装備の上に解剖を行う・・・という日がくるかもしれん.

まぁ病理の立場から見ると「この法律って・・・なんじゃらほい」なのであるが,あんまり言うと各方面から叱られそうだし,文句を言っててもしょうがないので,いかに対策を打つかということになる.



で,わが西日本大病理部でもこのホルマリン問題の対策を模索中である.

朝の全員ミーティングでもさっそく激論が交わされた.


K技師「ちょうどいい機会だから,仕事の仕方を見直して,ホルマリンがあまり出ないようにする“元を断つ”作戦をすべきと思いますが・・・」

主任さん「そうね・・・でも元をできるだけ断つと言っても,ホルマリンは使わざるを得ず,限界があるんじゃないの?それだったら,ホルマリン除去装置を病院に買ってもらったらいいんじゃない?」

K技師「出たものを除いても,元が対策してなかったらいかんでしょう・・・」

主任さん「元の対策よりも,やっぱり除去装置が大事だし,何より楽よね・・・」


・・・激論と言うよりは平行線と言ったほうがいいか・・・

自分としてはやはりピュアなにっぽん人ゆえ,どちらかと言えばK技師の「元を断つ」作戦に共感してしまう.

必要って言ってなんでもかんでも買ってもらえばいいっちゅうのもなぁ・・・

好きじゃないなぁ・・・


主任さん「どう思います?シノ先生?」

シノ「ん~・・・両方ともいいことだから両方ともやろうか・・・」


ここで一同から「さすがシノ先生の大岡裁き!」と感嘆の声が上がるかと思ったが・・・あるワケないか・・・
「真に大志ある者は,克く小物を勤め,真に遠慮有る者は,細事を忽にせず.」

『真に大志ある者は,小さな事柄をも粗末にしないで勤めはげみ,真に遠大な考えを持っている者は,些細な事もゆるがせにしない.』
(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)





<しの訳>
大きなコトをなそうとしたり,あるべき将来を具現化しようとすると,小さなコトの丁寧な積み重ねが大事である.

大きな仕事をしようとすれば,その過程で様々な関門をクリアせねばならない.

それらの関門はたとえば今までの目的・材料・やり方・前提条件の見直しだったり,携わるヒト達のコミュニケーション・教育・モチベーションの不足だったりする.

それら一つ一つは地味で面倒で小さなことかもしれない.短期利益は見込めず,見栄えも良くないし,協力者や共感者は少数かもしれない.

が,こうした小事を疎かにして過ぎたり軽視したり後回しにすると,後に大きなしっぺ返しのような形で帰ってくる.

やっぱコツコツと地道で丁寧な仕事を心がけるのが重要で,そうすれば小事のみならず大事をなすことが可能ということか.

それに,真に大志や遠慮を持つ者は,その行動に一貫性があってブレが少ない.その姿勢も,小さなコトもいい加減にしない継続性につながっているのだろう.
年度も押し詰まってきた今日この頃,管理人は報告書や申請書などのペーパーワークや事務的な根回しなどに振り回されている.

今日は,この4月から西日本大病理部で一緒に仕事することになったアミを,上司となる検査部教授のところへ挨拶に連れて行った.

事情が大学病院ならではなので少し触れておくと,西日本大病院には検査部と病理部がある.

それぞれに部長と称する教授がいて,機構図のうえでは独立している.

しかし,実際に働いているヒトのレベルでは,検査と病理はごっちゃになっている.

たとえば,実際に病理で働いている技師さん6名の内訳は,名簿上も病理部所属のヒトが3人,検査部所属のヒトが3人となる.

同じことがドクターレベルでもあって,病院病理を専任とする医師3名のうち自分を含めた2名は病理部所属,K先生が検査部所属である.

そんなもん一緒にしてしまえばいいやん・・・とか,実際に働いているところの所属に配置換えにすべきやん・・・とか,いろんな意見が出てくるだろう.

が,まぁこういうねじれたことをすんなり合理的にまっすぐにできないのが大学病院らしいところである.

で,名簿上の新しいボスとなる検査部教授にアミを紹介することになった.

ちなみに,現在は病理学講座の大学院4年生のアミは西日本大出身であり,学生時代に検査部教授の講義は受けているはずである.


「・・・失礼します,シノです」

「お~,シノ君か」

「実は,今度の4月からK先生に代わって病理で働いてもらうことになったアミ先生を連れてきました」

「あっ,そうかそうか」

「はじめまして,アミです,よろしくお願いします」

ついで,検査部秘書さんにも挨拶する.

「こんど,K先生の代わりに働きます.アミといいます」

「検査部秘書の〇〇です」

ひととおり丁重に挨拶を済ませて退散する.


「挨拶まで同行して頂いて,シノ先生,ありがとうございました」

「アミ,おまえなぁ・・・ぎゃ~っはっはっはっはっ・・・」

こらえていた笑いが爆発!

確かに検査部教授が学生全員の顔と名前を覚えていないのは当然だし,教授にとってはアミはほとんど初対面に等しいかもしれん.

しかし,学生時代にいちおうお世話になった恩師の一人である教授に対して,「はじめまして」などと自己紹介する教え子はアミしかおるまい!

「おまえ,やっぱ相当アホやな」

「え~・・・なんか変なこと言いましたっけ?」

「誰に向って,はじめましてや?」

「・・・検査部教授です」

「ホントにはじめましてか?」

「・・・そう言えば・・・変なこと言ってしまいましたね」

「おまえは病理の勉強の前に,社会人のための基礎マナー集みたいな本を読め!」

「そういえばシノ先生・・・」

「なんや?」

「あの秘書さんの名前ってなんでしたっけ?」

「・・・・・・・・」

どあほ,それくらい聞いてこい! 

まったく世話が焼ける・・・
今日の外勤先の市中病院でのこと.ここの病院の熱心な病理技師さんのことは以前に書いた.

この病理技師ノコさんと世間話をしていたところ,「細胞診検査士」の話題に自然に移ったため,思い切ってもう一度ペップトークをかますことにした.



「細胞診検査士」の説明をもう一度しておくと,この資格は病理技師さんが持つべきと言うか,今後必要なと言うか,持ったほうがよいものである.

剥がしたり溜まったりした細胞を集めてきて,顕微鏡下にその中から「ガン細胞」を見つけるのが仕事となる.

「ガン細胞」と一言でいっても,数限りない種類がある.

それにたとえば同じ肺がんと名前が付いていても,それぞれの細胞はすべて微妙に違う.

たとえるなら,人間の顔は基本的に眼二つ・鼻一つ・口一つがついているが,それらが形作る顔つきはそれぞれのヒトで全く同じではなく微妙に違うことに似ているか・・・.

そんな細胞の集まりを丹念かつ緻密に見て,「ガン細胞」を見つけ出すには,それ相応の知識と経験が必要になる.

その知識があると保証し認定してくれる資格が「細胞診検査士」である.

この資格試験だが,それほど簡単な関門ではない.

けっこう真面目に勉強して,いろいろな細胞をけっこうがんばって顕微鏡で見ておかないと,合格は覚束ない.

技師さんは,日中は通常の病院業務をこなさなければならず,試験勉強となるとアフター5にしなければならない.

そういった勉強に専念できない環境もあって,合格までに何年も要するヒトは珍しくない.



さて,ノコさんはこの細胞診検査士の資格を持っていない.

なにせずっと一人でやってきたし,病院や技師長からの指示もなかったため,必要性を感じることなくしたがって試験を受けてこなかった.

今まではそれでよかったが,時代の流れや病院の性格が変わったこともあって,それがないと病理をやれなくなってきた(らしいが,詳しい理由は聞いていない).

「いまさら勉強できないし,もうそろそろ(病理を外される)かな・・・って思ってます」

それを聞いて何を宣っとるんじゃ~っとつい力が入り,試験を受けるために勉強せえっと説教してしまったのが2か月前.

しかし,その後ノコさんからのレスポンスはまったくなし.

・・・あんだけ言ったのに・・・

・・・やっぱウザいだけだったか・・・

残念だが力及ばずか,とほとんどあきらめていたのだが・・・


「あのなぁ,ノコさん.あんたは一歩前に進まなアカン!」

「・・・はぁ・・・」

「何も考えず,細胞診の勉強しますっと言いな!」

「・・・はぁ・・・」

「やる前に考えちゃアカン!やってから考えな」

「・・・はぁ・・・」

「やってみれば,細胞診って自分に合うな・・・とか,やっぱ自分好みじゃないわ・・・とか,こっちの勉強がしてみたい・・・とか,なにかが見つかるんや」

「・・・・・・・・」

「だから,とにかく何も考えずにやってみな」

「・・・・・・・・」


しばらく考えていたノコさんから,「・・・わかりました,実は悩んでいましたが決心しました,やってみます」という返事をもらった.

それにしてもこの説得の文句,どっかで読んだなぁ・・・と思ったら,先日の記事の内容そのもの.

少しはためになってるか・・・

一歩を踏み出そうかどうか迷っていたノコさん.

その背中をチョンと押してあげることができた.

とてもうれしかった.