『しのゼミ』 -72ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

外勤先のとある病院の検査室でのこと.

検査室の某技師さんとしゃべっていたら,意図せぬかたちで深刻な話になってしまった.

話の内容は,検査室でやりたい仕事(病理関係)がやらせてもらえないというようなこと.

その若手某技師(女性)さんは細胞診検査士の資格は持っているのだが,その資格の活躍の場である肝心の細胞診スクリーニングの仕事をさせてもらっていない.

その病院は彼女という細胞診検査士がいるにもかかわらず,細胞診のスクリーニングの検査全般を外注に出している.

なぜかはわからない.

おそらく一つではない理由があるんだろうし,そもそもその事の良し悪しに言及するつもりはない.

まあ想像するに,技師数の問題や,検査室内の人間関係などが複雑に絡んでいるんだろう.


あまり他の病院のことに顔を突っ込んでかき乱すようなことをしてもなぁ・・・と思ったけれども,彼女の「細胞診スクリーニングをやりたい!」という言葉を聞くと無下にするわけにもいかぬ.

スクリーニングの仕事は,毎日見続けることで「勘」を保ち育てていく必要がある.

それにせっかく取った資格を活用してくれない職場なんて,自分の存在意義を無視されてるようだし,肝心なモチベーションも上がらない.

そもそも,資格があるのでやらせてくれって,ちゃんとアピールというか主張はしたのかな・・・


「・・・で,スクリーニングをやらせてくれってちゃんと言ったワケ?」

「やりたいとは思いますけど,検査室全体の考えがあるんだろうし,私が我慢すればいいわけだし・・・」

「資格があってやりたいのなら,そうすべきだと思うけどね.長い目で見れば,必ず病院のためにもなるし・・・」

「でも・・・外注すれば,私よりも確かな判定が帰ってくるわけだし・・・,全部自分でやれっとなると,経験もそんなに無いし,正直自信もないし・・・」


・・・その時,である.

何かが湧きあがってきて,言わなくてもいいことを言ってしまった.



「あんたね,自信無かったり責任取りたくないんだったら,スクリーニングできないよ.そんなんだったら医療職やめな!




あ~あ,言ってしもーた・・・・・出した言葉は取り返せない・・・・・



「そう・・・・・ですね・・・・・」と彼女は言いつつ,ポロっと涙が一粒.



あ~あ,泣かせちゃった.

なにやってんだか・・・・・



「・・・スクリーニングっちゅうもんはやな,何度も失敗して叱られないと,一人前にはなれんぜ」・・・と話を続けていったが,後味は極めて悪い.


女性の涙は最終兵器である.

これを突然見せられるとやっぱり動揺する.

言わんでもよかったんちゃう?とか,余計なお世話か?とか,こちらも過剰に引いて考えてしまう.


結局は自分でスクリーニングをこなしたい(外注はやめて)という希望を技師長にはっきりお願いする・・・ということで話はまとまった.

うまくいけばいいのだが・・・.
「今人率ね口に多忙を説く.其の為す所を視るに,実事を整頓するもの十に一二.閑事を料理するもの十に八九,亦閑事を認めて以て実事と為す.宜なり其の多忙なるや.志有る者誤って此窠を踏むこと勿れ.」

『今時の人は,口ぐせのように忙しいという(こんなに多忙では,本も読んでいられないという).しかし,そのしているところを見ると,実際に必要なことをしているのは十の中の一,二に過ぎず,つまらない仕事が,十の中の八,九である.そして,このつまらない仕事を必要な仕事と思っているのであるから,これではいそがしいのももっともなことだ.本当に何かしようとする志のある者は,こんなあなに入り込んではいけない.』
(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)





<しの訳>
「忙しい」は禁句である.

「忙しいから無理・・・」なんていう理由はまったく道理が通らない.「やりたくない」の方がまだ正直で許せる.

考えてみれば,すべてのヒトが短い人生でいろんなことをやらなければならないし,更にあれもこれもやりたいと思っている.極論すれば,忙しくないヒトなんていないと思う.

「忙しい」のは生きていれば当然のこと.

ならば,「忙しい」というワケのわからない理由でもって,自分を誤魔化すのはやめよう.
図書館で見つけた『プロ交渉人―世界は「交渉」で動く』を読んだ.

著者は若かりし時から国際舞台での活躍を夢見て,米国の大学院を卒業し,ミネソタ州大で教鞭をとる傍ら,オリンピックや各種国際大会などの招致活動に多数関わったというキャリアを持つ.

自分はあまりTVは見ないのでよく知らないが,コメンテーターとしても活躍されているそうなので,お茶の間では有名な方なのかもしれない.


「交渉」とは,他者との利害関係を調整するかたちで,自分の意図する物事を押し通していく手法である.

現実的即物的功利的な立場で,相手を押したり引いたりの駆け引きは,非常にどろくさい人間臭さが漂ってくる.

交渉では相手に全勝してはいけない.かといって全敗してもダメ.6勝4敗くらいでちょうど良しとしなければならない.

そもそも日本人は交渉することに慣れていないし,はっきり言って下手である.・・・そんな文化比較にまで踏み込んで,交渉術の極意が説かれている.


たとえば日韓共催となったワールドカップサッカーの招致合戦やオリンピックでの報道秘話の類など,興味深い話題が満載である.

加えてとても一冊の本では語りきれない著者の実体験を元にして,いろんなきわどい話題がさらっと触れられている.

実際に読みながら話題の端々でえ~っとかお~っとーとか,思わずつぶやいてしまった.

しかし守秘義務に引っかかるのであろう,それぞれの話題にはそれほど深くは突っ込んで述べられてはおらず,あくまで極意を述べる具体例として取り上げられているにすぎない.

もうちょっとその舞台裏を教えて・・・というゲスな考えも芽生えてくるが,本書はそのあたりの節度が適度に守られていてちょうどいい.

昨今の「裏の裏の裏まで」暴露してしまう風潮にうんざりしている自分にとっては,心地よい「ちらりズム」であった.



しの的読後感:語りたくても語れない・・・そんな秘話が多すぎるんだろうな.

こんなヒトにお薦め:もめた時に,すぐにどうぞって譲ってしまうヒト


プロ交渉人―世界は「交渉」で動く (集英社新書 419B) (集英社新書 419B)/諸星 裕

¥714
Amazon.co.jp

長男いっ君は,この4月から6年生.

扱うのが難しい年頃になってきた.

周りに触発されて塾通いをし始めたが,根っからの「遊び好き」ときている.

いっ君にとっての塾通いの目的は,勉強は二の次であり,どうも新たにできた友人とつるんで遊ぶことらしい.

先日も父が仕事帰りにいっ君を塾まで迎えに行ったところ,待ち合わせた時間を15分過ぎたにも関わらずいっ君現れず.

心配した父が塾の先生に状況を説明して塾内を探してもらったが,いっ君見つからず.

心当たりのいっ君の友人宅に電話を入れても,いっ君見つからず.

どうしたもんかと途方にくれていると,いっ君がひょこっと現れる・・・という「塾エスケープ事件」が発生した.

どうも友人と一緒に塾をこっそり抜け出して,近くの図書館へ行って本(っていっても漫画だけど)を読んだり遊んだりしていたらしい.

父に説教されて,心配をかけた塾の先生にも自ら謝りに行ったいっ君.

しかし,果たしてどこまで自覚できていることか.

5年生でエスケープか・・・ちょっと早すぎるんちゃう・・・?

このままじゃいかんかなぁ・・・ということで急遽行われた家族会議の結果,今回の処分の一つとして「自習のために父と大学病院に行く」ことが決められた.

これまで父は,土日のどちらかを大学病院で過ごしていた.

大学病院病理は土日は業務がないので,静かな環境で日頃不足する教育準備や研究の時間に充てることができる.

そんな休日の大学病院にいっ君を連れていけば・・・

父の部屋は,デスクに顕微鏡とPCが置いてあるのみで,あとは標本やら医学書と論文やらのコピーが積まれた殺風景なもの.

子どもにとってはまったく面白みはないが,アカデミックな環境ではある.

これって絶好の学習環境ではないか?

しかも日ごろ触れ合う機会がめっきり少なくなった父親が一緒で,そんな父親の働いている姿が間近に見られる.

これって絶好の教育環境ではないか?

このような趣旨で処分が下され,さっそくいっ君と一緒に大学病院に向かうことになったワケだが・・・


今回はその一日目.静かな大学病院の病理部では,父が仕事をする傍らでいっ君が勉強中.

遊ぶものはなにもなく遊び相手もいないいっ君は,自然に勉強せざるを得ないと見える.

効果ありか・・・よしよし・・・



しかし・・・しばらくすると・・・



集中が30分ほどしか続かないようで,「はぁもう勉強は満喫!とっとと帰ろう.お父さんまだ?」とか「ドリンク買ってくるからお金ちょうだい」とかやたらと話しかけてくる.

まだ1時間くらいしか経ってないっちゅうねん・・・

ちょっと席を外している隙に,顕微鏡のステージに問題集をのっけて顕微鏡を覗き,「なんも見えんしわからんわ~」と遊んでいる.

問題集を拡大しても答えは見えんっちゅうねん・・・

今度は静かにしてるなぁ・・・と思ったら,隠し持ってきた横溝正史「悪魔の手毬唄」をこっそり読んでいる.

5年生で横溝正史は早すぎるっちゅうねん・・・


「お父さんの邪魔するなぁ~」とは言わなかったが,おかげで父の今回の仕事には普段の倍は時間がかかったか.

いつまで続くかわからぬがこの「大学病院自習塾」,

しばらくは続けてみようと思う.
「わずかに誇伐の念頭有らば,便ち天地と相似ず.」

『少しでも頭の中にほこりたかぶる気持があれば,それは天地の道理と相離れることである.』
(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)





<しの訳>
ほこりたかぶる気持ちは,社会の中で他者との関係を意識するときに芽生えてくる.

ヒトは社会的な動物なため,他者との関わらないことはあり得ない.

よって,他者と関わる際の心の持ちようの問題になってくる.

自然はほこりたかぶる気持ちがない.

引用書の付記には次のようにある.「山は高いといって誇らない.花は美しいといって誇らない.鳥は好い声で鳴いても自慢しない・・・」

いつかこんな境地に至ってみたいもんである(まぁ無理かな~).

せめて誇らず,遜らず,ありのままの自分をさらすよう心掛けたい.