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『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

「分を知り,然る後に足るを知る.」

『自分の身分の知れば,そう望外のことは望めず,また自分の天分を自覚すれば,現状で満足することを知る.』

(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)






<しの訳>

身の程を知り,自分は何をすべきなのかを知ることは難しい(特に若い時はそうだった).

年を重ねると,自分という人間がおぼろげに少しずつわかってくる.

自分は何が好きで何がしたいのか?

どんな性格や嗜好を持っていて,何に向いているのか?

どんなタイプの人が好きで,どんな人と気があうのか?

反対に,自分の不得意なことはなにか?

どんなコトやヒトが苦手なのか?

・・・そんなことがうっすらとわかってくる.

そんな俯瞰的客観的な視点が持てると,

自分の好きなこと=得意なこと=やりたいこと=やるべきこと

という図式が描きやすくなる.

そんな図式を具現できたら,

現在ある自分の環境や処遇に満足し,

すべてに感謝の念が湧いてくるだろう.

それと同時に忘れたくないのが,

いつまでも夢や希望を持って,

それをこだわって追求し続ける気持ち.

・・・・・死を迎えるその瞬間に,

感謝と満足を感じることができる人生を送っていきたい.
「アミのアホ・・・・・なにしてんねん・・・・・」

っと,ひとりつぶやいたところで何も好転するはずはなく,

ぶつけようのない怒りは内に溜まるばっかりで,

どうしよう・・・と冷静に少しうろたえつつ,

迷ってる時間があったら電話しろ・・・と言い聞かせて,

外科のO先生に何度も電話するがつながらず・・・・・.



若手病理医アミの術中迅速で,またまたトラブル発生.

術中迅速で提出された病変がAかBか迷う変化だったらしく,

「AかBか迷います」って言えばいいものを,

そのま~んま答えればいいものを,

なにがどうなったのかわからんが,

迷ったアミは「Bかもしれません」と答えたらしい.

それを聞いた手術医である外科O先生は,

患者さんを某科医師に診てもらって,

早々と化学療法(抗がん剤)の準備をしようとしたのだが,

患者さんを診た某科医師は,

「Bのタイプの病変は薬が効きにくいです」とハッキリ宣告し,

「ほとんどやっても無駄」的な物言いだったらしく,

患者さんは絶望的に気落ちしたらしい.

その後,必死の治療の薦めにも患者さんは耳を貸さず,

ほとんど医療拒否的な態度に硬化してしまって,

生まれ故郷へ帰って治療はせず・・・という「自宅療法」を選択し,

明日にでも退院して田舎に帰ろう・・・という予定だったらしい,



過去標本を見直して,

アミのしでかした術中迅速の間違いに気づいた時には,

その患者さんの話はそんなところまで進んでいた.

「まったく,あのアホのせいで・・・・・」

・・・ついついそんな言葉が口をついて出てくる.

しかし,

自信があれば自分でやってみろっと言って,

術中迅速をアミに任せたのは自分である.

付かず離れずして,

がんばってやれ・・・などと言っていたのは自分である.

一つの間違いや不具合で,

彼女や教育システムを否定するのは好きではない.

元はと言えば,自分が言い出してはじまったこと.

やはりしっかり尻拭いはさせてもらおう.



やっとO先生の電話がつながる.

「・・・・・すいません,病理のシノです.ちょっと悪い知らせが・・・」

「えっ,なんでしょうか?」

「実は,・・・・・(中略)・・・・・っということで,術中迅速をちょっと見誤ったかもしれません」

「・・・っと言うと,Bではなかったということですか?」

「もう少し調べてみないと分かりませんが・・・・・おそらく・・・・・」

「・・・・・そうですか・・・・・」



俎上の魚状態で,相手の出方を伺う.

・・・叱られるかな?・・・

・・・寛大さを見せてくれるか?・・・

いずれにせよ間違えたもんは早めに訂正するに限る.

短期的には叱られるが,

長期的には絶対にマイナスには働かない.



すると・・・・・

「イヤ~,シノ先生,助かりました.ありがとうございます」

「はっ?」

「患者さんが気落ちされてしまって,どうしよう・・・と思っていたんですよ」

「はぁ・・・・・」

「Bじゃないとすると,治療の可能性が広がりますし,Aならますますいいでしょうし・・・」

「そう・・・ですね」

「イヤ~,シノ先生,ありがとうございます,ホントに助かります」

「はぁ・・・」

「これで患者さんも少し元気出してくれるでしょう」

「よかったんでしょうか・・・・・」

「イヤ~,シノ先生,これからもよろしくお願いします」

「いえ,・・・・・こちらこそ」



間違えて謝ろうとしたのに,なんか知らんが感謝されて,けっこう複雑な心境・・・・・

叱るべき時は叱ってくれ~~~
病理講座の秘書さんから電話がかかってきた.


「・・・実はボス先生なんですけど,いま大学病院に入院してらっしゃるんです」

「・・・ええっ?・・・はじめて聞いたわ・・・」

「シノ先生にはお伝えしておらず,すいませんでした・・・」


先日にみんなに見送られ.医学部教授を退官されたボス先生.

退官後は,この4月からとある組織の施設長になった.

地方マスコミへの露出度は高くなったような気がするし,

その意味では大学教授よりさらにえらくなったんかもしれん.

今ごろはシノたちのこともすっかり忘れて,

新天地で悠々自適と想像していたのだが,

いきなり大学病院に舞い戻ってきているらしい.

しかも患者として・・・・・



「どっか悪いの?」

「病状は詳しくは知りませんが,とりあえず○○○号室まで来てくれとの伝言を受けました」



手ぶらだけどとにかく早速向かった○○○号室では・・・・・


「失礼します,シノです」

「お~う,来たか」


だだっ広い個室のベッドに横になったボス先生は,なにか資料を読んでいる.

酸素投与のためのチューブを鼻にあてているが,意識はあってしっかりしゃべるし,しっかり動けそうに見える.

なんとなく元気っちゅうか,特に変わらんっちゅうか,ピンピンっちゅうか・・・・・

となると,脳卒中とか交通事故系のアクシデントではなさそうだ.

だとすると糖尿病・心筋梗塞・狭心症あるいはがんとなってくるが・・・・・

酸素投与がポイントだとすると,狭心症や肺がんあたりが鑑別か?

冗談好きのボス先生なので,大穴として「仮病」というのもいちおう挙げておかなきゃ.

ひょっとするとマスコミ対策とか新組織における派閥抗争からの一時避難とかで,

「隠れ蓑的入院」っちゅうのもあるかもしれん・・・・・

まぁそんなTVドラマに出てくるような大物政治家ではないけれども・・・・・

秘書さんはじめ,なんか緘口令がしかれているのも気になる.

・・・・・ひととおり貧困な想像を廻らせて,

狭心症あたりを本命として,

肺がんを対抗とする.

大穴の仮病は,

ボス先生の性格上どうしても外せない.





「先生,どうされたんですか?」


「イヤ,実はカゼをこじらせたみたいで・・・」


「カゼですか・・・(な~んや)」


「あんまり人には言わんでくれ・・・」






ボス先生のやることは昔から大きくて派手なので,「隠れ蓑的入院」あたりがお似合いかと思っていたが・・・・・

残念ながら「仮病」でもなかった.

しばしお話をして,お見舞いの品を「ちょっと持ってってくれ」と言われるがまま少し頂いて,退散した.

何しに行ったんだか・・・・・よくわからん.
外勤でお世話になっている市中病院へ伺った際に,

検査技師長さんを捕まえて,

今年度の技師さんの人員配置・補充計画などについて聞き取り調査を行ってみた.

技師長さんの空いた時間を見計らって,

「・・・っというワケで技師長さん,ヒト探してませんかね?」と聞いたところ,

「探してます.うちはこの春に2人が産休で抜けるので,誰かおらんかと思ってました」

・・・・・これはいけそうか?・・・・・

「条件としては,やっぱパートですかね?」

「そうなります・・・パートでよければすぐに来て欲しいですけどね・・・」

「常勤はどうですか?」

「シノ先生,すぐに常勤は無理です.今時常勤枠を増やすような病院はこの界隈にはないですね・・・」

「仕事の内容は?」

「最初は心電図あたりから始めてもらって,本人のやる気次第で心エコーや・・・」

・・・・・はぁ~やっぱり・・・・・



若手技師で職探し中のYさんであるが,

その就職活動状況は氷河期と形容してもよく,

未だ内定には程遠い状況である.

氷河期って表現するのは少し言いすぎなんだけども・・・・・

正確に言えば,仕事内容が「病理」と限定すると,

なかなか就職先は見えてこないという状況.



別に仕事内容にこだわらなければ,常勤への道もないではない.

たとえば「生理検査」を担当してくれる女性技師さんを望む病院は少なくない.

しかしとうの本人のYさんが,「生理はいやで病理」ときている.

とりあえず最初は生理でやってみてそれから病理に・・・・という懐柔案にも決して首をタテに振らない.

Yさん本人もなかなかというか相当頑固である.



そんなYさんは年度が替わって現在は大学の実験助手となった.

最初は,実験的雑用的な瑣末なことの手伝いが仕事となる.

いろいろややこしいことが起こるので,病理部のルーチーンからは完全に外れている.

気心知れたYさんなので,こちらもいろいろ気楽に頼むことができて,午後3時ころまではあれやこれやの雑用をこなす.

午後3時以降は,細胞診標本を見たり勝手に薄切や染色をしたり好きなことをしたりで,夜の8時過ぎまで居残っている.

傍で見ていると随分と楽しそうである.



こちらもYさんがいてくれてありがたいし,Yさん本人も楽しそうなので,薄給で不安定な非常勤なんだけどしばらくはこんなんでもいいのかなぁ・・・・・とふと思ってしまう.

これまでは,絶対に常勤職をあてがってあげなきゃいけないし,それが本人のためだと信じてきた.

非常勤なんて薄給で不安定なポジションは,短期的には楽しいかもしれないが,長続きはしまい・・・・・・・・

しかし,たとえ非常勤であっても肝心の「働き甲斐」を感じることができる職場の方がいいという考えもあろう.

今現在の働く環境が充実しそれに満足していれば,しばらくはこれでもいいのかもしれない.

「常勤=安定=正しい」という図式は,なんだか昔ながらの古い価値観をYさんに押し付けているようにも思えてくる.

ヒトの価値観・人生観・幸福感なんて千差万別であり,もう少しYさんの価値観に基づいた意向などを汲んであげる必要があろうか・・・.



ってな感じで,斡旋者(=シノ)の方針は揺らぎぐらついているが,

とうの本人は将来は不安だけども楽しければこのまま非常勤でもいいじゃん・・・というなんとなく軽い発想(もっと真剣に重~く考えてくれよなー)であり,

なんだか混沌としてきたYさんの就職戦線.

いったいどうなることやら.
この春に退官になるボス先生の「最終講義」が先日に行われた.

一般に教授先生が退官になる時は,最終講義と銘打って教授先生の大学における研究業績の話を聞く機会が設けられる.

まぁ,細分化された非常に狭い研究分野における「自分史」というか「昔話」を聞かされるわけで,はっきり言って勉強になるわ~とか是非聞いておかなきゃ~という類のものではない.

大学におけるこの「最終講義」は,学会における「宿題報告」とか「記念講演」とかに似ている.

「教育講演」ほどには勉強にならんし,「市民公開講座」的なものよりは講師が有名でないし内容つまらんし・・・・・

なによりも講演者のメンツというか名誉が重要視される類のものと言ったらいいか.



会場となった医学部会館講堂には,100名をゆうに超すヒトが集まった.

このような「講演者メンツ重視系」講義にはあまり出たことがなく,

「最終講義」なんて実は初めての出席なので,すこし驚く.

出席者としては,医局関係者は勢ぞろいなのは当たり前だが,春休み中の学生がちらほら(出席取ってないのに・・・・えらいね).

それに,退官された名誉教授や近隣の病医院のお偉いさんなども散見される(わざわざご足労いただいて恐縮です・・・・・).

最後だからやっぱりとか,お世話になったからとか,一応立場上とか,つきあいでちょっととか,顔だけでも出しとこかとか,記念にとか・・・・・

理由はともあれ,けっこう盛況である.



講義は,「今まで多くの先生方の退官に際し最終講義を拝聴してきましたが,自分もやってみたいな・・・と思っていました」という“ツカミ”から始まり,会場の笑いもあって和んだ雰囲気となる.

前半部分は自分の入局以前のことなので,知らないことが多かったが,

後半になると,自分も関係している懐かしいデータや苦労した実験のことが次から次へと紹介されていく.

全体としては,よくもまあこれだけ飽きもせず実験してデータを発表してきたなぁ・・・と誰もが思う内容であった.

途中にいくつか笑えるスライドや小ネタも用意してあって,

それには自分も登場しており,

ホントは三枚目は似合わないんだけどと思いつつ,

懐かしいスライドの写真に思わず笑っていた.



最後の謝辞スライドでは,医局員一人一人へのコメントがあって,

自分に対しては入局時のエピソード紹介があった.

実は医学部卒業時に進路で大いに迷ってボス先生に相談に行ったら,

まるで人さらいのように病理に入局させられるはめになった経緯がある.

そんな拉致的勧誘のエピソードも,再びみなの笑いを誘っていた.

講義後は,秘書さんとたくさんの学生達から贈られた抱えきれない花束を胸に,

照れくさそうにそして少し寂しそうに退場されていった.



その後に,医学部病理医局に顔を出すと,

「シノ君のことを肴にして笑いを取ってすまなんだね」とボス先生に言われた.

「いえいえ,おもしろかったです{本望でございます)」

そしてあらためて「おつかれさまでした」と申し上げた.

何かの縁で病理を選んで,その縁でずっとボス先生のもとで仕事をしてきたことを,

誇りに思うし感謝したい.