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北海道限定の鉄道ブログ

北海道の鉄道についてならどんな分野にも手を出す人のブログ。
乗り鉄・撮り鉄・Nゲージ・プラレール・廃線探訪など

書き残している保存車をどんどん書いていきます。

 

今回は、2021年8月の日帰り宗谷岬ツアーで行っていた道北エリアのD51型蒸気機関車を取り上げていきます。道北エリアにも多数の蒸気機関車があるうえに、なぜか連番で保存されていたりと、面白いです。

 

1台目は、和寒町公民館に保存されているD51-337号機です。

個人的にはマイナーな位置の保存車、といいつつ、屋根がしっかりついていて状態もいい感じです。

よく見たら副灯付きですね。副灯どころかヘッドライト自体が盗まれたりして無くなっていることもあるので、副灯を含めて残っている例はちょっと珍しいです。

 

場所はこちら、和寒駅から徒歩で歩くこともできます。名寄以南ということで、本数も多く、電車で行ってみるのもいいかもしれませんね。筆者が車で行ったのであんまり偉そうなことは言えませんが。。。

 

尾灯もしっかり入っていてスゲー状態のいい1台かと思われます。灯火類がここまで現存する個体は滅多にないですよ~~~。

 

ちゃんと中にも入れます。でも写真を撮っていませんでした。まぁどこも同じD51だから←

 

 

 

続いては、和寒から特急の停車駅で一つ上、士別市にあるD51を見ていきます。

こちらは屋根がありません。ヘッドライトは副灯付きで…すが、画像をよーーーーくみると…?

D51-397です。こちらは車内には入れないです。

 

士別市郊外のつくも水郷公園というところに、このD51は保存されています。

場所は士別駅から直線距離でも2.5km、道のりにして4km弱といったところでしょうか、ちょっと歩いていくには厳しそうな場所ですね…。

 

横には腕木式信号機もあり、かつてはこの公園のふちを線路が通っており…というわけではありません。SLの保存時に設置されたもののようです。可能性として、かつての私鉄、士別軌道線がこのあたりを通っていたため、その線路跡を使用した可能性が0ではないのですが、士別軌道自体がナローゲージ(762mm幅)のため、1067mm幅のD51を置くには少なからず線路を再設置する必要があります。加えて、士別軌道の廃止は1960年より前。D51の保存が15年もあとの1976年なので、線路跡を使ったかどうかは微妙なところですね…。

 

ちなみにこのD51-397は追分機関区に一瞬配置され、SLの本線運転最後の日まで在籍していた追分機関区の生き残りでもあります。火災が起こった4月には既に士別に来ていたので助かった、というわけです。

 

こちらは尾灯もなし。状態だけでいうなら和寒の個体を見た方が価値はありそうな…?

 

とはいえ、このつくも水郷公園はゴーカートなんかもあり、親子連れの方にはお勧めのスポットです。SLは中に入れないので見るだけですけどね…(;'∀')

 

というわけで397号機でした。

…と、ついでですが、名寄市にある「キマロキ編成」の中にはこの次の

398号機がいます。なんと連番。キマロキ編成の先頭は9600型ですが、後方の押し機関車役にD51-398が入っています。ちょっと油断しがちですが、D51のコンプリートを目指したい、なんて方はお忘れなく。

 

先の397からの連番ですが、配置に関しては全く別のルートを歩んでいたようで、最終配置は名寄。ゆかりのある機関車が保存されたようですね。

そういえば、SLが保存されてから名寄本線が廃線になるまでってかなり期間があったのでは?と思い調べてみたら、その間は100mくらい離れた北国博物館の敷地に1993年まで保存されていたようです。

 

ではまた次回です~>゜))))彡

2023年に長年のキハ183系運用がおわり、キハ283系が代打を務める石北本線の特急列車。車両不足を理由に、札幌から直通する「オホーツク」が半分の2往復、残りは旭川ー網走間の区間便「大雪」となっています。

写真はどーみてもオホーツクです。いや、大雪1枚だけ撮ったんですけどヘッドマーク写ってないしいいかなぁ…と

 

 

 

このうちの、特急大雪は、既に2020年から設定日のみ(実質設定日運休)の臨時特急となっていますが、この大雪を快速化するという話が出ているようです。

 

元々基本編成が4両だったオホーツクから、キハ283系置き換え時に3両に減車され、それでも大雪では輸送力過多となっているんでしょう。

 

 ただ…特急大雪は区間便で、この列車を利用して札幌から移動するとすれば旭川での乗り換えを強いられます。電車が好きだったり、旅行慣れしていればあまり気にならないのですが、一般的な目線だと直通してないというのは、それだけで利用価値が暴落します。それなりの数の一般の方に聞いてのものなので、間違いないです。

 石北本線であれば、オホーツク紋別道という高速道路が伸び、高速バスが台頭しています。高速バスなら乗って寝ていればつきますが、昼間に走る特急大雪で網走に行くなら、旭川までの特急ライラックから、一度荷物をすべて持って立ち上がり、大雪へ行って自分の座席を探す、という工程ができます。この負担は特に高齢になるほど耐えがたいものです。

 

というわけで、私の夢物語は「1往復を快速化してでも、大雪を1往復オホーツクに戻してみては」です。現実問題知らないので、他にも問題はあると思います。

 それでも、札幌からの直通に戻した方が、人は乗るんじゃないのかなぁ…と思ってます。

 

 現在、特急オホーツク・大雪を全便運転すると、運用数は3.つまり同時に3本が常に走行できる編成数が必要となります。キハ283系は、コアとなるキハ282-0(車いす対応車)が5両、先頭車が11両で、5編成分となっています。そのため、車両不足を理由に行っている区間特急を全区間運転に戻すことできないというわけです。

 

一応4本蘇生できるので、かつてのオホーツク4往復(1→6・3→8・2→7・4→5)に戻せなくもないですが、予備1本での運転は、今のJR北海道としては厳しいでしょう(おそらく代走まみれになります)

 

直通3往復であれば、時間にも余裕ができるので、とりわけアホみたいに朝早く出ているオホーツク2号の時間も、大雪2号の時間に近づけられる気もします。

 

オホーツク1号→オホーツク4号(昔の6号)

オホーツク3号→オホーツク6号(昔の8号・今の4号)

オホーツク2号→オホーツク5号(昔の8号・今の3号)

の、3往復を運転して、この運用に足りない、現在の大雪2号→大雪3号(昔のオホーツク4号→オホーツク5号)を快速化…すると、現在の特快きたみと時間が近いですね…。

 

まぁ素人意見ですので、ゆくゆくは結果が出てくるでしょう。もしかしたらキハ283系がボロボロで、2運用に減らさないとピンチなのかもしれませんし。

 

 

 

というわけで、書きたいことを書きなぐったブログで本日は失礼します。

 

 

 

 

ではまた次回です~((+_+))

今回の軽自動車チャレンジではなく、昨年行ったものですが、どうやらブログの記事にしていなかったようですので…←

 

今回の軽自動車チャレンジ、樹海ロード日高から、音更の間まで下道を使うことで新得のこのSLによることが出来ますが、今回のツアーでは全員撮影済みなので、スルーしていました。

 

 D51-95号機です。前期型なのでナメクジとなっています。SL自体は詳しくないですが、このSLは運び込まれた経緯が面白いです。この保存場所、根室本線 新得~落合間の旧線。いわゆる「狩勝旧線」の横にあるのですが、保存の際にはその線路を使って運び込まれたのです。

 狩勝旧線は、新線付け替え後に実験線として線路が新得駅からすべて残されていたため、この線路を用いて軌道上で運び込まれ、旧狩勝線から分岐させた仮説線路を用いてここまで来たとか。

 

トレーラーを使って陸送する ということをせずに保存されたSLという点で非常に珍しいものとなっています。

 

とはいえ、北海道だけでも20両以上の保存があるD51。物珍しさはあんまり感じません(・_・;)

 

 ともあれ、こちらの撮影も住んでいるため、十勝エリアで残るは士幌線沿線と拓殖鉄道の8620号機ですかね。

 

 

ではまた次回です~(*‘ω‘ *)

いよいよラストの保存車両。9600型蒸気機関車です。本日3台目!!!!「59611号機」になります。手前の手すりがごついですね。せっかくなの今日見た9600型を同じ角度から見てみましょう。

 

愛国駅保存の19671。あんまり見分けがつきませんが、前のナンバープレートが愛国は赤いんですね。

 

日高の道の駅近くの79616はこうしてみると色あせてボロボロ…。こちらは前の手すりが無い…?

 

 

いずれ、道内の9600型をコンプリートした際には、再度全車並べたいですね。

 

というわけで、大樹町の59611に戻ります。大樹町の保存車は、大樹駅跡ではなく、大樹町役場前の柏林公園っていう公園の中にあります。駐車場が真横にあるので、見やすいですよ♪

 

 

 ちなみに、大樹駅は駅舎も残っており、ホームもあるみたいなのですが、保存車両は無いため今回は割愛。広尾駅跡等を見に来れる日があったら、その時に来てみますかね…。

 というわけで、軽自動車で700kmはこれにて終了。ここからすぐ近くにある忠類大樹ICから、札幌南ICまでノンストップで高速を走り切りました。

 

次は何を取り上げましょうかね…。

 

ありがとうございました!

ではまた次回です~(-ω-)/

今回の保存車巡りも今回で9か所目。1日で見られる数としてはかなり多いかも?

 

更別村を飛ばして、お次は忠類駅です。ここもまた駅舎が残っています。忠類駅は1面1線で、貨物用の側線があるタイプの駅です。wikiさんによれば、かつて老朽化により解体し更地にする予定があったようですが、地元住民の反対により今でも存続しています。

 

さて、保存車はこちらです。いい感じに国鉄貨物列車の体があります。雰囲気ありますねぇ…。

 

 保存されているのは、車掌車 ヨ6000型の「ヨ7908」が一番手前。次の車両はトラ70000型「トラ74718」 砂利とか積むタイプでしたっけ?最後がワム80000型「ワム187865」になります。ワムについては中札内駅跡に保存されていた車両と同型ですね。

 ワム80000型については、本来新系列有蓋貨車のため、中札内駅のように茶色に塗られるそうなので、この個体は保存のお色直しでまとめて黒く塗られたかも?とのこと。

 

駅については、本線の1線どころか、旧2番線…から残された側線も残っており、なかなか見ごたえがあります。ただ、ホームの端が崩れかかっているようで、入れないように策ができていました。…これは、修理されるか、このまま撤去されるか、どっちになるでしょうね…。

 

駅より帯広方を見てみます。2本の線路がぷっつり途切れています。老朽化した際に更地にする計画をやめて、駅を再整備したタイミングで、保存されるエリアが小さくなった、とwikiさんには書いてありました。ここまででも十分だと思います。

 

広尾方です。構内踏切の敷板がありますが、この踏切は当時からあったものなのでしょうか…?こちらも踏切から先でぷっつり途切れています。

 

駅舎のホーム側です。これまた古い雰囲気…つい最近見たものですと、抜海駅とかよりも趣がある雰囲気があります。ちゃんと中に入れて、展示物も何点かありましたが、ポスターが一番見ごたえありました。なにせ、廃線当時のポスターですから1980年台…。

 

さて、いい雰囲気の貨車を見たところで、さらに南下していきます。次がいよいよラストです。

 

 

ではまた次回です~(; ・`д・´)

前回に引き続き、広尾線の保存車を攻めていきます。

 

広尾線は、愛国・幸福・中札内・忠別・大樹に当時の設備が一部分でも残り、大正駅には当時っぽいモニュメント・更別・上更別や広尾にはモニュメントや跡が残るなど、かなりの設備が残っています。昔の大正駅・広尾駅・大樹駅跡には保存車両があったようですが、現在は解体か移動されているようです。

 

 

さて、そんな中札内駅は、駅舎等は残っていませんが、ホームの一部と、これまた珍しくワムが保存されています。

 

ワム等の2軸貨車と言えば、こんな感じで台車を外されて、ボディのみが倉庫として使われる例がほとんどですが、こちらのワムは台車ごと「保存車両」として残されています。

 

1両はワム80000型の1台、ワム82022…ではありません。きれいに塗装されていて、本当に状態のいい1台となっています。それにしてもなんでワムの保存になったのか(おかげで希少価値がありますが)

 

 こちらの車両は、元をたどると落書きがひどい個体だったらしくて、それを見かねて車両を解体…したのは1台だけ。残りは奇麗に現役と同じ色に再塗装されたそうです。ただし、車番については資料がなかったためか、ワム82022という車号になっています。ワムも専門外ですが、この個体はワム82022とは時代が異なる形らしく、少なくともこの車番でないことは確かの様です。

 

とはいえ、ネットを探しても本体を見ても記載が特に見当たらず、この2台のワムの車番は不明です。この車両の車番が特定される日は来るのでしょうかね…。

 

 ちなみに、残り1台は、公園の屋根付きの休憩場所として、トロッコ車両風に大改造されています。筆者はこういう有効活用大好きです← 開放的で、それでて屋根付きの空間に、机が並べられていて、「ノロッコ号」を思わせる内装となっています。取材日は女の子チームがここで遊んでいたので、細かい撮影は叶わず。音更駅跡の車両よろしく、ちゃんと使われている保存車両は、必要とされているということで整備もされるでしょうし、逆に安心します。撮れないけど←

 

とはいえ、人が映らないようなアングルからは撮れましたし、再履修をするか悩みますね…。

 

こちらのトロッコ改造車も車番不明です。調べてみましたがやはり情報は見当たりませんね…。

 

そのワム2両とは別の所に、レールと車輪が残っていました。こちらの車輪は解体されてしまった3両目のワムの車輪っぽいです。レールも中札内駅に敷かれていたレールを一部切り取って移設したものかな…?と思われます。

 

中札内駅跡は、ワムやホームを含めて公園として再整備されており、そのリニューアルがつい昨年(2023年)終わったようです。それまではこのモニュメントがワム82022の前に置いてあったっぽいです。

 

いい感じの公園となっておりました。

 

 

ではまた次回です~(-ω-)/

とてっぽの次は、いよいよ広尾線沿線に行ってみます。

今もあるのかわかりませんが、北海道内のお土産屋さんに行くと、どこからともなく「愛国 → 幸福」と書かれた、365日それぞれの日付の切符がキーホルダーで売ってたりしました。

 

その元ネタがこちら。広尾線にある愛国駅 と 幸福駅です。

ちなみに:この2駅間はそれなりに近いとはいえ、隣駅というわけではなく、間に大正駅をはさんでいて、10km以上離れています。

 

広尾線は、他の国鉄廃線と同様に、利用客低迷による廃線で、1987年廃止となっています。一瞬ですらJRになれなかった組です。北側へ向かう士幌線とは異なり、沿線は農業が盛んな地域故にベッドタウンになったところはなく、今残っていても特に利用は増えなかったかな…といったところ。

 

さて、「愛国→幸福」きっぷのうち、帯広側にあるのが愛国駅です。

・・・この写真だけだと、正直あと1時間くらい待てばキハ40とかH100がやってくるんじゃないのかと思えます。駅前通りもきれいに整備されていて、国道から駅前通りに入った瞬間の光景たるや、現役そのものです。

 

この駅からちらっと見えるSLが、また本物っぽくていいですね~~~。

 

というわけで、愛国駅には9600型蒸気機関車の19671が保存されています。SLの全廃が1975年、広尾線本線の廃線が1987年ですので、その間はどうしていたのかと調べてみたら、どうも帯広市内の公園に保存されていたようです。とてっぽ の十勝鉄道4号機ももともとそこにいたようなので、行ってみたら保存場所の跡とか残っているかも…ちょっと気になります?

 

今回見る蒸気機関車は、9600型とか8620型とか、旧制度車番(いわゆるD51とかC11みたいな表記じゃない)のものばかり…というかそれだけで終わりそうです。

 

帯広方を見てみます。

愛国駅自体は廃止時点で1面1線でしたが、道内で良くある交換設備撤去型ではなく、交換設備を使用していた際の側線がそのまま残る特殊なケースです…といっても、国鉄時代だと普通なのかもしれませんけども←

 

現在残っているのが、客扱いをしていた本線のレールとホーム。それ以外はきれいさっぱり公園になっています。

 

愛国の駅跡の横には、まだ帯広が近いことに加えて、国道も隣接していてアクセスがいいためか、モデルハウスが建っていました。そのため、ホームに止まる蒸気機関車の背景に、平成~令和のめっちゃきれいなお家が映り込み、さながらタイムスリップが起きたのかというカオスな空間が見れました。楽しい!

だいぶ見辛いですが広尾方向。こちらもホーム終端と一緒にレールも途切れています。きれいに公園にできていて素晴らしい感じでした。お手入れもしっかりされていますし。

 ただ、キャブの中には入ることが出来ませんでした。鍵がかかってます。

 

おまけ

 筆者のこの「保存車両」を追うシリーズでは、車輪・台車がない貨車を流用する「ダルマ」の保存・使用例は、キリが無いので取材の対象外としていますが…ちょっと特例

 愛国駅前には、売店として使われていたヨ3500型「ヨ4353」が残っています。愛国駅前の奇麗な様子とは打って変わって、放置されています。売店をやめたのはかなり前と思われ、かなりひどい有様です。ちなみに、音更駅に保存されていたものと同じ型式ですね。

 

 また来たいな、と思いつつ、次は幸福駅を見てみましょう。あ、愛国ー幸福間の中間「大正駅」は保存車が無いため今回は通過です。機会があれば覗いてみたいと思いますが、公園があるだけのはずです。

 

と着いたところで、すごいです

 愛国駅は、車を止めるスペースがあるといっても10台くらいで、止まってる車は私を含めて4台でした(1台は、実は映り込んでいますがなぜか帯広自動車学校!?)。しかし、幸福駅は30~40台は止めれる駐車場に加えて、観光バスから大量に韓国の方がいらしておりました。完全に観光地ですよこれ…。

 これまで、保存車と言えば蜘蛛の巣とサビとその他、虫やクマを警戒しつつ、けがをしないように探索するものでしたが、十勝エリアはみんな、ある意味で現役で使われています。音更の公園なんかは、子供が遊具として遊びまわってましたし、こちらは観光客まみれ。愛されてます。

 とってもいいことです。使われない見られない保存車なんて、一般から見れば廃墟ですし。

 ただ…その結果、人にカメラを向けないように気を使ったため、写真があんまり撮れなかったので、その点ご容赦ください。具体的には幸福駅の全体像とかとか。

 

 幸福駅ですが、その観光地としての現在の規模とは裏腹に、駅の構造自体は1面1線で脇線が1本もない超ローカル駅。開業当初からのようなので、仮乗降場上がりといったところでしょう。なお、ホームは例によって人が映り込むので撮っていません。みなさんも極力人の写るようなアングルは控えましょうね…人に嫌な気持ちをさせてまで撮るものではないです。(と言いつつ、どうしても映ってしまうこともあるんですけどね…)

 普通でしたら廃線時に跡形も残らないタイプ駅ですが、この「幸福」という駅名のおかげで、廃線後に観光地になるという、信じられないほどの大出世を遂げております。

 

幸福駅にはキハ22型の200番台が2台保存されています。まず1両目はキハ22-221 幸福駅跡に停車するような位置で置いてあります。観光地となってるだけあって、清掃がしっかりされています。反面、観光地なので、それなりにいたずらもされてます。一長一短ですが、中を探索できるという点では、こっちの方がうれしいかも?

 

車内も現役当初のままといったところ。ただ照明関係とかは死んでいると思います。観光地なので扇風機とかを復活させてもと思わなくもないですが、そこまでするほど収入が見込めるのかは…怪しいですね。

 

広尾側 - つまり駐車場側の乗降口のみ開放、空いているのは一般の鉄道と同じくデッキと客室のみで、運転台には入れません。

ただし、キハ22ですので、後ろの窓から運転台の写真を撮ることが出来ます。これは小樽とかでも同じでしたが、現在小樽は車内に入れなかった気がするので、案外貴重になってきたかも…。

 

 お色直し等も行われ、比較的奇麗な状態を維持してくれています。強いて言えば、字体は国鉄フォントではありませんね…このあたり塗装屋さんが頑張るしかないでしょうし、書いてくれてるだけでも御の字…。文字のお色直しについては、塗装前に文字がかすれているせいで修復前後で字が異なるケースも偶にあります。三笠とか。

 

 続いてはキハ22-238です。同じくキハ22の200番台です。これ2両も必要なのか…?

こちらは、幸福駅からやや広尾側の本線上に止まっています。

 

 せっかく2両いるなら連結してほしかった…というのが鉄ちゃんとしてのわがまま。別々に置いておけばそれだけで前後合わせて4か所で鉄道車両の先頭部と記念写真が撮れますから、観光地としてはこっちが正解なんだと思います。

 

車内も現役のまんまで休憩所扱いにでも…

なってませんでした。きれいにリフォームされ、展示スペースとなっています。わーお。

 

2両保存されているケースでの強みですね。1両が現役の姿なので、誰にも文句は言わせませんスタイル。いいと思います。

 

個人的に好きだったのがこちら。キハ22は、デッキ端の3か所だけシートが横向き(ロングシートと同じ向き)となっているのですが、リフォームの際にこの席は撤去は行わず、シートだけを外して板張りにしています。超カチカチのベンチシート(ガチ)です!(笑)

もちろん、このキハ22は立場上「休憩場所」なのでいいですけども、このキハ22が本線を走った日にはおしりと背中が大変なことになりそう(((((

 

…と、幸福駅にはもう1台。モーターカーが保存されていました。これ、ここに持ってくる必要あったんですかね…?観光地にあっても当然誰も見向きもしないからか、こいつだけは手入れされてないようで、蔦が伸びていました。本当に、何で持ってきたんでしょうね…。

 

…と、長くなりましたが 愛国 & 幸福 編はここまでです。次は中札内!!もう書くの疲れてきた!!

 

ではまた次回です~(-_-)

さて、道央から早350km以上。いい加減燃料も尽きてきたし、おなかも減りました。

というわけで、帯広に来た本命(?)、インデアンでカツカレーを食べてからの、燃料補給をしてました。さて、このまま帰るのが本来考えていたプランですが、この時点で14時過ぎ。日の高い6月ですし、まだ行けそう…。

 

というわけで、ここからが延長戦。まずは帯広市内にある車両を。

 

こちらがその車両です。帯広には昔、十勝鉄道という鉄道がありました。それもかなりの規模の鉄道でして、帯広市内を走る系統が2系統、これに戦後すぐに無くなってしまいましたが、清水町(十勝清水駅から分岐)に2系統。

 これに加えて、最近まで根室本線の横に専用線がありました。十勝では甜菜の栽培が盛んで、これをもとに砂糖を作る、製糖工場があります。この間の輸送なんかで鉄道がたくさん使われていました。帯広から接続するこの路線は、帯広市街地を通ることから、旅客輸送も行っています。

 

このSLと客車が保存されている場所はこちらです。

イオン帯広店の真横になります。イオンに車を止めて買い物等をしつつ見れるほか、帯広駅から道のりで1kmちょっとの距離なので、鉄道で行って歩いて見に行くことも可能です。

 

この十勝鉄道の帯広市街地路線 - 戸蔦・美生線は、一般的な在来線の1067[mm]軌道ではなく、いわゆるナローゲージ。762[mm]の軌道となっています。以前紹介した歌登町営軌道も同じだったはずです。

 

軌間幅が狭いということは、必然的に輸送量が小さく、車両も小さいということ

機関車もこんな感じで、カワイイです❀

 

当時の市民からは「トテッポ」という愛称で親しまれていたようで、その愛称からとって、ここは「とてっぽ通」と名前がついています。

 

客車もちっこいです。前回記事で紹介した、車掌車のヨ3500よりも短いんじゃないでしょうか。

 

客車表記は「コハ23」。表記の1文字目は客車の重量を示すのですが、一定以上軽いと「コ」の文字がつきます。近年走っていた客車ですと、スハとかオハが普通でしたので、コハなんてこういうところでしか聞きません。コハ…呼び方もちょっとカワイイ(笑)

 

元々の戸蔦線の本線後にあるっぽいです。線路が流用なのかどうかはわかりませんが…。

 

さて、この地点からさらに南に2.5kmくらいのところに、ビート資料館という場所があります。

以前、こちらも訪れる機会があり、様子を見に行きました。すると…

 

 

 

 

???????????????????

 

線路が轢いてありました。転轍機の切り替えレバーもあります。まるで昔からここにあったみたいな様子で、2021年5月の訪問以来、正体がさっぱりわかりませんでしたが、どうやら十勝鉄道のレールを移設したそうです。移設が2013年とつい最近ということから、帯広貨物-製糖工場間に2011年まであった専用線のものと推測されます。

 

同時に車両の保存でもするつもりだったのでしょうか。ちょうど車両を1両置くのにちょうどいいくらいの長さが敷かれています。十勝鉄道終了時の機関車に保存車両は無く、廃止時に残っていた機関車は、秋田港の鉄道へ売却したか、室蘭の製鉄所に売却したんじゃないかなと思います。(室蘭は推測です)

 

室蘭の製鉄所も、望遠でもいいから見てみたいんですよね…あそこには謎の機関車がいっぱい走っているようなので…。

 

 

 

ではまた次回です~( ^)o(^ )

…毎回、このセリフと顔文字を付けてますけど、なんだこの上の顔文字…。

さて、本来の予定は前回まで。日高1日ルートと呼んで、日高町(厳密には別件もあってトマムICの近くまで行ってから)から折り返して道央に戻るという計画でした。しかし、ここから100km以上走って道央まで帰るとなると燃料が心もとない。もちろん日高で入れるという手が正解だとは思いますが、筆者はなんとなく「帯広まで一度出てしまって、インデアンで優勝しつつ燃料補給して帰ってくればいいんじゃないか」…と思ってしまいました。

 

しかし、そうなってくると、十勝地方の保存車が目の前。未履修の保存車の場所に寄って行ってもいいのではないか?となりました。

 

…というわけで、やってきました。ここは音更町 交通公園。

元士幌線の音更駅があった場所だそうです。

 

音更町の縦に長い市街地のうち、一番北の、役場のあるエリアにあります。

今や音更町は帯広市のベッドタウンとして立派な街。今も士幌線が残っていたら人が乗っていた…んでしょうかね。わかんないです←

 

 こちらには3台保存車があります。1台は窓ガラスが全滅しているマックレー車。除雪車両の1両で、雪を左右の遠くまで押し出すことが出来るものです。最近のラッセル車の形状を考えると、あんまり除雪車っぽい見た目はしていませんね。

 三笠や小樽にも保存がありますが、車内に入れるのは音更のこの個体だけだったかもです。ただ、子供の遊具状態なので…。

 

後述の2台も同じですが、この日は子供さんが非常に多く遊んでいて、邪魔したくなかったので車内に入っていない車両が結構あります。

 

続いてはSL・・・・て、なんか中身が見えていますね…。

 

こちらは8620型蒸気機関車の48624、九州でつい最近引退した保存蒸気機関車と同じ型です。

SLが動く仕組みを理解させるためにか、中身が見える状態に切られています。もともと研修用の機材だったとかwikiさんに書いてありました。

 

8620型はSLが全廃となるギリギリまで帯広に配属があったようですが、この機関車はそれとは別で、だいぶ前に廃車となった機体らしいです。

 

こちらから見ると、完全な状態…だけど、正面の扉が閉まりきっていないのでちょっと外が見えてます。

こうみえても、北海道で唯一の国鉄8620型の保存車です。もう1台は私鉄発注機なので…。

 

私鉄発注機もここから近いですが、ここは優先順位の都合上、南下だけをしていきます。

もう1台も近いうちに、必ず決着をつけたいですが…。、

最後はヨ3500です。貨物の後ろ等に連結させていた車掌車です、ヨは3500とか8000とかいろいろ種類がありますが、どの車両もまぁまぁ保存例があった気がします。ですが、室内に入ることが出来るのはここ以外にあんまりなかったような…?

とはいえ、車掌車の中身は意外と普通なので…。

 

 

 

さて、次回はここからどんどん南下していきます~

 

ではまた次回ですー( 一一)

富内線の終点、日高町駅。こちら確か石碑一つ以外、一切の設備が残っていないそうですが、それとは別にこの日高町駅近辺…いわゆる国道274号の樹海ロード日高の街のところに、1台保存車両があります。

 

 

沙流川温泉…なんて名前がついていた記憶がありませんが「ひだか高原荘」という温泉施設の一角に、SLが1台保存されています。

 

こちら、9600型蒸気機関車です。79616って書いてあります。9600型も北海道ではよく保存されている機関車で、あまりSLは詳しくないため、SLだなぁ…という感想です。キャブには乗ることが出来ますが、運転席に金網が貼ってあるため、入ることが出来ません。

 

裏を返せば計器類にいたずらがされていないため、現役の姿の運転台を見ることが出来ます。

 

ちなみに:確か富内線を走ったSLはC11型なので、9600は来てないと思われます。

 

ではまた次回です♪