Whisky's Diary -9ページ目

帰ってきました

世界中クリスマス一色ですね。



一人は寂しいのでさっそくBARに行ってきます。



今日は特別な人も、いつも通りな人も、



乾杯!(^o^)丿

4日間程…

旅行に出掛けます。
暫くの間、更新をお待ち下さい。

BARクレインにて
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2010年12月18日

昨日、マッカランを女性に比喩して書いたが、実のところ私にとっては変わった例えではない。

私はよくモルトを女性に置き換える。

初恋の人であったり、嫁であったり、はたまた母親であったりと・・・。

ちなみに、昨日より紹介したマッカランは・・・高根の花でフラれた人(笑)。


女性にとっては失礼な話かもしれないが、これもまた一つの私なりのウィスキーの楽しみ方・・・。   ご理解いただきたい。


では、折角なので本日は私の“嫁”を紹介しよう。



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No.8 LAPHROAIG 30年(OB)


ウィスキーファンにとっては、一生に一度は訪れたいと願う島「アイラ島」。

いわばウィスキーの聖地とも呼べるこの地で長年「アイラの王」などと称されている蒸留所である。

世界に向けて瓶詰めしたシングルモルトを販売し始めたのは、1960年代のグレンフィディック蒸留所と言われるが、実は第二次世界大戦前のアメリカに「薬用」として輸入をしていた(当時のアメリカは禁酒法により酒類の製造・輸入等が禁じられていたため。   ちなみにこの時代、ジュースを飲んでいるかの様に見せるためアメリカでは様々なカクテルができたという・・・。結局、酒類の消費量が増えたそうな・・・)。


この蒸留所には、3人の堅物がいる。

創業者ジョンストン一族最後の人イアン・ハンター。

ラフロイグ中興の祖ベッシー・ウィリアムソン。

そして、前蒸留所長イアン・ヘンダーソンである。

共通点は「no harf measures」(中途半端はナシ)。

中でも、元々「3ヶ月間の臨時秘書」として雇われた、ベッシー・ウィリアムソンは、伝統のフロアモルティングを守り、シェリー樽熟成だった伝統も、バーボン樽熟成に軍配が上がれば、今後一切バーボン樽しか使わないといった型破りな拘りを貫き通した。


人から人に、情熱から情熱が受け継がれて、大切に、大切にこの個性的なシングルモルト蒸留所は守られてきた。


残念なことに、少しずつ・・・いや、極端にこの蒸留所のスタイルは変わりつつある。

皆さんは、例えば日本酒の販売権をアメリカの企業が持っていて、今までの日本酒が製造されなくなったらどう思うだろうか・・・?


そんなことが、今年は特に起きているような気がする。


命尽きるまで失いたくない愛おしいウィスキー。

それが、このラフロイグ30年である。