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牛首線、アテビオ林道(南砺市道水無白川線)(岐阜県、富山県)R.1.9.15

次の日、15日は朝からどんよりとしていて、山の上は雲がかかっているようでした。

 

  

 

天空の林道で霧を経験している私は、雲が晴れるまで道の駅の近くの川沿いで川を見ながらまったりと。

 

 

そうこうしているうちに雲が晴れ、牛首林道へ出発。

 

 

出入口の扉は立入禁止というよりは、獣害防止という意味合いみたいです。

(開けたら締める)

 

道自体はよく整備されていて、道幅もあり非常に走りやすく、

 

 

   

   

 

峠の県境付近広場へ到着。ここは工事中で新しい林道の整備をしているみたいでした。

 

 

牛首林道の富山県側はここで通行止め。

 

  

 

その脇にあるアテビオ林道に入ります。

アテビオ林道と呼ばれていますが、正確には村道水無白川線もとい、今は合併して南砺市になっているとのことですから、市道水無白川線が正式な名前のようです。

 

ランクルが通れたぐらいだから道幅も広く走りやすいんだろうなあと思っておりましたが、木の枝や雑草が生い茂って思ったよりは広く感じませんでした。

 

   

      

 

ここでびっくりしたのが↓自動ブレーキの急作動。

 

 

多分木の枝に反応したのかなと思いますが、見えない何かに反応したかもと、ちょっとブルって来ました。

この先の洗い越しを通り、

 

 

多分、牛首林道へ戻る道と、利賀川ダムの方へ続く道の分岐点。

 

ここから先は、まあまあ整備されていて走りやすかったです。

利賀川ダム脇は携帯の電波の届かない場所でしたが、キャンプ場になっていてまあまあ繁盛していました。

 

 

ここで、富山県側へ通り抜けできることを確信した私は、これで岐阜富山制覇だと。

普通にハイエースとかも入ってきていたので、結構、イージーな道なんでしょう。

確か県道34号線は両端ぐらいで通行止めになっていて、途中にある百瀬川林道を行くしかここに辿りつけませんから。

う~ん、こういうのが出てきましたか

 

 

いや、前から補助金だけもらっていてコロナ患者の受け入れをあまりしていない病院があるってのは報道されていましたが・・・

報道じゃないな。YouTubeのなんかのニュース解説番組で、ポロっと口頭で出ただけの話を記憶していただけかな。

 

まさか、本家本元の尾身さんの所でもこんな状態でしたか・・・

 

既にコロナって何かの利権になっているのかな?と思っていたのですが、単にワイドショーのコメンテーターとして出演するドクターのギャラだけではなかったんですねw

 

安心のために多めにコロナ病床を確保するってのは、別に空き病床でも金払っていいと思うのですが。(分母を増やすという意味で)

 

医療逼迫と言っているご当人が関わる医療法人でこれですかw

まあ、バッハ会長の事、言えないですね。

このおっさん。

 

まあけど、AERAの記事なのでw

けど、よく記事にしてくれたなあと。

でも、上昌弘のコメントはいらん。

9月連休 パンクを修理して岐阜富山へ

宮城山形福島で替えたばっかりのタイヤをパンクさせてしまった私。

家の近くのタイヤガーデンに持ち込み、幸いにも修理で対応可能な程度で済みました。ホッと胸をなでおろした私。この時点で走行距離は16,790km。1年もせんのによう走ったなあと。

で、パンク修理の効果をどこかで確かめようと、9月も連休あるなと性懲りもなく次の計画を考え始めました。

 

鷹ノ巣山林道で県境越えの林道の味を占めた私。

3連休なのであまり遠い所はしんどいなあということで、岐阜富山にターゲットを絞りました。

岐阜・富山県境には牛首林道という県境越えの林道があります。

しかし、牛首林道の富山県側はその時点で通行止めとのこと。

どうしようかなあと思い下調べを進めていたところ、別の林道で富山方面へ抜けられるとの情報があり、しかも、ランクルでそこを走破した人のブログもあり、こりゃいいなと。

 

令和元年9月14日、朝出発。ルートは中央道を松本ICで降りて安房峠経由で高山へ入り白川郷へと設定。

 

これが大誤算で、中央道は絶賛渋滞中。

やっぱ中央、東名辺りは夜のうちに走っとかないかんなと。

もっとゆっくり走りたかった安房峠もさっさと走り去り。

 

 

白川郷の道の駅で熊料理でも食べようと考えていた私の計画は、初っ端から頓挫し、着いたのは夕方、既に閉店しておりました。

 

じゃあ渋滞の疲れを癒しに国道156号線を南下、道の駅飛騨白山の日帰り温泉に向かいました。

この国道165線は学生の頃「イチコロ」と呼んでいた酷道でしたが、すっかり整備されすごく走りやすい道になっていましたね。

 

 

途中、帰雲城跡へ立ち寄り。

 

   

天正の大地震に伴う山崩れで城が吞み込まれ、一日にして一族が滅んだ内ケ島氏。

まだハッキリした場所は分からないらしいですが、地形上、この辺りということで。

確かこの地震では山内一豊の幼い娘も近江の方で亡くなっていましたね。

 

この日は温泉浸かって、

 

 

道の駅白川郷に戻り車中泊。

翌日の岐阜富山県境越えに備えます。

こういう記事書く人は信用してはダメ

久しぶりに政治ネタです。

 

 

↑この記事、結構驚きました。

内容の真偽っていうより、ココに出てくる人誰にも直接取材いた感じが無い。

これって、新聞やTVの報道を基に書いたただの筆者の妄想に過ぎません。

何のエビデンスもない記事書いて恥ずかしくないのかな?

ちょっと読んでみてビックリしてしまったので話題にしてみました。

元朝日新聞の記者さん。

妄想の作文でメシ食えるってすごいですねw

 

ちなみに私は今回の選挙は↓の一点です。

 

 

ただの飲食店(とそれに関連する業種)イジメやっているだけの緊急事態宣言にはNOです。

 

それでも、自民党内部の調査では40~70議席減に留まるみたいです。

う~ん。

菅さんじゃ戦えないって言っている若手中堅議員がいるみたいですが、そりゃ菅さんのせいじゃなくて、テメーが4年間大したことやってなかっただけだっつーの。

 

でも、逆立ちしても政権交代は無いでしょう。

政権交代があったら・・・

また、1ドル70円の日経平均7000円台からのスタートです。

それもこちらとしては望むところですがw

鷹ノ巣山林道(山形県~福島県)R1.8.31~突然起こった3回目の悲劇~

蔵王エコーラインを経て宮城県から山形県に入った私は、そのまま南を目指します。

実は、横川目兼~弥太郎林道へ行った時、県境を超える林道っていいなあと思いました。これ走ったら1本の林道で2県分やってw

 

ものすごい安易な考えで山形県道233号線を南へ南へ。

 

そして、起点はよく分からなかったのですが、いつの間にか舗装路から未舗装路に変わり、林道始まったのかなあと。

 

    

 

まあ、山形県側はフラットでよく整備された痕跡の見えるすごく走りやすい道でしたね。基本砂利敷きで。

で、この辺が峠で、この先が福島県。

 

 

で、少し景色が変わりましたねえ。

 

   

 

少し放置プレーというか・・・

路盤の上を走っているって感じで。

 

で、旧米沢街道との分岐点。

 

 

今まで走ってきた道は、別に、旧道っていうわけでは無く、その昔、伊達政宗が家督相続後にいきなり芦名を攻めた(独眼龍政宗で、西郷輝彦さん演ずる片倉小十郎が「成算もなく猪突猛進するはこれ匹夫の勇にあらずして何ぞや!」と伊達政宗を諫めたシーンが印象的)侵攻ルートとはちょっと違う道でした。

 

 

旧檜原峠に向かうには、

 

 

この道。う~ん、歩いてでも行きたくないw

で、そろそろ終わりも近く、

 

 

最後にまたこのオチが待っておりました。

 

 

これ、この日2回目。

この県境で道の景色が変わるってのは、その県の整備方針なんでしょうね。

山形県と福島県でその違いがよ~く分かりました。

その辺を↓の動画で記録しております。

 

その後は、道の駅裏磐梯で一服し、

 

   

 

ツーリングマップルで見つけていた日帰り温泉、香の湯へ。

 

 

ここの雰囲気は最高でしたね。

   

 

あまりにも雰囲気よくて1時間以上入っていました。

いい天気だし、居心地がいいというか。

風呂あがってからも、ベンチに座って30分ぐらいまった~り。

 

最高の気分で、さあ帰ろうかなと思って駐車場に止めてあった車を見たら、右前のタイヤが息をしておりませんでした叫び

この時の写真は、あまりにもショックだったので撮っていません。

風呂入って汗を流していい気持ちで帰ろうとしたら、汗だくでスペアタイヤに交換する羽目に。

なぜだあああああああ。メラメラ

まだ10日経ってへんぞおおおおおおおおおおおおおおお。ドンッ

思い返すと心当たりはあるにはあったのですが、鷹ノ巣山林道に入る前なんだよなあっと。

パンクのリスク背負って県境超えてきたの?

と思うとゾッとガーン

山形県側ならともかく、福島県側でタイヤがバーストしていたらと思うと・・・爆弾

ここでじゃなく帰りの高速でっていうタイミングだったらと思うと・・・ドクロ

それを考えたら日帰り温泉の駐車場でこういう事態になったのは、まだ、運が良かったのかもしれません。

と、ポジティブにとらえ、前2回と違い、タイヤが完全に逝ったわけでは無く、パンクした穴も見えない状態なので、こりゃ修理でなんとかなるかもなと、タイヤ交換を終え帰途につくのでした。

 

ちなみにこの帰り、当時、何かと話題になっていた

 

 

東北道上り佐野SAに寄って、応援とはいっては何ですが、少し買い物して帰ったのを覚えております。

 

重ね重ねの不始末。

ジムニー、すんません。