不楽是如何 -98ページ目

蔵王エコーライン

神嶺林道を後にした私は、当然、このままUターンして引き返すわけでは無く、次を目指します。

宮城県行くなら、山形県の南側も行けそうやなと。

で、神嶺林道から山形県側に回る際に利用した道がコレ。

蔵王エコーライン。

 

 

どこか雰囲気が磐梯吾妻スカイラインと似ております。

どんどん上ります。

 

   

 

   

 

で、まだ時間も早かったので、お釜の方へ回ります。

 

 

   

 

   

 

 

 

このお釜付近で標高1700mぐらい。

8月31日だったので私はまだ真夏の恰好、半袖、短パンでした。

めっちゃ寒かった。

観光客も結構いましたが、半袖着ているのは私ぐらい。

ほんと場違いってのを感じてさっさと下山します。

 

 

こうして山形県側に下りて次の目的地へと向かうのでした。

神嶺林道(宮城県)R1.8.31

タイヤも履き替え、新しい所に行きたくてウズウズしていた私は、月初め、小畑林道で少しモヤモヤ感が残っていた宮城県に行こうと、8月のラスト。行きました。

 

宮城県といっても岩手側まで北に行くと遠いので、先っちょだけ宮城県って感じの白石市近辺で走れそうな道を探していました。

 

目に留まったのがココ。

神嶺林道。

 

 

白石スキー場の近くからアクセスし、神嶺林道入口へ。

 

 

道自体はフラットで走りやすい。危険個所もなし。

   

 

そして、川越え地点。

 

 

下調べの時にこれがあるのを見て、ココかなと。

でも水量は少な目でしたね。

川を越えて道を進みます。

 

   

 

ずっと同じようなフラットで道幅のある走りやすい道です。

で、出口(こちら側が起点だけど)

 

 

ここで通行禁止の標識がああああ。

いや、あっちの入口には何もなかったよ、今更そんなん言われても・・・

と、心の中で言い訳して神嶺林道を後にしました。

 

うん、これで宮城県は行った。納得の1本でした。

近況

さて、7月から10月まで限定で始めたジムニー3周年。

昨日までで、2回目のパンク・タイヤ交換を終えた所まできました。

今日は、更新お休みして、また明日からです。

さっき、9月末までの原稿を書き終えました。

予定より長くなったりと、上手く10月28日(3年前の納車日)までにまとまるかなとちと不安です。

 

そういや、去年の今頃、こんな記事書いていましたよね。

 

 

さわやかに散るとは、さっさと会社引退するってことなんですけど、今もこの気持ちは同じです。

 

ジムニーに絡めると、北海道、九州、沖縄なんて、かなりまとまった休みがないと行けませんからw

 

まだ、体の元気なうちに色んな所回ってみたいですね。

 

そのためには、生涯の生活費の目途をつけにゃいかんですね。

そういう意味での、資産構築のカテゴリーを作っているわけですが。

3年前ぐらいにちょっとしくじったので、予定より少し長引きそうです。

 

まあ、こちらの話もおいおいと。

 

こんな記事が出てるぐらいだから。

 

 

けど、こんな記事のコメント欄読んでも、悲観的なコメントが多いですねえ。

特に最近は統計のデータ見ていても、かなり厳しい状況の人も多いようです。

 

特に、私は一応氷河期世代の端くれですが、同年代かそれより下の人に厳しい状況の人が多いみたいです。

 

まあいつかそういう人のために役に立つような記事を書きたいなあと思ってもいるけれど、その前に私が満足する生活を送らないとw

 

とりあえず、老後の心配はほとんど無くなりましたが、当面の生活費ですね。

仕事辞めても食つなぐ方法。この辺をなんとかしたいですね。

 

なお、ジムニー3周年は明日から再開で8月中にあと3本。

9月は25本ぐらいの記事を用意しています。

再び金谷元名線(千葉県)R1.8.25~タイヤ交換から慣らし運転~

さて、三河遠征でタイヤを失った私。

まあ、1本やられたら結局4本交換なんで。

今度履いたタイヤは、横浜ゴムGEOLANDAR M/T G003。

ノーマル、AT履いて、じゃあ、次はMTかなと。

で、16インチのMTタイヤなんてあまり選択肢無いんですよねえ。

インチアップってあまりしたくなかったし。

ですので、コレに決めました。

 

で、8月22日にタイヤ交換。この時の走行距離が記録によれば15,556km。

納車1年経たずに結構走ったよなあ。

その後、さっそく8月25日に慣らし運転がてら、勝手知ったる金谷元名線へ。

 

 

なかなかサマになる。

 

 

で、結構、凸凹していた元名側~残土で埋め立てられたという広場まで往復。

 

 

あくまで慣らし運転のため写真少な目。

でも、この日以降、2度とこの状態の金谷元名線を走ることはできませんでした。

なので、ラスト記念に↓動画で保存。

 

 

後々の記事でも触れますが、この年の9月、10月と、大きな台風が来て、元名側が倒木により通行不能に。

その後、復旧されましたが、綺麗に整地され、この状況の元名線を走ろうと思えばあと10年ぐらいほったらかしにせんと無理かなあ。

適度に凸凹で、道幅も狭くなく、ウチから程よい距離にあり、結構重宝することになるのかなあと思っていた道だけに、復旧、通行可能になったとはいえ、少し残念。

やけくその帰り道

目的地の一つであった三ヶ根山を後にした私は、じゃあ、次はどうしよう。どちらにしてもスペアタイヤのままじゃあまり無茶できないなあと。

一応、ここで東京の方向へ向かうことにします。

その途中で行き当たりばったりで決めて行こうと。

 

 

とりあえずお約束のジムニー里帰り。スズキ湖西工場です。

で、お次は浜松に進んで、三方ヶ原古戦場。

 

   

 

ここは走っていても気づきましたが、地形が台地状なんですよね。ここに誘い込まれたか家康!って思いながらブラブラと見て回りました。

で、もうそろそろ高速乗って東京の方に向かうか?

と、新東名を走っていて「大井川を川上の方に上って行ったら?」なんてことが頭に思い浮かびました。

昔から交通の難所で、「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」なんてのもあるとおり、江戸防衛のため橋も架けられず・・という川です。

「見せてもらおうか大井川とやらの力を」なんて。

 

   

 

行きは西の国道、帰りは東の県道を通りましたが、西側は崖ですね。東の県道の方が走りやすいといったら走りやすいのですが、眺望的には西の国道でしたね。

 

で少し大井川を上流に行った所にあるのがココ。

道の駅川根温泉

 

 

 

この道の駅に併設されている日帰り温泉でゆっくりし、ここの駐車場で車中泊。

 

 

大井川鉄道沿いにある道の駅で、

 

 

タイミングが合えば、露天風呂からSLが橋梁を走っているのを見ることができます。

 

翌8月13日も起きたらすぐに走り出し、最後はココ。薩捶峠。

その前に、事故りたてホヤホヤの現場を通過。

 

 

皆様お気をつけください。

 

 

ここは、かなりの絶景で、伊豆半島、富士山、駿河湾を一望できるスポットであります・・・晴れてたらね。

 

 

で、この峠は、駿府防衛の要衝で、武田信玄の駿河侵攻の際、今川軍はここに陣を張り、駿府防衛を試みます。

結局、今川の重臣は一部を除き信玄に調略されていたみたいで、あっさりと突破されたようです。

でも、駿府を制圧した後、小田原北条勢がここに陣を敷き、武田勢の退路を断ち、一旦、信玄は駿河より退却することとなります。

 

 

これにて今回の三河遠征(一部、遠江、駿河)を終え、東京に向かうのでありました。

 

それにしても1年で2回のパンクとは・・・

ごめんジムニー。