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中田厚仁さん

カンボジアで亡くなった中田厚仁さん。

国連ボランティアで活動していた。
25歳。

あまりにも悲しい事件だが、
その後の村の人の思い、
お父さんとの交流を知り涙がでて仕方がなかった。

http://www4.ocn.ne.jp/~yoshirin/kigai/atsuhito/atsuhito.html

彼が活動していた地域はもっとも危険な地域といわれていた。
ポルポト派の嫌がらせも激しい地域だっただろう。

その地域の投票率はなんと99.9%。
そして、投票箱の中からくしゃくしゃになった紙に、
彼への思い、家族を思いやるメッセージが
書かれた紙が何枚も見つかったという。

彼のなくなった地域にはいまアツヒト村ができた。
そして、その地域が困窮しているとき、
彼の父が日本で募金を集め、
そのお金を村の人のためにと送った。

これにたいしての村の人の反応がすごい。

「私たちは今,文字通り,喉から手が出るほどお米がほしい。
お腹を一杯にしたい。
けれども,これは我慢する。
私たちは,中田厚仁さんが世界市民として生きられた,
その志を,そして日本の大勢の皆様の温かい心を,
私たちの子供たち,孫たち,そして子々孫々に伝えていくために,
中田厚仁さんが息を引き取られた地に学校を作りたい。」


彼がポルポト派の兵士に囲まれ、頭に銃弾を撃ちこまれたとき、
彼はどんな思いだったのか。

無線での最後の言葉は
I'm Dying (死んで行きます)だったという。

あの青年はもう戻っては来ない。
悔しいことだ。悲しいことだ。無念なことだ。

でも、彼の想いは、彼の努力によって、
そして彼を大切に思う人の心によって、
生き続けた。
より大きなうねりとなって。

100年後はもう今いる人のうち、何人も残らないだろう。
でも、彼の名前と想い、そして彼の村と学校は生き続ける。

それにしても悲しい。なんでこういう人が殺されるの?
彼はもう戻っては来ないのだ。

使命


「人に私の経験を伝えていくことが私の使命」

インターネットでふと目にとまった言葉。

使命ってなんだ、とあれこれ悩んだり
探そうとせずに、

それはすでに今の自分のなかにあるもので、
繕わない今の自分から発信できるもの。

そんなことを思いました。

私の経験したような苦労は人にさせたくない、
私が恵まれたすばらしい機会を人にもしてもらいたい、
私の抱えている後悔の念はあの人にはさせたくない、などなど

そういう思いで行動すること。語ること。

モチベーションマネージメント

人の勢いというものがある。

企業家やコンサル、NGOのひとにそれを感じる。
彼らは何かに寄りかかっていない。
スピードがある。

そんなことを更に感じたのが、
モチベーションマネージメントという会社のHPだ。

http://www.lmi.ne.jp/aboutus/president/

リクルート社人材開発部門に勤務していた人が
2000年、39歳のときに会社を立ち上げ、
2004年には1000社以上の取引。

危険だ。危険すぎる。(いい意味で)

若手ムケの講座、I-COMPANYも。
教育にばかりこだわっていたけれど、
人材開発、はもっと社会全般を相手にした分野。
興味深い。

パックブーン ファイデーン(タイ)

引き続き、マチルダさんのHPより。


★材料%A

ケンチュートーフー(タイ)

マチルダさんのHPより。
タイ簡単スープの作り方。お腹すいたー。
タイ料理、というか、ナンプラーを入れるところだけタイっぽい?
でもおいしそう。

★材料★
・肉(鶏か豚がお勧め。ひき肉でもOK)
・鶏がらスープの素(またはコンソメ)
・豆腐(タマゴ豆腐も美味しい。)
・ナンプラー
・炒めたニンニクかスライスされたドライニンニク(無くてもオシュビダナイ)
・お好きな野菜(白菜・キノコ・ニンジンがメジャー)
・こしょう少々
★作り方★
①沸かしたお湯に肉を入れ茹でる(アクは取ってね)
②肉に火が通ったら切った野菜を入れる
③野菜にも火が通ったらスープの素を入れる
④ナンプラー少々入れる
⑤輪切りにした豆腐を入れる(四角い豆腐なら適当なサイズにカット)
⑥煮えたらこしょう少々とニンニクを入れて出来上がり

国際公務員

やりたいことは沢山あるし、
それでも基本的な自分の価値観は変わらないから、

大道を右に行ったり、左にむかったりしながらも
前進している。

どこに所属するかなんていうことは
何をするか、
どういう人間であるか、ということに比べたら

融通も利くものだし、
働く場は様々ある。

それでもやはり、国連職員、あこがれる。

国際の公務員なのだ。
支援国の政治など、そりゃ人間の業が世界レベルで
国レベルでせめぎあうのだから綺麗ごとの世界ではないと感じる。

それでもあこがれる。
世界の人に国籍を問わず、国籍もなくても、
サービスを提供するのだ。
公務員として。

なかでも憧れ度高いのがUNHCR。

本気の人生で
本気の人たちとの出会いを重ねて生きたい。

生後直ぐ感染の米国青年パパに

今日のニュースでの記事。

(以下引用)
生後2日目の輸血でエイズウイルス(HIV)に感染し、実名でエイズへの理解を求めてきた米国人のジョナサン・スウェインさん(21)が結婚し、男児が生まれた。
(引用終わり)

記事を読み、なにより驚いたことは彼の受けた差別と
今なお続く偏見だ。

生後2年後(85年か)に感染が判明した彼は同州で初めてのHIV感染者と騒がれ、小学校入学拒否などの差別、偏見に遭う。

そして、薬でHIVと闘いながら、青年となり、コックとなったジョナサンさん。

04年1月、恋人の妊娠を知り、6月結婚、7月に男児が生まれた。(コンドームが破れての妊娠で、妻子とも感染はなかったそうだ。)

披露宴で妻の姉の一人が、ジョナサンさんが料理するなら出席しないと言うなど差別は今でも。

彼のメッセージ

**** 日本のエイズ患者のみなさん、そしてエイズではなくても様々な苦しみとたたかっているみなさん、どうかポジティブ(前向き)でいてください*****



 

名刺の取り扱い

名刺は頂いたものも自分のものも大切に扱うこと。
そのためには名

マンデラ氏 「46664」

公務からの引退を昨年発表した南アフリカのマンデラ前大統領。

86歳となった今でもその情熱は衰えない。

先月には、息子のマカト・マンデラ氏をエイズによる合併症で死亡したことを公表し、世界中から勇気ある公表と賞賛された。

そのマンデラ氏が南アの女性向けエイズ対策資金集めを目的としたコンサートの開催を発表したとのこと。

その名も政治犯として投獄されていた当時の囚人番号にちなんで「46664」。46664コンサートは来月19日、ケープタウンから400キロ離れたジョージで開催される。

人口4500万人のうちエイズ患者は500万人以上とみられている南アの前大統領が、エイズ関連コンサートに関与するのは2度目とのことだ。

今回は無理だとしても来年は南アフリカに行きたい。

51歳のゆーみん

松任谷由美のコンサートについての記事を偶然目にした。

(以下引用)
オープニングではサングラスに黒の短いホットパンツで登場。51歳とは思えないスラリと伸びた脚を披露して約1000人のファンの度肝を抜いた。
(引用おわり)

かっこいい。
アニバーサリーという曲をCMで聴いてユーミンを知ったのが
中学生のとき。

卒業アルバムは名曲だと今も思う。

**  あのころの生き方をあなたは忘れないで
       あなたは私の青春そのもの *******