中田厚仁さん | SINCE 1978

中田厚仁さん

カンボジアで亡くなった中田厚仁さん。

国連ボランティアで活動していた。
25歳。

あまりにも悲しい事件だが、
その後の村の人の思い、
お父さんとの交流を知り涙がでて仕方がなかった。

http://www4.ocn.ne.jp/~yoshirin/kigai/atsuhito/atsuhito.html

彼が活動していた地域はもっとも危険な地域といわれていた。
ポルポト派の嫌がらせも激しい地域だっただろう。

その地域の投票率はなんと99.9%。
そして、投票箱の中からくしゃくしゃになった紙に、
彼への思い、家族を思いやるメッセージが
書かれた紙が何枚も見つかったという。

彼のなくなった地域にはいまアツヒト村ができた。
そして、その地域が困窮しているとき、
彼の父が日本で募金を集め、
そのお金を村の人のためにと送った。

これにたいしての村の人の反応がすごい。

「私たちは今,文字通り,喉から手が出るほどお米がほしい。
お腹を一杯にしたい。
けれども,これは我慢する。
私たちは,中田厚仁さんが世界市民として生きられた,
その志を,そして日本の大勢の皆様の温かい心を,
私たちの子供たち,孫たち,そして子々孫々に伝えていくために,
中田厚仁さんが息を引き取られた地に学校を作りたい。」


彼がポルポト派の兵士に囲まれ、頭に銃弾を撃ちこまれたとき、
彼はどんな思いだったのか。

無線での最後の言葉は
I'm Dying (死んで行きます)だったという。

あの青年はもう戻っては来ない。
悔しいことだ。悲しいことだ。無念なことだ。

でも、彼の想いは、彼の努力によって、
そして彼を大切に思う人の心によって、
生き続けた。
より大きなうねりとなって。

100年後はもう今いる人のうち、何人も残らないだろう。
でも、彼の名前と想い、そして彼の村と学校は生き続ける。

それにしても悲しい。なんでこういう人が殺されるの?
彼はもう戻っては来ないのだ。