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福岡県の学習塾コンサルタント|学習塾運営の手引き

福岡の学習塾コンサルタントが語る、塾運営のヒント満載ブログ。
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「誉める」という行為は、子どもたちの成長において極めて大きな意味を持つものです。集団授業において、講師がしっかりと教えるのはもちろん大切なことですが、それはあくまで出発点にすぎません。それ以上に大切なのは、子ども一人ひとりの努力や挑戦、成長を「誉める」こと、そしてその誉める行為を「みんなで共有する」ことだと私は考えます。

 

今の子どもたちは、日常生活の中で「誰かに心から誉められる経験」が少なくなっているように感じます。家庭では忙しさに追われ、学校でも競争や評価が先行し、「できて当たり前」「もっと上を目指せ」といったプレッシャーばかりが強調される場面が少なくありません。そんな中で、子どもたちは「自分が認められている」「誰かが見てくれている」という実感を持ちにくくなっているのではないでしょうか。

 

ましてや、多くの人の前で堂々と拍手や歓声を浴びるような経験ができる子どもは、ほんの一部の限られた存在です。スポーツの大会で活躍する、コンクールで賞を取る、学力テストでトップになる――そんな限られた場面でしか表に出ることができない子どもたちは、全体の中ではごくわずかです。しかし、それ以外の子どもたちにも、それぞれに頑張っていることや、努力していることがあるはずです。その努力を見逃さず、「みんなで拍手をする」という行為は、その子にとって一生の記憶に残る出来事となるかもしれません。

 

「誉める」ことには、人を変える力があります。誉められた子どもは、自分の価値を肯定されることで、次の挑戦への意欲を持つようになります。ときには照れ笑いを浮かべつつも、心の奥では自信をつけている様子がうかがえます。その照れたような、でもどこか嬉しそうな表情――それこそが、誉めることの持つ力を物語っているのではないでしょうか。

 

また、「みんなで拍手をする」というスタイルは、誉められた子どもだけでなく、それを見ている子どもたちにとっても大きな意味を持ちます。拍手を送るという行為を通じて、「他人の努力を認め、応援する」心が育ちます。それは、学力以上に大切な、思いやりや共感力といった社会性を養うための貴重な経験でもあるのです。

 

そして何より、講師自身も、生徒たちから自然と拍手が起こるような授業を目指すべきだと私は思います。それはただ知識を伝えるだけでなく、子どもたちの心を動かす授業、生徒の心に残る授業を展開していこうという覚悟の現れでもあります。拍手は、学びの場を「一方通行」ではなく、「双方向の関係」へと変えていく、素晴らしい力を持っているのです。

「拍手」と「歓声」は、特別な人だけのものではありません。すべての子どもたちが、努力したその瞬間に浴びてよいものです。そして、それを全員で共有することで、教室は「競争の場」ではなく、「認め合い、支え合う場」へと変わっていくのです。

 

だからこそ、私はこれからも、子どもたちをしっかりと誉め、その瞬間を全員でたたえる授業を大切にしていきたいと強く思っています。

 

講師は、授業が終わったとき、思わず生徒から拍手が出るような、授業を展開しないと。

先日、おつきあいしている方と今後について打ち合わせをする機会がありました。その中で、改めて「未来を語ることの大切さ」について実感する出来事がありました。

 

その方は、自分たちの未来について熱心に語ってくれました。その姿はとてもかっこよく、ただ夢を語っているだけではなく、現実的な裏付けも備えた計画だったため、私自身も第3者的な視点で聞いていても心からワクワクしました。人が「未来を語る」とき、その言葉には希望が宿り、聞く者の心を自然と前向きにしてくれる力があるのだと感じました。

 

特にうれしかったのは、以前私が何気なく話していたアイデアを、きちんと計画の中に取り入れてくれていたことです。自分の意見が尊重されているという感覚は、信頼関係の深化をもたらすものであり、それがさらに計画への共感と意欲につながっていきます。また、こちらから指摘させていただいたマイナス要因についても、しっかりと改善が加えられていたことに驚きと感謝を覚えました。意見を素直に受け止め、より良くしていこうとする姿勢も、信頼を築く大きな要素です。

 

このような経験を通して思うのは、「未来を語る」「夢を描く」「失敗を共有する」ことのできる大人が、もっと社会に、特に子どもたちの周りに増えてほしいということです。過去の武勇伝や、会社や社会に対する不満ばかりを語るのではなく、自分の未来や希望を語ることで、聞く人の心にも前向きなエネルギーが届きます。そしてその姿勢は、必ずや次世代にも良い影響を与えることでしょう。

 

未来を語ることは、単なる空想ではなく、「こうありたい」「こうしていきたい」という意志の表れです。それを言葉にし、行動に移すことで、人は人を動かし、周囲を巻き込みながら、夢を現実に近づけていくことができます。

 

このようにして、周囲と信頼関係を築きながら未来を語れる人になりたいと思いますし、そういう人を支え、ともに歩んでいきたいと改めて思いました。今後がとても楽しみです。

個別指導塾において、使用する教材の選定は、運営上の重要なポイントであり、講師や教室長の頭を悩ませる課題でもあります。「個別指導」という言葉からは、学習内容だけでなく、使用する教材までもが一人ひとり異なるべきだと考える方もいるかもしれません。しかし、実際には教材を個別にすることが目的ではなく、指導を個別化することこそが本来の意義であると私は考えます。

 

生徒一人ひとりに異なる教材を与えてしまうと、講師側に大きな負担がかかります。たとえば、異なる教材ごとに予習や準備、教材研究が必要になり、結果として指導の質が安定しなくなる恐れがあります。むしろ、教材をある程度共通化し、その中で生徒の理解度や進度に応じて個別に対応していくことが、より効果的な個別指導につながるのです。

 

具体的には、1教科につき2冊程度の通年教材を持たせるのが望ましいとされており、教材のレベルは基礎・標準・応用の3段階に分類されます。学力の高い生徒には応用と標準のテキストを、学力に不安のある生徒には標準と基礎のテキストを使わせることで、同じ教材の中でも指導に柔軟性が生まれます。特に「標準」レベルの教材は、すべての生徒が共通で持つことで、授業・宿題・演習など様々な場面で活用できる汎用性があり、学習の土台を固めるうえで非常に有効です。

 

また、どの教材を使用するかについては、当然ながら教室ごとの方針や講師の意見も分かれますし、それぞれの教材には一長一短があります。しかし最も大切なのは、どの教材を使うか以上に、「どのように使うか」「どのように使わせるか」という点です。教材の効果は、その運用方法に大きく左右されるため、指導者の工夫と努力が問われます。

たとえば、コンサルティングさせてもらっているとある個別指導塾では以下のような教材構成を取り入れています。

  • 応用:新中学問題集

  • 標準:予習用教材フォレスタ

  • 基礎:SPIRAL(スパイラル)

これらの教材は、それぞれ異なる教材会社から発行されており、あえてレベルごとに異なる出版社のものを採用することで、教材会社との関係を広く保ち、多様な情報や教材提案を受けやすくしているとのことです。このような柔軟な姿勢もまた、塾としての教材運用の一つの工夫であり、学習環境をより豊かにするための重要な戦略だと言えるでしょう。

 

総じて、学習塾での教材選びにおいては、「教材の個別化」ではなく「指導の個別化」を念頭に置くことが肝要です。そして、共通教材を用いながらも、一人ひとりの生徒に対して適切な課題設定や声掛けを行うことが、真の意味での「個別指導」につながると私は考えます。教材選定は、単なる教科書選びではなく、教育理念の実現手段としての大切なプロセスなのです。

 

授業中、生徒が「“あ〜ね”と言ったから、理解してくれたんだな」と教師が安心する光景をよく目にします。しかし、この「“あ〜ね”」には落とし穴があります。本当はよくわかっていないのに、なんとなくその場の雰囲気で返しているだけということも少なくないのです。教師がその返答の軽さを見抜けなければ、生徒は理解したふりのまま、次のステップへと進んでしまいます。

 

一方で、長く通塾している塾生の中には、「“あ〜ね”ということは、○○で、△△になったってことですよね」と、自分の言葉で理解したことを言い換えて伝える力を持っている生徒がいます。このような“言葉にする力”は、学びをより深める上で極めて重要です。単なる受け身の理解ではなく、咀嚼し、自分の中に落とし込んでから言葉として表現することで、知識が真の意味で自分のものになるからです。

 

言葉にできないまま、なんとなくの理解で曖昧にしてしまうと、それは後々の学びにも大きな影響を与えます。うまく言葉にできないことを、身振り手振りや曖昧な態度でごまかす生徒もいますが、そこにとどまっていては、深い理解や他者との共有にはつながりません。だからこそ、豊かな表情と表現をもって、言葉として理解を伝えるということの大切さを、私は強く感じています。

 

私の塾では、「感性を磨く」ことや「感じる心を育む」ことにも重きを置いています。単なる知識の詰め込みではなく、生徒一人ひとりの心の動きを大切にしながら、学びの本質に触れるような場を提供することを心がけています。そのような理念を共有できる塾仲間たちと日々過ごせることに、私は誇りを感じています。

 

しかし、偉そうなことを言っている私自身も、最近では「学習塾とは必要悪なのではないか」と感じることがあります。子どもたちにとって、塾はありがたい存在であると同時に、時には迷惑な存在でもあります。「本当は友達と遊びたいのに」「家でゆっくりしたいのに」と思いながら塾に来ている生徒も少なくないでしょう。

 

だからこそ、私は“教えすぎない”ことを意識するようにしています。知識を与えるだけでなく、学び方そのものを生徒が自ら身につけていけるような関わり方を大切にしています。学習塾という場が、「教える/教わる」という一方通行の関係ではなく、教師も生徒も一緒に成長し、互いに刺激を受けながら歩んでいける場であってほしいと願っています。

 

ときには、自分の学びや感動を発表し、それに対して仲間たちが共感してくれる。そんな瞬間が積み重なることで、塾は単なる勉強の場ではなく、「感動を伝え合える場所」へと変わっていきます。共に学び、共に感じる。そんな関係性を築ける仲間たちと過ごせることは、本当に素敵なことだと思います。

 

“言葉にする力”を育むこと、感性を磨くこと、そして何より「感じる心」を大切にすること。これらはすべて、これからの社会を生きていく子どもたちにとって必要な力であり、私たち大人が育むべき環境でもあります。学びとは、ただ覚えることではなく、感じて、考えて、そして伝えることなのです。

学習塾の経営において最も重要なことは、「スタンス」を明確にすることです。これは、単なる方針や理念といった抽象的なものではなく、塾という場に対する覚悟や哲学のようなものです。スタンスが明確な塾は、保護者や生徒、講師たちの間に一本筋の通った信頼関係を築き、自然と活気ある教室が形成されます。逆にスタンスが曖昧な塾は、どこか浮ついた雰囲気になり、生徒の定着率も低く、指導効果も上がりません。スタンスのぶれは、塾という組織の信用を損ねる致命的な要素なのです。

 

第一に考えるべきは、「塾とは経営手段なのか、教育手段なのか」という点です。もし塾を単なるビジネスとして捉えるのであれば、収益性を第一に考え、コストと利益のバランスを重視する経営判断が優先されます。しかし、教育手段として塾を位置づけるのであれば、短期的な利益よりも、生徒一人ひとりの成長や人生に対する責任感を持ち、誠実に向き合う姿勢が求められます。もちろん、経営と教育の両立は不可欠ですが、どちらを中心軸に据えるかによって、塾の在り方は大きく変わってきます。

 

次に、「進学塾か補習塾か」という点です。進学塾であれば、志望校合格という明確な目標に向かって、生徒を高い水準へと導く戦略やカリキュラムが必要です。補習塾であれば、学校の授業のフォローや学力の底上げ、個別対応が重視されるでしょう。どちらが正しいという話ではありませんが、ここを明確にしていなければ、指導方針や教材の選定、生徒との関わり方にも一貫性がなくなり、保護者や生徒とのミスマッチが起こります。

 

また、「講師は駒か、人財か」という視点も極めて重要です。講師を単なる作業者、言われたことだけをこなす駒のように扱う塾では、講師の成長ややりがいは生まれず、長期的な教育力の向上も見込めません。逆に、講師を「人財」として育て、信頼し、意見を尊重する文化を持つ塾では、講師も責任感を持って教壇に立ち、生徒に対してもより深く、質の高い関わりが可能になります。

 

さらに、「アットホームかスパルタか」というスタイルも、スタンスと同様に明確にしておくべきです。家庭的な雰囲気を大切にし、子どもたちが安心して通える環境を目指すのか。それとも、一定の緊張感や規律を保ち、高い目標に向けて厳しく指導するスタイルを取るのか。どちらを選ぶにしても、それが一貫しており、全スタッフが共通理解のもとに行動していることが必要です。中途半端な中庸では、どちらの良さも発揮されません。

 

以上のようなスタンスとスタイルは、教室を開校する前に塾長自身が深く考え、腹をくくるべきテーマです。なぜなら、このスタンスは単に「売り方」や「差別化のための特徴」ではなく、教育に関わる人間としての信念そのものだからです。

 

そして大切なのは、そのスタンスを保護者や生徒に対して明確に伝えることです。塾の方針に共感してくださる方に入塾していただくことが、塾にとっても、保護者や生徒にとっても、最も幸福な関係を築く第一歩です。すべてのニーズに応えようとする必要はありません。むしろ、塾側のスタンスに合わない方には、丁寧にお断りするくらいの覚悟があってこそ、信頼される教室ができるのです。

 

どうせやるなら、自らの思いを前面に出しましょう。その熱意と明確なスタンスこそが、塾という空間に命を吹き込み、生徒の未来を照らす力になるのです。