世界が、世間が、社会がうるさくない?

成長しろ。
学べ。
変われ。
アップデートしろ。

 

・・・分かるよ?

自己啓発にスピリチュアルに自分軸に自分らしく生きる的な、ね・・・

 

自分を決めつけない。他人に決めさせない・・・それだけで、少しだけ自由になる

成長や変化を大切にするのは分かる。

正論っぽいし、カッコいいし、SNSで映える。

 

でも、その「成長」って誰が決めてるの?
何をもって“成長した”って言うの?
ゴール、勝手に決めてない?

私はね・・・そんなに頭よくない。


勉強できない。
一回じゃ覚わらん。
三回でも怪しい。

だから、成長に期待すんな・・・って、たまに思う(笑)

  第1章:浦島太郎になる恐怖(変わらない檻の話)

 

ここで急に昔話なんだけど。
浦島太郎って、怖くない?

自分の中では、何も変わってない。


ただ、ちょっと竜宮城で過ごしただけ。


でも地上に戻ったら、世界が全部変わってる。

あれ、現代でも普通に起きてると思う。

 

自分が変わらなくても、
世界と周囲は、勝手に変化して進化して進歩して、流れ続けてる。

 

その流れの中で、自分だけ“変わらない檻”に閉じこもっていたら・・・

置いていかれる。
追いつけなくなる。


そして最後にこうなる。

「居場所がない」
「誰にも言えない」
「誰も分かってくれない」
「誰ともつながれない」

これが一番しんどい。

 

  第2章:成長が止まる瞬間は、わりとシンプル

 

私が思うに、
人の成長が止まる瞬間って、すごく単純なんだよ。

「自分はこういう人間だ」って決めた時。
「どうせ私は無理」って決めた時。
「他人にこう見られてる」って思い込んだ時。

その瞬間、檻が完成する。

 

怖いのは、
檻を作ったのが他人じゃなくて、自分自身ってところ。

自分で自分を決めつけて、
他人にも決めつけさせて、
「はい、これが私です」って名札つけて立つ。

 

・・・いや、誰得?(笑)

 

  第3章:「成長=善」の顔をした、世間の都合

 

しかも世間って、成長をやたら神格化してくる。

成長=正義
停滞=怠け
現状維持=悪

そんな空気感、あるよね。

 

でも、それって結局こういうことだと思う。

「成長しない人は、価値が下がります」

はい出た。


資本主義のメガネ。

成長が“人間の営み”じゃなくて、“査定と比較の道具”にされてる。

 

そして怖いのは、その価値観を自分が内側に持ち込んだ瞬間。

自分を監視して
自分を裁いて
自分を萎縮させて
自分で自分を“使いやすい型”に嵌める。

・・・パノプティコン、家にまで来るな(笑)

  第4章:そんなに出来ないねん(自虐:学べない民の叫び)

 

ここからは、私の正直な話。

そんなに頭よくないねん。
勉強できないんよ。
一回じゃ覚わらん。
成長曲線?なにそれ美味しいの?

 

PDCA回せって言われても、
私のPはほぼ「祈り」で、
Dは「とりあえずやる」で、
Cは「見なかったことにする」で、
Aは「寝る」なんよ。

 

だからさ・・・成長に期待すんな!
・・・いや、正確には、

勝手に私の成長の先を決めるな!

 

カントが「人を目的として扱え」って言ったけど・・・

勝手に目的にされても困るのよ。

他人の目的を私に押し付けないでくれって思ってしまうわけだよ。

 

  第5章:だから私は「決めつけない」を選ぶ

 

できることは、できることだけ。
できないことは、できない。
今はまだ・・・

 

それでいいと思ってる。

私が守りたいのはこれ。

自分を決めつけない。
他人に決めさせない。

 

「私はこういう人間」って固定しない。
「私は無理」って最終結論にしない。
「私はこう見られてる」って、他人の目の中に住まない。

 

私は変わる。
気分も変わる。
思いも変わる。
秋の空みたいに、嵐の日も凪の日もある。

それでいいって思ってる。
だって、私は我が儘な生き物なんだから。

 

  大切だけ抱きしめて、ゆっくり行く

 

とはいえ、何も決めないって不安で潰れる。

 

だから私は、こう思ってる。

大切なものだけ抱きしめていたらいい。

お金とか、恋人とか、家族とか・・・
知らんけど(笑)


私は今、探してる最中だから。

大切も、きっと固定じゃない。
その時々で変わる。
優先順位が変わる。


それだけでも、十分“変化”だよ。

だから私は、ゆっくり行く。
マイペースで行く。


忘れるし、間違えるし、戻るし、停滞もする。

でも、決めつけない。

自分を決めつけない。他人に決めさせない。
私は変わり続ける生き物なんだから。

 シンプルフレーズ

「決めた瞬間、翼は止まる。だから私は、決めつけない。」

世界は、驚くほどインチキに満ちています。


自分らしさなんて言葉で簡単に上書きされ、
大切なものや夢、切実な願いさえも、語ることすら許されないような空気感。

 

油断すれば、他人の書いた台本どおりの時間を歩かされ、
気づけば「自分」がどこにいるのかさえ見失ってしまう。

そんな救いのない日々の中で、
唯一、自分を抱きしめることができる方法があるとしたら。

 

それはきっと――
「自分の人生を物語にする」ことだと、私は思うのです。

 

ただの出来事を「自分の物語」にするということ

 

自分らしさを探そうとしても見つからない。
夢を語ろうとしても、笑われる気がする。
大切な思いほど、言葉にできなくなる。

 

そんな世界の中で、
私たちは少しずつ、自分を見失っていく。

 

  事実という名の「無機質な破片」

 

出来事は、ただそこに在るだけです。
事実は、ただそこに転がっているだけ。

 

無機質な破片みたいに、冷たくて、
説明もしてくれないし、救ってもくれない。

 

対話をするために嘘を排除しようと躍起になっても、
結局は新しい欺瞞に惑わされ、
知ろうとすればするほど本質を見失っていく。

最後に自分を支えてくれるのは、
知識でも正論でもなく、
これまで自分が歩んできた道を踏みしめた「実感」だけです。

  記憶を「出来事」のまま放置すると、心が死ぬ

 

もし、記憶をただの「出来事」として放置してしまったら。

それは無味乾燥な事実になり、
時には隠したくなり、偽りたくなり、
見栄を張って盛りたくなってしまう。

 

そして、それを誰かに「嘘だ」と否定された瞬間。

否定されるのは出来事だけじゃない。
私たちは、自分自身さえも見失ってしまう。

 

だから私は思う。

事実か嘘かの裁判をする前に、
物語にしてしまえばいいのだと。

 

  記憶を「アート」へ昇華させる

 

だからこそ、私は語ります。

モネが光の移ろいをキャンバスに閉じ込めたように、
ノスタルジックな記憶の中に人生を捧げるように。

 

ただの出来事を、物語として言語化していく。

それは、自分にとって都合の良い解釈かもしれません。
認知のバイアスかもしれない。

 

でも、それでいいのです。

ただのパンク。
ただの失敗。
ただの寒空。

それを物語へと紡いだとき、
人はそれを**「運命」と呼び、
自分を人生という舞台の「主人公」**だと確信できる。

 

事実を「アート」に変換すること。
それは、自分を偽ることではなく、
自分を救うための聖域を作ることです。

  自分の足跡を、自慢できる作品に

 

「他人の時間を生きるな」

よく聞く言葉ですが、
自分の足跡を物語にできたとき、
その言葉はようやく意味を持ちます。

物語になった人生は、誰にも奪えない。


あなただけの作品であり、
世界に一つだけのアートです。

 

嘘だと言われようが、虚像だと言われようが、
あなたが「これは私の物語だ」と語れる足跡があるのなら。

 

それはもう、最高に誇らしい。
自分だけの自慢の軌跡なのです。

  今日を、物語にする

 

今日という一日も、いつか誰かに語るための、
美しい物語の一ページになりますように。

 

そして何より――
あなた自身が、あなたを抱きしめられますように。

本当にあなたに必要なモノは、

『モノ・コト・人』ではなく、ただただ癒しなのかもしれません。

 

 

あなたが探しているモノ、それは時間が必要なモノ

あなたが本当に探していて、

埋めようとしているモノ・・・

 

探しても、

手に入れても

見つけても

入れても入れても入れても

 

埋らない・・・心の穴・・・

どんなに頑張って、その空いた穴を塞ごうとしても、

なかなか塞がらない・・・埋まらない・・・・

 

だって、本当は・・・・

 

最初からあなたが持っているモノだから。

 

あなたが持っていて、

自分自身が最初から持っていて、

いつからか気付けなくなって

見つからなくなって、

分からなくなってしまった・・・

 

本当の自分、自分の気持ち、大切な想い

それが・・・あなたの穴の正体かもしれません。

 

確かに、

大切なものを失ってしまって出来た穴

大切な人を失ってしまって出来た穴

自分の大切な、なにかを失ってしまって出来た穴

 

何か・・・代わりで埋めることが出来るかもしれません。

気を紛らわすことは出来るかもしれません。

 

でも、また・・・きっと・・・

同じ穴を埋めようと探し出す時が来るかもしれません。

 

だって、その穴は、失うとまた・・・出来てしまうから。

埋めても埋めても、新しい穴が出来てしまうから。

 

だから・・・

 

あなたに必要なモノ・・・

探すのは、他の場所、外じゃなく・・・

自分の中・・・

 

あなたに必要なモノ・・・

それは、時間、自分の中と、自分自身と、自分の想いと

向き合う時間

 

あなたに必要なモノ・・・

自分と語り合う時間、本当の自分を探す時間、自分の想いを受け取る時間

 

外を探すのは、もう十分じゃないですか?

十分探したんじゃないですか?

 

次は、自分の中を探して見て下さい。

 

自分の、あなたの心を埋めるには、

本当の自分に気付いてあげる必要があるかもしれません。

 

本当の自分の想いを知って、

本当の自分の持っていたものに気付いいて、

本当の自分の為の時間を過ごして下さい。

 

それが、あなたの心の穴を埋める方法だと感じています。

 

自分と見つめ合う時間

自分と見つめ合って、向き合う時間を見つけて下さい。

あなたが、探しているモノがきっとそこにある。

 

今まで探しても、見つけたと思っても、入れても入れても埋まらなかったモノ・・・

 

あなたの中に必ずあります。

 

自分と向き合って、

今まで過ごせなかった自分との時間

 

忙しくて、慌ただしくて、家事や育児に追われ、

 

出来ていなかった自分との時間

 

自分を癒す時間

 

それを、探してください。

 

何もしない時間

何もない時間

何も見ない・・・聞かない・・・考えない・・・

・・・そんな時間

 

それが、自分と見つめ合うことが出来る素敵な時間になるはずです。

 

自分を癒してあげて、

自分の気持ちを癒してあげて、

本当の自分を癒してあげて下さい。

 

その時、きっと・・・

 

本当のあなたは、あなた自身に語り掛けてくれるはずです。

 

あなたの、本当の想いを・・・

特別な想いを・・・

 

あなたの探していたものを、教えてくれる。

それが、心の穴を埋める

唯一の方法です。

す不安な時には、不安な行動

考え事をしている時には、モヤモヤが現れる行動

嬉しい時にも、楽しい時にも、悲しい時にも・・・

 

全部の想いが行動になっている!

もしくは、それを隠すための行動や、まぎらわせて忘れようとする行動。

 

その一つひとつ・・・

全てが、思いから生まれているって気付けてる?

 

 

思いは実現する!だから、想いは叶えられる?

 

想いと行動が一致している?

実際は、無意識の行動なのかな?

無意識の間に、肉体は常に動いている?

 

だとしたら、それは自分の想いや気持ちを知ることが出来る鏡ってなっているのかもしれないね。

自分の想いが分からない・・・

自分の今の状態や、気持ちが分からない・・・

そんな時に、自分の行動を見てみると

 

考えている時に出る癖や行動をしていたり、悩んでいたり、迷っていたり・・・

自分の状態が分かるようになる。

でも最初は、どの行動と想いが繋がっているのか?が分からないだろう。

 

だから自分の行動や癖を見付けられるように、常に自分のコトを見つめることが必要になるだろう。

自分の行動をちゃんと知ることが、思いや感情を知ることが出来るようになる。

 

そして、自分の行動の一つ一つに意味があるとしたら、それは全部想いから生まれているのかもしれないよ?

 

 

  自分の想いと行動の繋がりを知る瞬間。想いを表す鏡が無意識の肉体の行動。

 

自分の無意識の行動。

それは、自分が意図せず肉体が勝手に動いてしまっている。

 

でも、それはある意味で思いと行動が一致している時。

自分の意思で肉体を動かしている時

行動をしている時は、行動の理由があって、目的がある。

それは、思考で動かしていて自分の行動には思いが関係していない時になる。

 

例えば・・・

遊びに行く・遊びに行く計画を立てる

仕事に行く・仕事をする・仕事の準備をする

勉強をする・・・

 

そこには、目的や理由はあるから、無意識の行動にはならない。

 

無意識の行動が想いを反映しているとしたら、

無意識じゃない時は、思考を反映しているんだろう。

 

私がブログを書いている時も、思いもあるかもしれないけれど、

文章を考え・言葉を考え・説明や例えを考え・・・

思考を反映している面がどうしてもある。

 

だから、自分の想いを知ろうとした時には、無意識にしている自分の動き。

肉体の行動を見る必要があって、意識している時の行動は思考の流れを知ることが出来る。

 

 

無意識の行動の見つけ方

普段から、無意識の行動を見付けられるようにしようと思っても、難しい・・・

一つの見つけ方は

思考で行動している時に、立ち止まる・手を止めてしまう時が、意識と無意識の隙間で自分の想いを見つける瞬間だろう。

 

その隙間の行動を後から思い返しても良いだろう・・・

その時の行動は何をしていたのか、その瞬間に自分が何を想って感じていたのか?

行動と想いを知ることが出来れば、同じ行動をする時には、自分が何を想っているのか?が分かるようになる。

 

手を止めた瞬間は、言葉に迷ったのか?他のことに気が行ってしまったのか?

悩んだのか、惹かれるものがあったのか、迷ったのか、不安を感じたのか?

 

止まった時に何をしたのか?なぜ止まったのか?

 

それを知ることが出来れば、自分の無意識と思いを繋げることが出来るようになるだろう。

 

 

  想いが・願いが叶っている時

願いと行動の一致

それが願いを叶える方法。

そして、自分が今願っている願いや夢や願望は実際には、自分の本当の想いとは違っている時が多い。

夢や願いの大半が、他人に影響されていたり、関係しているから。

 

でも、自分の本当の願いはもっとシンプルで単純なモノだろう。

大切なモノもそんなに多くない。

私達は両手に持てる分しか、持つことが出来ないし、出来ることしか出来ないのだから。

 

そして、無意識の行動・肉体の行動は、自分の想いが反映されている結果になる。

 

想いが現れて、行動になっている!

ということは、思いが行動として叶っているということ。

 

不安の想いが、不安な行動として表れていたり・隠す行動として表れていたり

楽しい・嬉しい想いが表現されていたり

悲しい気持ちや、辛い感情が涙として溢れ出てしまったり

 

想いが叶っているから、肉体表してくれている。

 

それが、自分の想いが実現している証拠だろう。

 

想いが実現されているのは、行動や結果として肉体に思いが映し出されているから

 

肉体は思いを映す鏡だから、想いを実現することが出来る。

 

それは、私達が持つ願いや夢も、本当の想いとして持つことが出来れば、

肉体に実現することが出来るっている事だろう。

 

自分の本当の夢や願い

それがなんなのか?

自分の無意識の行動から、見つけることが出来れば、いくらでも夢の願いも実現して叶えていくことが出来るようになる。

実際、本当の夢や願い・・・って言う思いは、手に入れられるものしか望んでいないだろう。

 

その事実に魅力を感じないのは、ちゃんと叶えられる現実を見付けられていないだけのコト。

自分の願いが叶っていることを知ることが出来れば、

自分を好きになれるだろうし、大切に出来るようになる。

自分を好きになれて、大切に出来ていれば、自分に自信が持てて心に余裕が生まれる。

その余裕を、大切な人に渡すことが出来れば、大切な人を大切に出来るようになる。

それで、幸せって感じられないはずがない!

 

凄くないですか?

 

想いを肉体が叶えているって言うことを知るだけで、私達は『幸せ』になることが出来るんです!

 

アンメランD

皆さん、こんにちは。

ふとした夜、「私、なんでここに居るんだろう」「私の人生、何の意味があるのかな」なんて、

底なし沼のような孤独に飲み込まれそうになることはありませんか?

 

周りと比べては、何者にもなれない自分を責めて、

誰かに「居ていいよ」って承認(許し)を求めて彷徨ってしまう……。

 

今日は、そんな葛藤の中にいるあなたへ、「本来的価値論」という、

ちょっと不思議で、最高に明るい「諦めの哲学」をお届けします。

 

読んだ後、少しだけ肩の荷が軽くなるはずです。

あなたは「そこに居るだけ」で、爆弾級の価値がある

人はよく言う。

「自分には価値があるのかな」
「生きている意味が分からない」

でも最近、私は思うようになった。

もしかすると――
私たちは最初から、少し勘違いしていたのかもしれない。

 

  「価値」と「意味」は違うものだった

 

まず、この数式を見てください。アインシュタインが発見した、世界で一番有名な式です。

 

E=mc2

(エネルギー = 質量 × 光速の2乗)

 

これ、実は「存在論」として読むとすごいんです。

 

「質量(重さ)があるものは、そこに存在しているだけで、

凄まじいエネルギー(価値)を持っている」

 

動いていなくても、
何もしていなくても、
そこに“在る”だけでエネルギーを持っている。ということ。

 

あなたが今日、一歩も動けず、何も生産的なことができず、ただベッドの上で呼吸をしていたとしても。

あなたという「質量」がこの宇宙に存在しているだけで、あなたは物理的に莫大な価値そのものなんです。

価値は、誰かに認められるものではなく、最初から備わっている「物理現象」。

動いていなくても、あなたの「静止エネルギー」は、太陽のように輝いています。

ここまでは、案外シンプルな話だ。

 

じゃあなぜ私たちは悩むのか。

価値があるなら、
なぜ孤独になるのか。

理由はたぶんこれだ。

私たちが欲しいのは「価値」ではなく、
「意味」だから。

  「意味」が欲しいのは、自分を「許したい」から

 

「価値があるのは分かった。でも、やっぱり苦しいよ」

そう思うのは自然なことです。ここで、私たちが陥りがちな「価値」と「意味」の勘違いを整理しましょう。

  • 価値(Value): あなたが「在る」という物理的事実。100点満点中、常に100点。

  • 意味(Meaning): その価値をどう使うかという「物語」。

私たちは、自分の持っている巨大なエネルギー(価値)をどう扱っていいか分からず、不安になります。

だから、「誰かの役に立つ」とか「目標を達成する」といった物語(意味)を欲しがります。

 

それは、自分自身に「ここに居てもいいよ」という【許し】を与えたいから。

 

「私がここに居るのは?」

「この努力は報われるのか」

「何でここに居るの?」っていう理由になる物語を欲している。

それは、「許し」が欲しいから。

 

評価が欲しいんじゃない。
本当は、「それでよかったよ」

という物語が欲しい。

 

だから不安になる。

 

でも、覚えておいてください。

「意味」が見つからなくても、「価値」が減ることは1ミリもありません。

 

  バンクシーの絵のように、人生は「勝手に解釈」していい

哲学者ベンヤミンは、こう考えていた。

「物語が失われつつある」

 

昔は人生に共通の意味があった。
でも現代では、それが壊れた。

だから私たちは、自分で物語を作るしかなくなった。

日記を書く。
詩を書く。
ブログを書く。

それは発信じゃない。

自分に意味を与える行為なんだと思う。

 

しかし・・・・正体不明の芸術家、バンクシー。

彼が誰なのか、何を考えて描いたのか、真実は誰にも分かりません。

 

でも、見た人が「これは素晴らしい!」と感動すれば、そこに価値が生まれますよね。

人生も同じです。

「真実は、受け手の解釈」でいいんです。

 

「心理は解釈なんだ。真理も解釈なんだ。好き勝手解釈して物語を作ってしまえばいい。」

  • 悲劇を、後日談を作って「喜劇」に書き換える。

  • 失敗を、笑える「落語」のネタにする。

  • 何の意味もない一日を「充電という名の聖域」と呼ぶ。

真実なんてどこにもない。

あるのは、あなたがどう語るかという「二次創作」としての人生だけです。

   承認なんて、ただの「ゲーム」

 

「誰かに認められたい(承認欲求)」という気持ち。

これは、自分の価値を確認するためではなく、自分の作った「嘘(物語)」がどれくらい通用するか試す、

いわばオンラインゲームのマルチプレイのようなものです。

 

「承認なんて必要ない。承認が欲しいならされたものを選べばいいだけのだ。都合の良いものを選ぶので解決でしょ?」

 

誰かに否定されたとしても、それは単に「その人の解釈(作風)」があなたと合わなかっただけ。

 

写真家・篠山紀信はこう言った。(篠山先生のお弟子さんから聞きました。)

「言語化できるから芸術になる」

感じたことを言葉にした瞬間、ただの出来事が「作品」になる。

 

同じように、

人生も語った瞬間に物語になる。

悲劇にもなるし、喜劇にもなる。

 

あなたの物理的な価値E=mc^2には傷一つ付きません。

 

  インチキな世界で、最高の嘘を生きよう

結局、人はそれぞれの解釈で世界を見る。

同じ出来事でも、

  • 悲劇にする人

  • 笑い話にする人

  • 成長物語にする人

全部違う。

哲学者ニーチェは言った。

「事実は存在しない。解釈があるだけだ。」

だから真実を探し続けて苦しむより、

自分が納得できる物語を選んでもいいのかもしれない。

 

どうせこの世界は、それぞれが自分勝手なメガネ(認知バイアス)で覗き込んでいる「インチキな嘘の物語」です。

だったら、もっと図々しく、自分に都合の良い「真実」を選びませんか?

 

「私は、ただ居るだけで宇宙レベルの価値がある。そして、その価値をどう楽しむかは、私が勝手に決める。」

そう自分に許可(許し)を出してあげたとき、あなたの物語は、もっと自由で、鮮やかで、明るいものになるはずです。

 

価値は、最初からある。
失われていない。

足りないのは意味だけ。

だから私たちは今日も、「これでよかった」と言える物語を探している。

孤独なのは弱いからじゃない。

意味を求めている証拠だ。

そしてたぶん――こうして言葉にしている時点で、
もう少しだけ、自分を許し始めているのかもしれない。

もし、あなたが今、自分に「許し」のハンコを押すとしたら……。 

どんな自分勝手な「物語」を書き始めたいですか?

 

コメントで教えていただけたら、私も一緒に「その嘘、最高だね!」って笑い合いたいと思います。

今日も、あなたがそこに居てくれるだけで、世界は莫大なエネルギーに満ちています。