私が感じているコト、伝えていることは全部哲学の世界だったのかもしれない。

 

🌀「哲学」とは、「人はなぜ生きるのか?」「何が本当に正しいのか?」など、
誰もがふと考える“根本的な問い”に向き合う学問・思考・姿勢のことです。

世の中や人生について、表面的な答えに満足せず、「本当はどうなんだろう?」と問い続ける行為。

 

哲学は、特別な学者や賢い人のものじゃなく、
「悩む人」「考える人」「生きる意味を問いかけたくなった人」すべてのもの。

たとえば――
・夜、眠れない時に「なんで生きてるんだろう」と思った。
・ニュースを見て「これは本当に正しいのかな」と疑問に思った。
・自分の心の中にある矛盾に気づいた。

これ、全部「哲学のはじまり」です。

 

モヤモヤを「深い問い」に変えることで、自分を責めなくなる

 

ADHDと哲学の世界

 

私がADHDだからなのか?哲学の世界がとても楽しく感じてしまう。

「ADHDの人が持つ価値観」は一人ひとり違って当然ですが、共通しやすい傾向や、大切にしていることがあるのも事実です。
ここでは、ADHDの特性から生まれやすい価値観を、ポジティブな視点からわかりやすくまとめてみます👇

 

  🌱 ADHDの人が持ちやすい価値観(傾向)

 

🎨 ①「ワクワク」や「興味のスイッチ」を重視する

  • 「おもしろいと思えるかどうか」が最重要。

  • 退屈が苦痛だから、「意味があること」より「今おもしろいこと」を選びがち。

  • 好奇心をエネルギー源にしている。

💡 ②「柔軟さ」や「自由」を大切にする

  • 固定されたルールや長期計画は苦手。

  • 瞬発力で動ける環境や、変化に富んだ毎日が心地いい。

  • 型にはまるより、自分らしくいたい。

🧍‍♂️ ③「正直さ」や「本音」を尊ぶ

  • うわべのやりとりや建前が苦手。

  • 嘘をつけない。思ったことがすぐ口から出ちゃう(だからこそ、信頼される)。

  • 感情がフラットじゃない分、「本当の気持ち」に敏感。

🌈 ④「多様性」や「ユニークさ」への共感

  • 自分も「ちょっと変わってる」と思うからこそ、他人の“変”を受け入れやすい。

  • 「みんな違っていい」と心から思える。

  • ルールや常識より、「その人らしさ」を重視。

🔥 ⑤「意味より感覚」「論理より感情」

  • なぜかではなく、なんとなくで動くことが多い。

  • 理屈より「それ、楽しい?やりたい?」という直感ベースで判断。

  • 感情の波が大きい分、人に共感する力も強い。

📌 注意:これらは“特性から生まれやすい価値観”であって、全員がそうとは限りません!

 

🔁 ADHDの価値観が合いやすい環境

  • 型にハマらない自由な仕事(クリエイティブ、営業、起業家など)

  • 興味や好奇心を尊重される学校や職場

  • 「ルール」より「意図」や「目的」を大事にしてくれる人間関係

  • ちょっと抜けてても許し合える空気感

  🔍 なぜADHDの人に哲学が合うのか?

 

①「当たり前を疑う力」
ADHDの人は、世の中のルールや空気を“そのまま”受け入れるのが苦手だったりします。

  • なぜ学校ではじっと座ってなきゃいけないの?

  • なぜ9時から5時まで働かないといけないの?

  • なぜ人と違ってはいけないの?

これらはすべて「哲学的な問い」でもあります。

哲学者ソクラテスは「当たり前」にこそ疑問を持てと説きましたが、ADHDの人たちは、それを自然に体感しているのかもしれません。

 

②「感覚や直感から問いを立てる力」
哲学は「頭」だけの営みではなく、
「なんかモヤモヤする」「違和感がある」という“感覚”から始まります。

ADHDの人は、感情や感覚に敏感だからこそ、

  • なぜ人は孤独を恐れるのか?

  • なぜ私はこの世界にいるのか?

  • 人間の価値はどこにあるのか?

…など、答えのない「根源的な問い」に強くひきつけられることがあります。

 

③「自由で飛躍する思考」
ADHDの人は、発想が広がりやすく、ジャンルを横断しながら思考する力があります(=拡散思考)。哲学もまた、境界線を飛び越える探究です。

  • 「愛とは何か?」から「宇宙に目的はあるのか?」へ

  • 「人間とは何か?」から「AIに心はあるか?」へ

こうした連想や展開が、ADHDの人には自然にできたりするんです。

  📌 哲学は、ADHDの人に「許し」を与える

 

ADHDという特性は、ときに社会で「うまくいかない」と感じさせられるけど、
それは「世界が今の形に最適化されているから」かもしれません。

 

でも、哲学は「最適化」より「問い続けること」を尊びます。
だからこそ、ADHD的な感性は、むしろ哲学の世界では武器になります。

 

 

哲学は「こうあるべき」にとらわれることから、自分を解放する方法です。

  • 集中できない日があってもいい

  • 意味がわからないまま進んでもいい

  • みんなと違っても、そこにちゃんと“在る”理由がある

哲学は、“生きづらさ”を“問い”に変える力をくれます。

 

自分の生きづらさが、そのまま「問い」となり、
その問いが、他の人の人生を照らす“光”になることもあるのです。

  🌿 ADHD的哲学セルフケア:3つの実践

 

☕ ①「問いノート」:頭の中を整理し、自分の軸をつくる

 

やり方:

  • モヤモヤしたとき、頭に浮かんだ疑問をそのままノートに書く

  • 例:「なぜこんなに急かされるのが苦手なんだろう?」
       「私はどんなときに『生きてる感覚』がある?」

  • 答えは出さなくてOK。「問うこと」が目的

効果:

  • 感情の言語化 → スッキリ

  • 自分なりの価値観が見えてくる

  • 問いを通じて「自分はOKなんだ」と思えるようになる

🧘 ②「意味を求めすぎない」:実存主義から学ぶ「今を生きる」

実存主義では「人生に意味はあらかじめ存在しない。自分で選び、つくるもの」とされます。

  • ADHDの人は「飽きっぽい」「続かない」と思われがち

  • でもサルトル的に言えば:
     →「人は、行動することで“意味”を後からつけていく存在」

✔ 今日やることに意味がなくてもいい。
✔ 「今、これをしたい」と思ったら、それが今の正解。
✔ 明日変わってもいい。生きることに“流動性”があっていい。

📓 ③「違和感メモ」:世界とのズレを“問いのタネ”にする

ADHDの人は、社会のルールや習慣に違和感を持ちやすい。
その「ズレ」は、自分だけの哲学的問いの原石です。

たとえば:

  • 「なぜ働くことが“正義”なんだろう?」

  • 「私は誰かに“正しい私”を演じていないだろうか?」

  • 「“普通”って誰が決めたの?」

この“ズレ”を否定せず、「自分の感性=問いの源泉」として大事にすると、
他人の評価ではなく「自分との対話」ができるようになります。

 

モヤモヤを「深い問い」に変えることで、自分を責めなくなる

  🎁 最後に:ADHD的哲学セルフケアの言葉たち

 

ADHDの人が自然に惹かれやすく、自分を理解するヒントにもなります。

  • 人間はなぜ自由を求めるのか?

  • 集中できない私に「意味」はあるか?

  • 他人と違うことは悪なのか?

  • 私の「本当の自分」とは何なのか?

  • 今ここに存在しているだけで十分だろうか?

  • なぜ、普通であることを求められるのか?

  • 愛とはコントロールなのか、自由なのか?

  • 世界は本当に「こうあるべき」なのか?