誰かと比べてしまって、苦しくなることがある。
羨ましい、悔しい、ずるい・・・そんな感情が湧くたびに、自分が嫌になることもある。
でも私は、その感情まで無くそうとしなくていいんじゃないかと思う。
劣等感も嫉妬も、なくさなくていい
嫉妬?それって美味しいの?
「はい、それはもう甘美な味で病みつき間違いなしです。」
私だって、嫉妬くらいしますよ。私なんか劣等感の塊ですよ。
なんですか?嫉妬を無くす方法?
「いいえ、結構です。私は嫉妬と妬みの大罪を抱えて生きていきますから。」
だって、それが無かったら、私は言葉を書くのをやめてしまうだろうからね。
私は自分の痛みと傷と、自分の嫌いな部分を見捨てない。
他人と比べるからこそ、見えてしまうものがある
人はよく「他人と比較するのをやめよう」と言う。
たしかに、比較ばかりしていたら苦しい。
仕事でも、恋愛でも、友人関係でも、誰かを見て落ち込むことは山ほどある。
「あの人ばかり評価される」
「なんであの人の方が愛されるんだろう」
「自分と同じだと思っていたのに、差がついた」
そんなふうに感じた時、劣等感や嫉妬や屈辱感が一気に出てくる。
しかも、その感情はとても醜く見える。
だからこそ、早く消したい、無くしたい、感じないようになりたいと思ってしまうんだろう。
でも、本当にそれは「いらない感情」なんだろうか?
私は、そう簡単には言えない気がしている。
劣等感や嫉妬は、自分の欲望を教えてくれる
誰かを見て苦しくなる時・・・
その苦しさの中には、必ず自分の本音が隠れている。
本当は認められたかった。
本当は選ばれたかった。
本当は自分の方を見てほしかった。
本当は、自分だって欲しかった。
つまり、劣等感や嫉妬は、ただの邪魔な感情じゃない。
「自分は何を求めていたのか?」を教えてくれる感情でもある。
悔しいと思うのは、それだけ本気だったからだろう。
羨ましいと思うのは、それだけ自分も欲しかったからだろう。
腹が立つのは、それだけ「奪われた」と感じたからだろう。
他人を見て、感情が動く。
その時、人はただ他人を見ているんじゃない。
他人を通して、自分の欲望や痛みを見ているんだと思う。
「無くしたい感情」が溢れているのは、それだけ苦しいから
世の中には、劣等感を消す方法、嫉妬しない考え方、比較しない生き方・・・そんな本や言葉や動画が溢れている。
それはきっと、多くの人がその感情に苦しんでいるからだ。
人間関係を壊す。
相手を嫌いになる。
自分まで嫌いになる。
疑ってしまう。
責めたくなる。
落ち込む。
ねじ曲がる。
そんな厄介な感情だから、「無くせたら楽なのに」と思うのは自然だと思う。
私だって、そう思うことがある。
でも、ここで少し立ち止まりたい。
その感情が苦しいからといって、存在そのものまで否定してしまっていいんだろうか?
だって、その感情は、自分がちゃんと何かを感じている証拠でもあるからだ。
何も望んでいなければ、嫉妬もしない。
何も大切じゃなければ、屈辱も感じない。
何も求めていなければ、劣等感に苦しむこともない。
苦しいけれど、それは自分の中に「大切」がある証拠なんだと思う。
感情を無視し続けると、自分まで見えなくなる
もちろん、嫉妬や劣等感のままに相手を攻撃すれば、人間関係は壊れる。
だから感情のままに動けと言いたいわけじゃない。
でも、感情そのものを「悪いもの」「無くすべきもの」として押し込め続けるのも、少し違う気がする。
なぜなら、それを続けていると、自分が何に傷つき、何を欲し、何を大切にしているのかまで見えなくなるからだ。
「こんなことで傷つく自分はダメ」
「嫉妬するなんて情けない」
「比較するなんて未熟だ」
そうやって切り捨てていくと、心は一時的に静かになるかもしれない。
でもその代わりに、自分の輪郭までぼやけていく。
何が欲しいのか?
何が悲しいのか?
何が許せないのか?
何が自分にとって大事なのか?
それが分からなくなった時、人は「楽」になるより先に、「空っぽ」に近づいてしまうことがある。
だから私は、無くす前に見つめたいと思う。
この感情は、何を教えているんだろう?
自分は何を失うのが怖かったんだろう?
本当は何を求めていたんだろう?
そうやって、自分の心を読み解いていきたい。
他人を見ることは、自分を見つけることでもある
他人を見ると、苦しい。
比べてしまう。
負けた気がする。
惨めになる。
怒りや憎しみに触れてしまうこともある。
でも、それだけじゃない。
他人を見るからこそ、自分が見える。
自分が何を欲し、どこで傷つき、何を大切にしているのかが分かる。
つまり比較は、自分を壊すだけのものじゃなく、自分を知る入口にもなる。
良いことばかりじゃない。
むしろ、たいていは苦しい。
でも、人はその苦しさの中でしか拾えない本音もある。
だから私は、劣等感や嫉妬を「醜いからダメ」で終わらせたくない。
そこにあるのは、ただの醜さじゃない。
自分を見つけようとしている心の動きでもあると思うからだ。
なくすより先に、意味を拾いたい
劣等感も、嫉妬も、屈辱感も、決して気持ちのいいものじゃない。
私だって、出来れば感じたくない。
でも、その感情があるからこそ見える自分がいる。
他人を見て苦しくなるのは、他人を見ているだけじゃない。
その奥で、自分を見ているからだ。
自分の欲望を見ている。
自分の傷を見ている。
自分の大切を見ている。
そうだとしたら、それを無理やり無くそうとすることは、自分を守ることでもあるけれど、同時に自分を見失うことにも繋がりかねない。
だから、なくすより先に意味を拾いたい。
この痛みは、何を教えているのか。
この悔しさは、何を望んでいた証拠なのか。
この嫉妬は、どんな自分を見失いたくなかったから生まれたのか。
そんなふうに、自分の感情を雑に捨てずに見つめられたら、少しだけ自分に誠実になれる気がする。
劣等感も嫉妬も、なくさなくていい。























